注目の1枚|Thoughts 25-stringKoto Tsuguimi YAMAMOTO|齋藤俊夫
Thoughts 25-stringKoto Tsuguimi YAMAMOTO 戸島美喜夫×山本亜美×野村誠
ALM Records/有限会社コジマ録音
ALM-144
7月7日発売
<演奏>
二十五絃箏:山本亜美(つぐみ)
<曲目>
1.『ヴェトナムの子守唄~二十五絃箏版』(2019) 作曲:戸島美喜夫
2.『柿むき』(1983) 作曲:戸島美喜夫
3.『編む 継ぐ む』(2022) 作曲:野村誠
『世界をしずめる踏歌 戸島美喜夫へ』(2020) 作曲:野村誠、ドラマテュルク:里村真理
4.「万春楽(ばんすんらく)」
5.「竹川半首(たけがわはんす)(卯杖(うづえ)の舞)」
6.「浅縹(あさはなだ)(扇の舞)」
7.「オベロベロ」
8.「何そもそも」
9.『鳥のうた』(1982) 作曲:戸島美喜夫
現代多絃箏・二十五絃箏というと真っ先に思い浮かぶのが伊福部昭の諸傑作群、そして箏の達人・故野坂操壽(元・野坂惠子)であるが、それらと全く異なる面持ちの二十五絃箏曲集が生まれた。伊福部・野坂の作品は彼・彼女ららしい渋く重く厳しい味わいに満ちていたが、本CDの戸島美喜夫・山本亜美(つぐみ)・野村誠の音楽は甘く軽くまろやか。今更当たり前のことかもしれないが、同じソロ楽器を用いてこれほど多様な音世界が広がるものかと心がウキウキしてくる。
1.『ヴェトナムの子守唄』はヴェトナム南部の子守唄の旋律と、ヴェトナムの山地でのケーン(笙)の合奏音楽を参考にした作品だという。桃源郷や竜宮城にでも訪れたかのような絢爛で幸福な音楽が眼前に広がる。濁りない箏の音のなんという美しさか。
2.『柿むき』は愛知県北設楽郡の民謡。第1曲から一転して枯れて静かな、だが人間味に満ちた豊かな音楽が奏でられる。箏の音がとても温かい。
3.『編む 継ぐ む』は、タンザニアのわらべうた、トルコのわらべうた、ノルウェイの旋律、沖縄音楽、といったバラバラな素材を用いた戸島の『木のみちしるべ』という作品を野村が「編んで」、戸島の音楽を「継いで」、「つぐみ」の語尾に動詞の音便の「う」音かつ「夢」「無」など色々な「む」を想像するための「む」をタイトルとした曲。多国籍な、 様々な音階・旋法が入り乱れ、眠るように聴きつつ、夢見ている間はとても幸せ極まりないが、曲の終盤で目が覚めてみると幸福感と共に一抹の切なさ、寂しさが心の何処かに凝っている、そんな箏の歌。
4.-8.『世界をしずめる踏歌 戸島美喜夫へ』、ブックレットによると、「声に出さない祈りの歌。心の奥底でのみ歌われる無言歌。2020年パンデミックの中、疫病を鎮め死者と交信する祈りの曲。戸島美喜夫先生への手紙」「新しい古代の踏歌」であるという。ちなみに伊福部昭にもギター曲から多絃箏曲に編曲した『踏歌』という作品があり、何かの縁を感じる。
4.「万春楽(ばんすんらく)」は、神事たる本作の謎めいた序曲。
5.「竹川半首(たけがわはんす)(卯杖(うづえ)の舞)」は、低声部に同音連奏を伴ったしとやかな舞。
6.「浅縹(あさはなだ)(扇の舞)」は、風流、伊達とも言える華やかに乱れ踊る舞曲。
7.「オベロベロ」で、高巾子(こうこじ)1)が面をつけて振鼓を振るという謎にしても謎すぎるパフォーマンスが挟まれる。
8.「何そもそも」、謎に始まった踏歌を締めるのは(音名象徴でも使っているのか、細かいことはわからないが、ブックレットによると)
「なにそもそも あやかや にしきかや なにそもそも
なにそもそも いとかや わたかや なにそもそも
なにそもそも いねかや もみかや なにそもそも」
という、さらなる謎の歌に、最後は「TOJIMA MIKIO」の十一文字が奏でられる。日本における印象派・象徴派的音楽とも言うべき輪郭のおぼろげな楽想でこの踏歌は全て了。この歌の本性が何だったのかははっきりとしないが、だからこその確かな音楽的充実感が味わえた。
9.『鳥のうた』、カザルスによってよく知られたカタルーニャ民謡だが、これは戸島バージョン。悲しい心情を悲しいままにまっすぐに表現することができ、それをまっすぐに受け取ることができるという音楽美のみが可能な感情表現に心澄み渡る。
「Thoughts」すなわち、思考、考慮、回想、追憶、意見、意図、期待、など様々な意味を持った英語だが、根源にあるのは「考えること」という意味であろう。そこから「音楽で考えること」とは「音楽すること」に他ならないという意思表明と筆者は捉えた。表層的に見えて(聴こえて?)その実深い真実に至った二十五絃箏ソロアルバム、これからも繰り返しじっくりと聴かせていただこう。
1)冠の頂上後部に高く突き出ている「巾子」を高くして白い挿頭(かざし)の綿で包んだ冠。踏歌の際、六位の蔵人の舞人がかぶった。(デジタル大辞泉より)
(2025/8/15)
