瞬間(とき)の肖像|山本英(フルート )|長澤直子










瞬間(とき)の肖像|山本英(フルート )
Hana Yamamoto (Flute) 2025年6月30日 銕仙会能楽研修所
山本英フルートリサイタル
Hana Yamamoto Flute Recital
Photos and Text by 長澤直子 (Naoko Nagasawa)
表参道駅から少し歩いた先に、喧騒とは異なる空気が流れている場所がある。
そこは静けさに包まれた能舞台「銕仙会能楽研修所」だ。
都心のただ中にありながら、時間の流れすら異なるように感じられる。
微細なフルートの音が浮かび上がり、湯浅譲二の《領域 フルート・ソロのための》で、演奏会は静かに始まった。
山本英の身体から放たれる音は、舞台の沈黙と拮抗しながら、深く空間を満たしてゆく。
音と音のあいだにある“間”こそが、この空間のもうひとりの演奏者であるかのように。
続く Doina Rotaru《Japanese garden》では、バスフルートとピッコロ、録音音源が交錯し、日本庭園のように多層的な陰翳と静謐が立ち現れる。
東洋的な美意識へのオマージュとして書かれたこの作品は、山本の音を通して能舞台そのものと呼応しながら、新たな風景を描き出していった。
休憩をはさみ、松平頼暁《ガッゼローニのための韻》。山本の繊細かつ緻密な制御が、その美しさを静かに際立たせる。
次の斎藤和志との共演による Rotaru《UROBOROS for 2 flutes》では、二人の奏者がピッコロや金属チャイムを操りながら、複雑にして有機的な音の環を紡ぐ。その緊密な対話は、時間が円環するさまそのものであり、 一音一音が未来と過去をつなぐ“縁”のようにも聞こえてくる。
そして最後に演奏された A. Lucier《947》。
フルートと電子音の干渉によって生まれるうなりや揺らぎは、聴覚の限界を静かに越えていくようで、音楽というより“現象”そのものだ。
能舞台の「余白」や「沈黙」が、現代音楽の構造性や実験性と深く響き合う。
この場所では、音はただ美しく鳴るのではなく現れるもの。
時折さしはさまれる都会の喧騒さえ、音楽の一部のように感じられたのであった。
(2025/7/15)
山本 英(フルート)
東京藝術大学および同大学大学院を修了。日本音楽コンクール第3位(岩谷賞)、日本木管コンクール、びわ湖国際フルートコンクール など主要コンクールで優勝・入賞。ヤマハ、ローム各奨学金、平和堂財団芸術奨励賞、滋賀県次世代文化賞などを受賞。
日本センチュリー交響楽団、東京フィルほかと共演。無伴奏から室内楽、オーケストラまで幅広く演奏活動を行う。

