NHK交響楽団 第2036回 定期公演 プログラムA|藤原聡
NHK交響楽団 第2036回 定期公演 プログラムA
NHK Symphony Orchestra,Tokyo
the 2036th subscription concert Program A
2025年4月27日 NHKホール
2025/4/27 NHK Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:NHK交響楽団
〈プログラム〉 →foreign language
マーラー:交響曲第3番 ニ短調
〈演奏〉
NHK交響楽団
指揮:ファビオ・ルイージ
メゾ・ソプラノ:オレシア・ペトロヴァ
女声合唱:東京オペラシンガーズ(合唱指揮:仲田淳也)
児童合唱:NHK東京児童合唱団(児童合唱指揮:金田典子)
コンサートマスター:長原幸太
ファビオ・ルイージとN響は5月9日から20日にかけてアントワープ、アムステルダム、ウィーン、プラハ、ドレスデン、インスブルック6都市を回るヨーロッパ公演を行う(本稿掲載時には半分終わっているが)。その際のプログラムは5月のA、B各定期公演および所沢公演と同じくメインにマーラーの交響曲第3番、4番、そしてブラームスの交響曲第4番が据えられている。まず日本でのコンサートに向けて演奏を作り込み、その演奏結果から必要に応じてブラッシュアップしたものをヨーロッパで披露する、ということになるだろう。いささか口の悪いファンはヨーロッパ公演前の定期を「公開ゲネプロ」などと呼んでいるが、同じ作品を繰り返し演奏するのだから結果として後の演奏にそれ以前の演奏における問題点の修正が行われるのは当然、しかし演奏はナマモノだから後の演奏の方が総合的な観点から必ずしも良くなるとは限らないのは周知の事実。ちなみにコンサートマスターは長原幸太、アシスタント席には郷古廉と第1コンサートマスター揃い踏み、チェロは辻本玲と藤森亮一のツートップ、ホルンの後列には元N響首席福川伸陽の姿も。ヨーロッパ公演を見据えた万全の布陣。
第1楽章。冒頭からルイージの作り出す音楽は極めて剛直で線が太く、やや速めのテンポで弦楽5部をはじめとするそれぞれのパートの出入りのメリハリを強調、流れの良さと音響の彫琢は行き届く。全体としてこの楽章の「管理されたカオス」が誠に上手く表現されていた。またN響の管楽器群はやはり抜群の力量を発揮し、トロンボーン・ソロなど、これだけ図太い音による安定感のある演奏はなかなか聴けるものではない。しかし楽章全体の中ではプラス面だけではなく物足りなさもあり、例えば再現部直前の狂騒など、それまでの流れからすればルイージにしては意外なことにいささか大人しくクライマックスを作りきれていない。だからそこからの再現部冒頭への劇的な繋がりがあまり効果的なものになっていない。とはいえ、総合的には秀演であった。
続く第2楽章では適度で趣味のよいルバートの駆使が楽想をこの上なく活かしており秀逸。かっちりと清潔な演奏だが、個人的にはより甘さが欲しかった気も。通俗すれすれなのがマーラーだからだ。筆者はどうしてもバーンスタインの演奏を思い出してしまう。比較しても意味のないことだが。
第3楽章で気になったのは中間部で登場するポストホルン(演奏は首席トランペットの長谷川智之)、技術的にはほとんど問題なかったのだがもちろん舞台裏で演奏されたとはいえ距離が近かったためか、音が直接的かつ明瞭過ぎた感がある。ホールのデッドな音響を考慮してもそう感じた。となればこの音響設計はルイージの意図ということになる。表現もややそっけなく、いきなり異次元世界に突入したという印象は薄い。
オレシア・ペトロヴァが深々とした声質で素晴らしい歌唱を聴かせたのが次の第4楽章。ルイージの歌手との音響バランスに細心の注意が払われたサポートも特筆に値する。ちなみにオーボエのレシタティーフには「ずり上げるように」との指示があるが、ここを実際にそう聴こえるように吹かせている指揮者は案外少ない中、ルイージはかなりいい線を行っていた(音階で処理している箇所もあったが)。
第5楽章では東京オペラシンガーズがさすがに手練れの力量を発揮。ではあるが、NHK東京児童合唱団の歌唱ともども、ドイツ語の語感からすると少しなだらかで、より子音を強調したメリハリのある歌唱が望ましい。声楽的には抜群ではあるが、「物質感」が欲しい。
さていよいよ終楽章だが、その演奏はここまでよりも明らかに図抜けていて感動的という他に形容できない。弦楽器は非常な弱音による澄み切って抑制されたトーンを保ちながらなだらかに高揚していくが、これほど高貴な情感を湛えたこの楽章の演奏に接することは稀であろう。時にその場のパッションに任せるまま猛烈にテンポを走らせたり急激なテンションの高揚を見せるルイージだが、ここでは終始落ち着いた表情を保ちながらも短調で登場するエピソード部のその2度目の倍速によるクライマックス部では咳き込むような加速により切迫感を表したりと、時に唐突さを感じさせるルイージの表現がここでは完全にプラスに作用して完全に曲の求めるものと合致している。この前半の清澄さとのあまりに見事な対比。コーダではテンポを速める指揮者も多い中―練習番号29に付された指示は「ここからは速度を緩めない」だが―ルイージは泰然自若としてそれまでのテンポを維持、誠に雄大かつ壮麗な大団円を築くのだ。練習番号31直前のルフトパウゼの指示の活かし方も絶妙、さらにはラスト直前の322小節でトランペットとヴァイオリン、ヴィオラに付されたsempre ffへの反応も抜群、その音響の膨らみ方といったらない。最後の和音の終わらせ方にしてもあたかも教会で聴くオルガンの余韻のような趣であり、「断ち切らないこと」との指示に対するすばらしい回答だ(最後の3小節における2対のティンパニのズレは残念ではあったが、難所ゆえ仕方ないか)。楽章全体に対する演奏設計とその完璧なレアリザシオン。正直に申し上げれば、ルイージがこの作品のキモとも言える第6楽章をこれほど超越性に満ちたものとして見事に演奏するとは思っていなかったのだが、まったく嬉しい誤算だったというしかあるまい。疑いなく過去に実演で接したこの楽章の最高の演奏の1つだ(余談だが、そのいくつかの「最高の演奏」に属するものとして忘れがたいのがシャイーとコンセルトヘボウ管によるサントリーホール公演)。
しかしファビオ・ルイージ、作品に対する適不適と波もあるが、はまるととてつもない演奏をする指揮者だと再認識した。今後も目が離せまい。

(2025/5/15)
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〈Program〉
Gustav Mahler:Symphony No.3 D Minor
〈Player〉
NHK Symphony Orchestra,Tokyo
conductor:Fabio Luisi
mezzo soprano:Olesya Petrova
female chorus:Tokyo Opera Singers(Junya Nakata,chorus master)
children chorus:NHK Tokyo Chidren’s Chorus(Noriko Kaneda,children chorus master)
concertmaster:Kota Nagahara