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東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.12 ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》|藤原聡

東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.12
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》

2025年4月4日 東京文化会館
2025/4/4 Tokyo Bunka Kaikan Main Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 増田雄介/写真提供:東京・春・音楽祭2025

〈プログラム〉        →Foreign Languages
ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲) ニ長調 op.123

〈演奏〉
指揮:マレク・ヤノフスキ
ソプラノ:アドリアナ・ゴンザレス
メゾ・ソプラノ:ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー
テノール:ステュアート・スケルトン
バス:タレク・ナズミ
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩

 

東京・春・音楽祭の「東京春祭 合唱の芸術シリーズ」は2014年の第1回から始まってヤノフスキがミサ・ソレムニスを振る今回で第12回目。実は2020年に同じヤノフスキが同曲を指揮するはずだったのだがコロナ禍により中止を余儀なくされたため、このたびの演奏は5年ぶりの「リベンジ」となる(なお2020年の演奏では都響を指揮する予定であった。これは興味深かったのだが)。今回のミサ・ソレムニスの2回のコンサート、この前の週にはワーグナーの『パルジファル』をやはり2回指揮したヤノフスキ、今年86歳となるがものすごいバイタリティである。歌手陣もターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー、ステュアート・スケルトン、タレク・ナズミは『パルジファル』にも出演していた。オケ、合唱団も同じ、ヤノフスキにとって勝手知ったるチームといいうる布陣に演奏への期待は高まる。

このミサ・ソレムニス、最初に全体的な印象を記せばいかにもヤノフスキらしく速めのテンポでの引き締まった造形により、この作品を宗教曲というよりは純粋器楽的な作品のように仕上げていたと言える。ヤノフスキであれば重厚長大、勿体ぶった演奏にならないのは予想がついたとはいえ、しかしその行き方は徹底している。荘厳さには欠けるが、つまりこれは確信犯的な―あるいはヤノフスキの新即物主義的指向性が自ずと導き出す―「反・ミサ・ソレムニス」である。老いてなお切っ先の鋭さを増すヤノフスキの表現の純化。例えばグローリアやクレドの快速テンポ。特に前者の最後の部分、プレストの指示を地で行く感。クレドでのフーガも速いテンポの中で明瞭な声部の彫琢が行われ音響の透明さが確保され、まさにアポロ的な美の極致。この躍動感ある演奏は通常聴かれるミサ・ソレムニスの演奏とはかなり毛色の異なるものとも思えるが、逆に考えればそもそも本作はいわゆるミサ曲としては異色の交響器楽的な作品であり、それを照射するような演奏となっていたと思える(あの第9にしたところで声楽に器楽的な発想を持ち込んでいる)。だから、先にヤノフスキの演奏を「反・ミサ・ソレムニス」と記したが、反でもなんでもなくこの演奏こそが真にベートーヴェン的な「ミサ・ソレムニス」なのだとも言える。ベネディクトゥスも甘さ控えめ、立奏で弾かれたヴァイオリン・ソロ(川崎洋介)も楷書的で陶酔感は薄いが、これもヤノフスキの指向性と合致していよう。終曲のアニュス・デイも淡々としており、例の軍楽を想起させるトランペットとティンパニの箇所も控えめな表現、筆者としてはこれが逆に想像力を喚起させられて面白く聴いたのだが物足りないという御仁がいても不思議ではない。演奏全体として聴者により評価が分かれる演奏と言えるが、ヤノフスキの辣腕ぶりには一点の疑いもなく、これは衆目の一致するところだろう。

声楽陣ではソロ4人中、ステュアート・スケルトンがいささか安定感を欠き、音程や発声が不明瞭になる箇所があったが他3人は見事、特にソプラノのアドリアナ・ゴンザレスはよく通る声と起伏のある歌唱で図抜ける(ただしヤノフスキの方向性とのズレも感じた)。東京オペラシンガーズもさすがに見事なものだったが、女声にはやや粗さを感じた。先日の『パルジファル』とどれくらいメンバーが被っていたのかは定かではないが。

 

ムーティと並んで既に東京・春・音楽祭の中心的な演奏家となっている感のあるヤノフスキ、願わくはこの先も健康を維持しつつ再登場して欲しいものだ。ワーグナーでも『さまよえるオランダ人』や『タンホイザー』はまだ本音楽祭では指揮していないことであるし。

(2025/5/15)

 

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〈Program〉
Beethoven:Missa Solemnis in D major op.123

〈Player〉
Conductor:Marek Janowski
Soprano:Adriana González
Mezzo-soprano:Tanja Ariane Baumgartner
Tenor:Stuart Skelton
Bass:Tareq Nazmi
Orchestra:NHK Symphony Orchestra,Tokyo
Chorus:Tokyo Opera Singers
Chorus Master:Eberhard Friedrich,Akihiro Nishiguchi