子どもと大人に贈る語りと音楽「遠くから来たきみの友だち」|柿木伸之
子どもと大人に贈る語りと音楽「遠くから来たきみの友だち」せたおん春休み特別企画
Story and Music for Children and Adults: “Your Friends from Faraway” – A Special Program for Spring Vacation by Setaon
2025年4月4日(金)15:00開演/成城ホール
April 4, 2025/Seijo Hall
Reviewed by 柿木伸之(Nobuyuki Kakigi)
写真提供:(公財)せたがや文化財団音楽事業
〈出演〉 →foreign language
ヴァイオリン:毛利文香
ヴィオラ:田原綾子
チェロ:上野通明
フルート:上野由恵
クラリネット:西川智也
打楽器:西久保友広
ピアノ:北村朋幹
ソプラノ/語り:藤井玲南
〈曲目〉
フランツ・シューベルト:春への想いD686/野ばらD257/ますD550/セレナーデD957/ミューズの子D764
細川俊夫:語り手とアンサンブルのための《遠くから来たきみの友だち》
細川俊夫の朗読とアンサンブルのための《遠くから来たきみの友だちDeine Freunde aus der Ferne》(2021年)は、作家の多和田葉子との共作によって生まれた最初の作品である。その機縁の一つになったのが、2018年に両者が同時に国際交流基金賞を受賞したことである。それを記念する催し「越境する魂の邂逅」(2018年10月18日、JTアートホールアフィニスにて)では、バス・フルート独奏のための《息の歌》(1997年)をはじめとする細川の作品の演奏に乗せて、多和田の小説『飛魂』の一節が作家自身によって朗読された。
このように始まった両者の協働は、それからおよそ三年を経て、子どものための朗読とアンサンブルのための作品をというルクセンブルクのアンサンブル・リシリンの委嘱にもとづいて書かれた《遠くから来たきみの友だち》として一つの作品に結実することになる。そのために多和田は、物語をドイツ語で書き下ろしたのだった。この一種の朗読劇は、2021年12月4日にルクセンブルクで初演された後、フライブルク、シュトゥットガルトなどで上演され、好評を博している。その日本初演が4月4日に成城ホールで行なわれた。
今回の上演では、多和田のテクストの山口裕之による日本語訳が朗読された。細川のオペラ《地震・夢》の原作にあたるハインリヒ・フォン・クライストの「チリの地震」をはじめ、古典的な作品の翻訳のみならず、20世紀前半に活動したヴァルター・ベンヤミンの主要著作やイルマ・ラクーザのような存命の作家の作品の日本語訳も手がけてきた山口による翻訳は、多和田の他の作品に見られるように、主人公に「きみ」と語りかけることによって開かれるその世界が、不思議な浮動を続ける物語の特徴を親しみやすく伝えていた。
物語は、海辺のホテルに家族で泊まっている一人の子どもが、夜更けに一匹の猫によって浜辺へ誘い出されるところから始まる。そこでおそらく年上の大きな子どもに足蹴にされたテディベアとロボットを助け出した「きみ」は、これらの新しい「友だち」の物語を聞いてその世界に興味を持ち、「飛魚」に乗ってそれぞれを旅する。そのような多和田の物語に寄せられた細川の音楽は、中心音から上昇したり、波打ったり、あるいは旋回したりする音型を変奏しながら繰り返すことによって、その風景が揺らめく動きを響かせていた。
《遠くから来たきみの友だち》における細川の音楽は、中心となる音から広がり、またそこへ還っていく流れを、ピアノ、フルート、クラリネット、三種類の弦楽器、そして打楽器のアンサンブルによって形成していくが、その緊密さは、主な聴き手として子どもが想定されたこの作品でもまったく変わらない。それによって大人を含む聴衆は、夢の世界へ引き込まれ、そこに風が吹き交うのを肌で感じることになる。ただし、この舞台作品の音楽の響きには、独特の透明感があった。それは時に大きな笙の響きを思わせながら奥深い風景を開く。
こうした音楽の特徴が伝わってきたのは、何よりも七名の奏者が息の合ったアンサンブルを繰り広げていたからである。七名は物語の風景の一個の媒体と化して、その風を伴った移り変わりと、それを動かす「きみ」の感情の変化を生き生きと伝えていた。なかでもピアノの北村朋幹の演奏は、言わば先導役として音楽の展開を予示しながら、新たな場所に一歩を踏み出すことへの主人公の不安を説得的に響かせていた。《遠くから来たきみの友だち》では、二種類の管楽器がそれぞれ独奏的な役割を果たす場面があるが、その演奏も見事だった。クラリネット奏者の西川智也は、鳥笛も巧みに操って物語の世界の生きものたちの息遣いを伝えていた。
上野由恵の演奏は、ピッコロ、アルト・フルート、バス・フルートを使い、さえずる声が響く様子とともに、その広がりが「きみ」の心に染み込んで感情を動かすさまを表現していた。冒頭で挙げた7年前の「越境する魂の邂逅」で《息の歌》の見事な演奏を披露したのも上野である。彼女をはじめ、今回密度の濃いアンサンブルを繰り広げた演奏家は、折あるごとに細川の作品に取り組んできた。とくに毛利文香、田原綾子、上野通明の三名の弦楽器奏者のアンサンブルからは、彼の音楽への深い共感が寄せては返す波となって伝わってきた。
さまざまな楽器と多彩な奏法を駆使した西久保知広の打楽器演奏は、物語の風景が色合いを変える瞬間を表わしていた。彼の演奏に関しては、国家権力が海を越えた移動を禁じたために仕事を失ったのに抗って鎚を打ち続ける船大工の姿を伝えるさまが真に迫っていた。言わばその打撃の衝撃によって人間の子どもが変身した「ロボット」の存在は、多和田の小説『献灯使』の世界も暗示しながら幾重にも寓意的である。「テディベア」もまた、自然のクマが生きる場所を奪われていったことから、ぬいぐるみへと変身したのだった。
今回、作品の魅力を存分に伝えるかたちで上演された《遠くから来たきみの友だち》にはすでに、今年の8月に新国立劇場で世界初演される多和田と細川の共作による《ナターシャ》へ流れ込む問いが示されている。開発によって人間を含めた生きものの生存環境が壊され、精神が侵食されているという問題は、このオペラにおいて現代の戦禍を照らし出しながら掘り下げられることになろう。今回朗読劇に触れた大人も、AIがすべてを可能にしながら自己の精神の所在を見通しがたくしつつあるなかで、また自然環境が肌で感じられるかたちで壊れつつあるなかで、自由に生きていくとはどういうことか、深く自問させられたのではないだろうか。
このような《遠くから来たきみの友だち》の特質を伝えるうえで重要な役割を果たしたのが、藤井玲南の声である。彼女の朗読は、一つひとつの言葉を丁寧に響かせながら、それぞれのキャラクターを明確に描き分ける。対話の様子も雰囲気に富んでいて、子どもをはじめとする聴衆を物語の世界に引き込んでいた。藤井は今回の「子どもと大人に贈る語りと音楽」の前半では、シューベルトの5曲の歌曲を歌った。よく知られた「野ばら」の一種の対話劇としての魅力を、みずみずしい声で引き出していたことも言い添えておきたい。
(2025/5/15)
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‹Performer›
Violin: Fumika Mouri
Viola: Ayako Tahara
Violoncello: Michiaki Ueno
Flute: Yoshie Ueno
Clarinet: Tomoya Nishikawa
Percussion: Tomohiro Nishikubo
Pianoforte: Tomoki Kitamura
Soprano/Narration: Rena Fujii
‹Program›
Franz Schubert: Frühlingsglaube D686/Heidenröslein D257/Die Forelle D550/Ständchen D957/Der Musensohn D764
Toshio Hosokawa: “Deine Freunde aus der Ferne” for Narrator and Ensemble

