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3月の4公演短評|齋藤俊夫

3月の4公演短評
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪井上郷子ピアノリサイタル#34 飛田泰三/キム・ヨハン作品集
♪Just Composed 2025 in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―「メメント・モリ」
♪B→C 坂本光太 テューバ
♪ヴォクスマーナ第53回定期演奏会

♪井上郷子ピアノリサイタル#34 飛田泰三/キム・ヨハン作品集→曲目・演奏

2025年3月2日 東京オペラシティ・リサイタルホール

ある作品、ある作品群が面白いかつまらないかの差はほんの紙一重であることが多い。また、わかる人にはわかる作品の、そのわかる人に入るか入らないかも紙一重なことが多々ある。
今回の飛田作品、『Harmonic Field I』『Night View for Piano』『夏の椅子』の、分散和音もしくは和音がごくごくゆっくりと、緊張と弛緩を繰り返して、冷たくも温かくもある不思議な世界を作るのにはじっと耳をこらして聴くことができた。だが、その同じ飛田作品でも今回最後に演奏された『雨に寄せる3つの情景』になると延々と続く同じような音風景が筆者の空腹感に負けていた。どこがどうとは言えないのだから無責任とは思いつつも、正直に書かざるを得ない。
キム・ヨハン『体化されたピアノ』『3つのピアノに関するモデル』は、何かすごく頭の良いことをしていたのかもしれないが、筆者の頭ではどれも理解不能であった。だが、後者の第2曲「オブジェクト指向モデル」の、聴衆のスマートフォンが個人差を伴って連奏音を鳴らし、会場中でその音が散乱する様は理屈抜きで興奮させられた。
作曲という行為も聴取という行為も共に頭を使うことであるが、有無を言わさぬ理屈抜きの力がある音楽がもっとあっても良いのではないだろうか、などと考えてしまう聴後であった。

♪Just Composed 2025 in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―「メメント・モリ」→曲目・演奏

2025年3月8日 横浜みなとみらいホール 小ホール

一人の演奏家(今年はホルンの福川伸陽)と委嘱作曲家にフォーカスしたこのシリーズ、さて、その委嘱作曲家、坂田直樹『息をする電球』はどうであったかと言うと……こんなに人間離れした音楽を聴くのは初めてかもしれない。超高度のエクリチュールで書かれているのも、極めて冷たく感じられるのもいつもの坂田通りなのだが、現代の医療技術、生命倫理についてのテキストを用いつつも、感じられるのは死んだ人の胴体がゴロンと転がっているのを見て、触っているような感触。人間に近いからこそ、その冷たさが人間離れして感じられる。坂田のプログラムノートを読むと、「コンピューターの本領である規則的な反復や並列処理、感情を排した表現などを通じて、人間と機械の境界を探った」とあるのだが、例えば池田拓実や北爪裕道のような100%メカニカルだからこそ感じられる機械の冷たさに対して、坂田の冷たさは死体の冷たさ。こんな恐ろしい音楽を書いてしまう坂田と演奏してしまう福川ら演奏者に最大限の敬意を払いたい。
ただ、今回の選曲についてだが、メシアン、プーランク、坂田、キルヒナー、西村、R・シュトラウス、アンコールのヴァーグナー、どれも良演だったが、終わりの西村、R・シュトラウス、ヴァーグナーはソプラノが主役で、本来主役であるはずの福川のホルンの音色が堪能できなかったのは個人的には残念だった。

♪B→C 坂本光太 テューバ→曲目・演奏

2025年3月18日 東京オペラシティリサイタルホール

思い切り攻め尖ったプログラムであるのに、会場はおそらく満員、しかも普段はこんなプログラムには関係ないようなおじ様おば様が 沢山集っているということにまず驚いた。
そして、何より、そのおじ様おば様方に「大ウケ」していたことに驚かされた。「ゲンダイオンガクは誰にも理解されないカルト集団のものだ」といった偏見が覆されたことは実に嬉しかった。
だが、である。本当にこれで良かったのだろうか、と筆者の中のヒネクレモノが問いかけてくる。久保田『あるチューバ/テューバについての物語』は確かに笑いを取りに来ていると思って、会場からも笑い声が絶えなかったのが嬉しかった。和田/坂本『未来の楽器の練習』も、冷静な儀式のように執り行われる「未来に向けての練習曲」としての奇想に満ちたものとして楽しんだ。だが、全ての作品への拍手喝采は真の理解に基づいたものだったであろうか?
山﨑『黒い帯』、山﨑が本のカバーのグラシン紙を女性が使う油取り紙のように顔や手に当てて、手鏡で脇を見て、手鏡で腿にある入れ墨のようなほくろのようなものを見て、そこにグラシン紙を当て、終わり。坂本は時折単音を発するのみ。だから何なんだ、と筆者には皆目意味不明で拍手のしようがなかった。だが、会場からは盛んな拍手が。本当に皆、「理解」して拍手をしていたのだろうか。わからないものを「ゲンダイオンガクだから」と免罪してはいなかっただろうか。「わからないのにわかったふりをする」、「自分はわからなくても他人にはわかるだろうから見過ごす」という主体性を欠く態度は「ゲンダイオンガク」への無理解を越えた侮辱というものであろう。
しかし、カーゲル『アーテム』とグロボカール『エシャンジュ』に込められた坂本/和田の〈冷淡な暴力性〉はきっと会場中の誰もが濃淡はあれど感じ取ったのではないか、と、拍手が起こる前のためらいから筆者は推測した。その〈暴力性〉はコンサート冒頭のバッハ2曲を坂本の超絶技巧で吹ききった所からそう遠く離れていないであろう。テューバをなぶり尽くす坂本の〈怖さ〉を、笑いとともにできるだけ多くの人が共有できたことを祈る。

♪ヴォクスマーナ第53回定期演奏会→曲目・演奏

2025年3月22日豊洲シビックセンターホール

地球の1日の周期を基準周期として、そこから純数学的に全ての周期(テンポ、拍子、リズム、音高など)を決定した中谷通『12_1/64_1』、耳に届くのはライヒの『テヒリーム』と『ドラミング』を声楽にして多層化したような澄み切った音の群れであるが、しかし4人ずつ3グループでグループごとにテンポが違うという超難度の合唱曲。始めは音がまばらだったが、やがて多重化していき、最後はまたまばらになっていって終わる。「時」の移り変わりを音の流れによって感じられる美しい合唱曲であった。
池田拓実が初めて歌詞を使って作曲した『Particles that perceive 知覚する粒子』は「意外にも」和声を伴った部分もあるし(ただし多分に怪奇)リズムが存在する部分もあるのだが(どちらもない部分も多々ある)、カスケード構造という構造でそれぞれのパーツが終わると歌が中断されるせいか、全ての歌が静的なオブジェ、もしくはトルソ的な印象を受ける。沈黙に始まり沈黙で終わるまでの過程で美術館で様々なオブジェもしくはトルソを見ながら歩いたような気分になった。
ヴォクスマーナ初登場となった斉木由美『Psalmus David ダヴィデの讃歌』、ルネサンス的古様式のヴェールのような歌声に包まれたと思ったら全員が争い合うように攻撃的な歌唱に転じる。神性の中の慈愛と恐怖を同時に曲中で表現しているようだ。透き通りつつ痛みを伴うという二律背反、あるいは「非合理ゆえに神を愛す」とでも言うような作品であった。
もう今年で70歳ということがにわかには信じられない南聡『“改造コメディ”への追加の1ページ/月のマドリガル』、1つのコメディア・デラルテでありラブコメとして書かれたというが……何もかもが不条理すぎて記述できない……。お面を斜につけた女性とお面をきちんとつけた男性が何人も入場する。そこにピエロの化粧をした男性2人に女性2人が駆け込んできて……何をしたっけ?縄跳びを突然始めたり、腕立て伏せをしたり、段ボール箱を連打したり、招き猫の土鈴を鳴らしたり、あらゆる行為・出来事が「意味」から無限大の距離を持って現れる。それでいて何か思わせぶり。一体何だったのであろうか。筆者には早すぎる作品であった。
アンコールに伊左治直の温かい歌を聴いて充実した会は終わった。
ただ、1つ気になっていることがある。ヴォクスマーナの委嘱作家が皆40代以上に偏っていないか、ということである。1990年代生まれ、さらには2000年代生まれの新進作曲家をもっと取り上げても良いのではないだろうか?

♪井上郷子ピアノリサイタル#34 飛田泰三/キム・ヨハン作品集
<演奏>
ピアノ:井上郷子
ピアノ客演(*):篠田昌伸、榑谷静香
<曲目>
飛田泰三:『Harmonic Field I』(2014)
『Night View for Piano』(2017)
『夏の椅子』(2020)
キム・ヨハン:『体化されたピアノ』(2020)(*)
1. イベント指向モデル
2. オブジェクト指向モデル
3. ヴォイス指向モデル
飛田泰三:『雨に寄せる3つの情景』(2024)

♪Just Composed 2025 in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―「メメント・モリ」
<演奏>
ホルン:福川伸陽、ソプラノ:小林沙羅、ヴィオラ:中恵菜、ピアノ:務川慧悟
<曲目>
オリヴィエ・メシアン:『峡谷から星々へ…』より第6曲「恒星の呼び声」
Hr独奏
フランシス・プーランク;エレジーFP168
Hr, Pf
坂田直樹:『息をする電球』
Sp,Hr, Vla, Pf
フォルケル・ダヴィット・キルヒナー:『3つの詩曲』
Hr, Pf
西村朗(神山奈々編曲):『雅歌II~聖音を伴う抽象的なヘテロフォニー』
Sp, Hr, Vla, Pf
リヒャルト・シュトラウス(山本哲也編曲):『4つの最後の歌』
Sp, Hr, Vla, Pf
(アンコール)リヒャルト・ヴァーグナー:『トリスタンとイゾルデ』より「愛の死」
Sp,Hr, Vla, Pf

♪B→C 坂本光太 テューバ
<演奏・出演>
テューバ:坂本光太(全曲)、ピアノ:杉山萌嘉(*)、パフォーマンス:長州仁美(**)、パフォーマンス:山﨑燈里(***)、演出:和田ながら(****)、音響:甲田徹(*****)
<曲目>
J.S.バッハ:カンタータ第12番『泣き、歎き、憂い、怯え』BWV12から「シンフォニア」(*)
J.S.バッハ:ソナタ ト短調BWV1030b(*)
久保田翠:『あるチューバ/テューバについての物語』(2021/24)(*)(****)
山﨑燈里:『黒い帯』(2021)(***)(****)(*****)
和田ながら/坂本光太:『未来の楽器の練習』(2025,世界初演)(****)(*****)
カーゲル:『アーテム』(1970)(**)(****)(*****)
グロボカール:『エシャンジュ』(1973)(***)(****)

♪ヴォクスマーナ第53回定期演奏会
<演奏>
指揮:西川竜太
合唱:ヴォクスマーナ
ピアノ:篠田昌伸(*)
<曲目>
中谷通:『12_1/64_1』(2011委嘱作品・再演)
池田拓実:『Particles that perceive 知覚する粒子』(2025委嘱新作・初演)
斉木由美『Psalmus David ダヴィデの讃歌』(2025委嘱新作・初演)
南聡『“改造コメディ”への追加の1ページ/月のマドリガル』Op.64 若干の演技と小道具を伴う12人の声楽家とオブリガート・ピアノのための小品(*)(2018委嘱作品・再演)
(アンコール)伊左治直『一ばんみじかい抒情詩 そして、手紙』(歌詞:寺山修司)(アンコールピース28委嘱新作・初演)