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辻彩奈 ヴァイオリン・リサイタル|藤原聡

辻彩奈 ヴァイオリン・リサイタル
AYANA TSUJI VIOLIN RECITAL

2025年3月18日 紀尾井ホール
2025/3/18 Kioi Hall, Tokyo
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)

〈プログラム〉        →foreign language
イザイ:悲劇的な詩 op.12
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ルクー:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
※アンコール
イザイ:子供の夢 op.14

〈演奏〉
ヴァイオリン:辻彩奈
ピアノ:エマニュエル・シュトロッセ

 

2017年のデビューリサイタルがきっかけとなり紀尾井ホールで2年に1度行われるようになった辻彩奈の自主企画であるヴァイオリン・リサイタル、今回はイザイ、フランク、ルクーというベルギーで生まれフランスで活躍するようになった作曲家の作品がプログラミングされているが、ただそれだけでなく、ルクーの作品はイザイの依頼によって作曲され、フランクの作品はイザイに献呈されている。かつ、両曲ともイザイが初演。また、ルクーはフランクの弟子である。つまり精神的な近親性が高い。また、ここで取り上げられている作品は華麗なヴィルトゥオジティが追求されているのではなく、メカニックな難易度とは別にどれだけ作品の内実を表現できるか、という「別種の精神的テクニック」が必要なものばかりであり、これらの作品を惜しげなく並べたところに今の辻彩奈の自信、挑戦の姿勢をみる。ピアノに名手シュトロッセ。

最初はイザイの悲劇的な詩。筆者は2階の正面席で聴いたのだが、ステージからかなりの距離があるにもかかわらず辻の音は明確な輪郭と音量をもってくっきりと聴こえてくる。まず、これだけで凄い。たおやかでありながら内的な意志の勁さを感じさせる強靭な表現力は完璧な右手のボウイングに由来しているだろう。特にラルガメンテの指示のある後半の高揚の没入感―しかし情に溺れすぎずフォルムは崩れない―は大変な聴きものであった。正直な話、かなり以前実演に接した際の辻からはあまり大きなインパクトを感じられなかったのだが、昨年10月にデュトワ&九響と共演した際のグラズノフの協奏曲でその進境に目を瞠り、そして今回の最初のイザイでもそれは確実に感じられた。

次のフランクも名演。この作品、技巧的にはシンプルゆえ、聴き映えを目指してかフレージングをいじったり妙に溜めたりする演奏もままある中、辻彩奈はきわめてストレート、小細工無し。芯のある華美すぎない美音、安定した音程。第4楽章ではカノン旋律の歌わせ方の上手さに聴き惚れる。またシュトロッセのサポートもよく、その和声感に富んだ柔らかく包み込むような響きは絶品。しかし単にピアノに追従するのみならず、第2楽章に顕著なように激しい起伏をもってヴァイオリンと「協奏」する。短く区切ったラストのアコードも潔く清々しい。フ ランクのソナタ、改めて名品との認識を強く持った。優れた演奏に感謝。

休憩後のルクーでは曲想のためか、フランクよりも起伏を大きく取りよりダイナミックさが増す。第1楽章では転調の際の楽想の感じ方が繊細、ピアノとの調和もすばらしい。第2楽章は辻の息の長いレガートの歌の見事さが無時間性を感じさせて秀逸。また、⅞拍子の主部からしばらくして登場する¾拍子の新たな歌でのヴァイオリンとピアノの阿吽の呼吸、一心同体化が絶妙極まりない。終楽章では複数の楽章主題といわゆる循環主題の提示が変化に富み、ドイツ的な構築性とは異質の作品ながら散漫に陥らず凝縮した様相を呈する。作品の持つ熱に浮かされたようなパッションにのみ気を取られてはこうは行くまい。作品へのエモーショナルなレベルでの共感と構成感への配慮が2つながらに両立した全く高水準の名演だった。ここまで優れた演奏を成し遂げるとは。

この後のスピーチで辻は2019年にナントで初共演したシュトロッセと日本でぜひ共演したいと願っていたこととその演奏のすばらしさを述べていたが、確かにこのコンサートの成功はシュトロッセに負うところも多かったと思われる。引くところは引き、協奏すべき箇所では主張する室内楽としての理想的なサポート。辻は無理なく自身の実力を発揮できたのではなかろうか。

最後にアンコール、イザイの子供の夢。辻のまっすぐなフレージングによる奥ゆかしい美音は作品に誠にふさわしい。親密さに満ちたシュトロッセのサポートも辻と絶妙のマッチングをみせる。

ヴァイオリン音楽に興味のある方はとっくにフォローしているとも思うが、今の辻彩奈は既に大変な存在になっている。ぜひ実演でそれを確かめられたい。

(2025/4/15)

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〈Program〉
Eugène Ysaÿe: Poème élégiaque,op.12
César Franck: Violin Sonata in A major
Guillaume Lekeu: Violin Sonata in G major
※encore
Eugène Ysaÿe: Rêve d’enfant,op.14

〈Player〉
Ayana Tsuji, Violin
Emmanuel Strosser, Piano