ピアノ・トリオ・フェスティヴァル2024-III|丘山万里子
ピアノ・トリオ・フェスティヴァル2024-III
金川真弓・佐藤晴真・久末航トリオ
Piano Trio Festival 2024 – III
Piano Trio
Mayumi Kanagawa(violin)・Haruma Sato(cello)・Wataru Hisasue(piano)
2025年2月13日 紀尾井ホール
2025/2/13 Kioi Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by ©逢坂聡 /写真提供:公益財団法人 日本製鉄文化財団 紀尾井ホール
<演奏> →foreign language
金川真弓(ヴァイオリン)
佐藤晴真(チェロ)
久末航(ピアノ)
<曲目>
ジョーン・タワー:Big Sky
ベートーヴェン/ライネッケ:ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲ハ長調 op.56(ピアノ三重奏版)[ライネッケ生誕200年記念]
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チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲イ短調 op. 50《偉大な芸術家の思い出に》
(アンコール)
ペーター・キーゼヴェッター:タンゴ・パテティーク
昨今の室内楽若手の充実はもはや言うまでもないが、このたび日本デビューを飾った金川真弓・佐藤晴真・久末航トリオは、その最新版。紀尾井ホール「ピアノ・トリオ・フェスティヴァル2024」第2回葵トリオに続き第3回での初お目見え。全員名だたる国際コンクールでの輝かしい受賞歴を持ち、ベルリン在住、内外で活躍するスタートリオである。
颯爽と現れ、まさに颯爽かつ堂々たる演奏ぶりで満員の客席を沸かせた。
選曲がまた、なんと魅力的なことか。
冒頭の『Big Sky』、筆者は初めて聴くが、ボリビア生まれの女流作曲家で全米作曲界の重鎮という。引退した競走馬を父親にもらい、その世話を日課とし、愛馬にまたがりボリビアはラパス(世界で最も高所にある首都だそうだ)の渓谷を駆け巡り高空を見上げた記憶からの作、とのこと。雄大な自然、朝露を踏みながらゆく馬上の少女の姿が彷彿する。朝靄漂う薄明の谷間、眠りから目覚めたばかりの無数の微細な命たちがさざめく、そんな幽けきシーンから開始。南米はブラジルあたりしかイメージの湧かない筆者には、意表を突く幕開けだ。弦もピアノも澄明、とりわけほろほろこぼれるピアノの透度の高さ!小品だが、繊細と強靭をないまぜに斬り結ぶ3者が印象的。ボリビアってこんな清(すが)しい地なのか、と心身清められた気分。トランプ再任で暗雲覆う世界にあっては、よけい。
一転、ベートーヴェン。ライネッケの手腕で、存分にベートーヴェンの協奏の室内楽的組成の妙を楽しめた。金川の中低音のぽってりした豊かさと艶やかさ、絡む佐藤の深々リリカルな歌い口、ほとんど弾き振り的久末。弾き振りといっても決して腕を振ったり体や顔をそれらしく動かしたりするわけでなく、「ここぞ」というときに音でサインを出す、それによってリズムや和声進行が生き生きと流動、輝く、そのこと。第一楽章、神経行き届いたピアノ同音連打の上を滑るチェロなど、2人をいかに上手くのせてゆくかが本能的にできる久末の真骨頂を見る。3者それぞれの音階上下行、ただそれだけでそこに「音楽」が香り立つ、やはりベートーヴェンは凄い、とワクワクさせてくれる彼らも凄い!息のあった軽やかな会話を聴いていると、これがベートーヴェン時代の、そして私たちが今、最も欲している音楽だ、と思える。古典的整いと浪漫的詩情の調和がもたらす安堵感のようなものか。ラルゴでは佐藤の歌心をたっぷり、金川の高音でのしなやかな縁取りも美しく、アタッカで入るロンド・アラ・ポラッカでの弾み具合、ユニゾンの逞しさ、ポロネーズでのリズム感、久末2人を両手に、自由に踊らせリードする伊達男みたい。
楽しかった。
後半のチャイコフスキー、これまた全く別物の、まさに最強トリオを実感。
むろんこの3人の腕の達者、スケール、心の熱さは知れたことだが、各々の持つそれをドカンと一つの鍋に投げ込み、あれやこれやのスパイスで自在に沸騰、いや、爆騰させたステージ、といったら良いか。
演奏前に佐藤が、先日急逝の指揮者秋山和慶へ捧げる、とのアナウンス。
「偉大な芸術家の思い出」が、ホールを埋めたそれぞれに去来する一瞬。
ゆえ、冒頭での深底から噴き出る熱量、渾身のピアノとチェロの悲歌が胸に迫る。ヴァイオリンの声音(こわね)も内奥から迸る如く。ここではピアノは時に覆い被さり、時に沈潜へと引きずりこみ、音楽の大波小波を絶えず促す。その音楽の移ろいにきめ細かなニュアンスを施す金川、佐藤の音質のパレット、感性の豊かさ。相乗どころか、どこまでも螺旋を昇る3者に目眩むのであった。第2楽章主題と変奏では、第5変奏でのオルゴールの如き愛らしくきららかなピアノの高音、続く軽やかなワルツ、第7変奏のピアノの聳り立つ音柱を弦がスパスパ切り上げる豪胆、第8変奏のフーガの勇壮から一呼吸、声を潜めての弦の哀切。最終変奏弾丸飛び込みから一挙に駆けあがる頂点、追い上げの白熱。若い、勁い、美しい。弦ユニゾンでのテーマ回帰にえぐられ、ピアノアルペッジョにかきむしられ、ほとんど魔神降臨と思しき音の火柱。しばし静謐。そうして一足一足、葬送の歩みが遠ざかって行った。
沈黙のち、ホール喝采。筆者はそっと背を座席にもたせかけた。
古代、人々は想いを「天に届け」と炎の儀礼で焚き上げた。
それをありありと眼前に見て。
さらに、アンコールは『タンゴ・パテティーク』。
チャイコフスキー名旋律メドレーで踊るタンゴ。
そのシャープなユーモア。
弾き上げて、ニタリほくそ笑む3人、思わず小さく「ぶらあぼ!」と叫び、笑ってしまいました。
音楽をここまで楽しみ、楽しませてくれる。
めちゃくちゃ冷たい凍風にコートの裾をかき合わせつつ、ありがとう、これからの世界を頼む君たち、とずんずん四谷の夜道を歩いたのであった。
(2025/3/15)
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<Artists>
Mayumi Kanagawa (violin)
Haruma Sato (cello)
Wataru Hisasue (piano)
<Program>
Joan Tower: Big Sky (2000)
Beethoven: Trio in C major after the Triple Concerto op. 56 arranged by Carl Reinecke [Bicentennial of Reinecke’s birth]
Tchaikovsky: Piano Trio in A minor op. 50 «À la mémoire d’un grand artiste (In memory of a great artist)»
<Encore>
Peter Kiesewetter:Tango Pathétique