ベトナム便り|~Art in the Forest|加納遥香
ベトナム便り ~Art in the Forest
Text&Photos by 加納遥香(Haruka Kanoh):Guest
2024年の秋、ベトナム人画家ヴー・ホン・グエンさんとアートコーディネーターのチャン・ジエップさんにお会いする機会があり、お話をしているなかで、彼らがあるリゾート地で「Art in the Forest(AIF)」というプロジェクトを手がけたことを教えていただいた。そのリゾートは、フラミンゴ・ホールディング・グループ(以下、フラミンゴ)というベトナム企業が運営するリゾートの一つ。ハノイから車で1時間ほどのところにある、ヴィンフック省のダイライ湖の周りに位置するダイライ・リゾートである。
AIFは2015年から2019年にかけてフラミンゴの投資のもとで実施されたプロジェクトで、AIFのキュレーターを務めるグエンさんらが中心となって国内外から作品を収集し、5年かけて、124ヘクタール以上ある敷地内に100以上の彫刻や絵画が展示されることとなった(ART IN THE FOREST 2015-2019 カタログ、p.161)。
何年もベトナムに住んでいたがこのような場所があるとは全く知らず、ダイライ・リゾートに遊びに行ったことのあるベトナム人の知人も、言われてみればオブジェがあったような…という程度であった。話を伺った瞬間からすぐにでも行きたいと思っていたが、なかなか時間がとれず、ようやく実現できたのが、2024年最後の週末のことだった。
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リゾートの敷地は広いので電気カートも走っていたが、景色を眺めながらのんびり回ってみたかったので、てくてくと散策することにした。朝は曇っていたものの、徐々に日差しが出てきて暖かくなり、穏やかに波打つ湖の水面、風に揺られるススキ、大きな深緑の樹木など、大変気持ちがよかった。
アート作品は、芝生や湖の畔などに点在しており、場所によっては、木々や草花とのバランスを考えたであろう配置が、アートと自然の一体となった空間をつくりだしていた。作品によっては、何も説明がなくタイトルや作者がわからないものがあり、アート作品としての紹介が不十分でもったいないと感じた。一方で、リゾートなので家族連れが多いのだが、作品の周りを駆けたり上に乗ったりして遊ぶ小さな子どもたちの姿も見受けられ、作品情報を参照しながら鑑賞するというだけではない、パブリックアートたるもののあり方を考えさせられた。
個人的に気に入った屋外展示作品の1つは、「独り(Alone)」(タイ・ニャット・ミン作、2015年)というタイトルの人型の大きなオブジェで、ラピュタの世界に迷い込んだかのような気分。また、敷地の奥の方で見つけた、牛乳が跳ねたかのような形のオブジェにも直観的に惹かれた。ゆるやかな曲線がなんとも魅力的で、手で触ってみるとなおさらよかった。これは「起源(Origin)」(レ・ラン・ルオン作、2015年)という作品で、無限の力を発散させるエネルギーに満ちた水滴を表現したという(ART IN THE FOREST 2015-2019 カタログ、pp.74-75)。
さらに、敷地内をずっと奥まで歩いていくと、林の中にフラミンゴ・コンテンポラリー・アート・ミュージアムがある。といってもちょっと変わったミュージアムで、林の中の小道を歩いていると、突如、色とりどりに塗られたいくつものプレハブが現れる。1つの建物につき5、6作品が展示されていて、どの建物も一面がガラス張りになっているので外からでも作品をみることができ、さらに当日案内をしてくれた女性によれば、お金を払ってツアーに申し込めば中にも入れるという。また、プレハブをいくつか重ねたような3階建ての建物もあり、ここも含めると全部で12の小さな展示室がある。同ミュージアムのコレクションとして、グエンさんとジエップさんを私に紹介くださった画家グエン・ソンさんの、深い青色が美しい絵画作品も複数展示されており、小さな作品から大型作品まで、心がすっと奪われた。
AIFのコレクションはベトナム人作家の作品が中心であるが、それ以外にも、シンガポール、フランス、スペイン、カナダ、韓国、日本、アメリカの作家の作品も展示されており、日本のアーティストの作品には安藤彩英子氏、田中信行氏、向井勝實氏のものがある。彫刻家・向井氏は11月中旬から12月頭にかけて、ベトナム国立美術博物館(ハノイ)の企画展示室で展覧会を開催していた。私が美術博物館での展示を鑑賞した際には、内なるエネルギーを深くぎゅっと凝縮して表現していた印象を受けたのだが、ダイライ・リゾートでの彫刻作品はサイズがずっと大きく、外にエネルギーを解放するかのように空に向かって天高く伸びていて、見ていて晴れやかな気分になった。
作品の鑑賞とリゾートの散策を堪能し、敷地内のレストランで少し遅めの昼食をとってからハノイに戻った。都会の喧騒から離れて自然とアートを心地よく楽しめた、年末最後の週末であった。
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ベトナムではアートに対する大企業の関心が高まっていて、たとえば2017年には大手企業の投資でインターナショナルオーケストラが設立されたり、ショッピングモールにコンテンポラリーアートのための展示室がつくられたりした。AIFもまた、文化産業の拡大の流れのなかで実現したプロジェクトであるといえるだろう。グエンさんは同プロジェクトのカタログの序文にて、ここに集結された作品が、「絵画、彫刻、グラフィックアート、インスタレーションアート、ビデオアートなどの作品をもってベトナムと世界の才能あるアーティストが集う、将来の現代アートミュージアムの最初の基盤となるだろう」と記している(ART IN THE FOREST 2015-2019 カタログ、p.9)。経済力がますます高まる今日、民間の経済力を最大限に活用する形でベトナムのアート界が盛りあがっていくのが楽しみである。
*このエッセイは個人の見解に基づくものであり、所属機関とは関係ありません。
(2025/1/15)
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加納遥香(Haruka Kanoh)
2021年に一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻博士後期課程を修了し、博士(社会学)を取得。同研究科特別研究員。専門はベトナム地域研究、音楽文化研究、グローバル・スタディーズ等。修士課程、博士後期課程在籍時にハノイに留学し、オペラをはじめとする「クラシック音楽」を中心に、芸術と政治経済の関係について領域横断的な研究に取り組んできた。著書に『社会主義ベトナムのオペラ:国家をかたちづくる文化装置』(彩流社、2024年)。現在は、専門調査員として在ベトナム日本国大使館に勤務している。