作曲家の個展II 2016 西村朗X野平一郎|齋藤俊夫
サントリー芸術財団コンサート 作曲家の個展II 2016 西村朗X野平一郎
2016年10月28日 サントリーホール
Reviewed by 齋藤俊夫( Toshio Saito)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
東京都交響楽団
指揮:杉山洋一
ピアノ独奏:野平一郎(*)
<曲目>
野平一郎:管弦楽のための「時の歪み」(2016、世界初演、西村朗委嘱作品)
西村朗:液状管弦楽のための協奏曲(2016、世界初演、野平一郎委嘱作品)
野平一郎&西村朗(共作);ピアノ協奏曲〈クロッシングA・I 〉(2016・世界初演、サントリー芸術財団委嘱作品)(*)
サントリー芸術財団による「作曲家の個展」シリーズは今回から「作曲家の個展II」として2人の作曲家による企画となった。その第1回である今回は既に大家と呼べる西村朗と野平一郎が選ばれ、2人によるピアノ協奏曲の「共作」が演奏会の目玉として注目された。
前半は野平、西村が相互に委嘱した新作2曲が演奏された。まずは野平作品。寄せては返す波のような音響が会場に充満し、波打つ弦楽器に鋭く楔を打ち込む金管楽器など、それぞれの楽器の音が全て鮮明に聴こえてくる。全楽器がトゥッティで奏される部分も、四方八方からの波が塗りつぶされて一色になることなく、色彩感覚豊かで多層的な音響空間が現れてきた。時間と音高の「歪み」に着目して作曲したとのことだが、時空間の見えない歪みを耳で聴き取るがごとき体験をした。これは野平の作曲技術の巧みさ、そして指揮の杉山洋一の卓抜した采配によるのだろう。
次いで西村作品。冒頭の弦楽器の響きでもう西村ワールドに引きずり込まれた。弦楽器と木管楽器、そして金属打楽器がポルタメントで悶える中、金管楽器が叫び、たまらなく官能的な世界を作り出す。「液状管弦楽」とはよく言ったものである。たしかにこの音響は粘っこく体にまとわりつく液状の響きであった。音響が昂ぶっては止み、昂ぶっては止みを繰り返し、さながら密教の秘義のごとく濃密で肉体的である種エロティックですらある世界を作り出す、そのアジア的あるいはオリエンタルな響きはまさに西村の音楽世界の真骨頂であった。
後半は演奏会の目玉であるところの野平&西村の共作ピアノ協奏曲である。どのような作曲過程を経たかというと、まず第1楽章ではピアノ・ソロを西村が作曲し、その後にピアノに合わせて協奏するオーケストラ・パートを野平が作曲する。第3楽章では書き手が交替する。第2楽章は2人がそれぞれ6つずつの断片を書き、それをピアノ奏者(今回は野平)が任意の順で並べて演奏する、といった過程である。
第1楽章は西村が書いたピアノ・ソロが最初から西村ならではの音楽世界を作り上げていて、野平のオーケストラがそれに手を出しあぐねていたというのが素直な印象である。ピアノを弾く野平の手腕も大したものなのだが、ピアノにオーケストラが完全に食われていた。それにしても野平の書いたオーケストラが響いてこない。演奏会前半の「時の歪み」とは別人が書いたかのように微温的でピアノ・ソロへも聴衆へも挑んでこない。西村のピアノに合わせようとした結果、自分の個性を出すこと無くオーケストラが収束してしまっている。これで良いのだろうかと思っていたら第1楽章は終わってしまった。
ピアノ独奏の第2楽章は作曲過程からして想像がついてしまったが、どうにもまとまりに欠けて「どう聴くべきなのだろうか」と迷っていたらいつの間にか終曲。この楽章に存在意義はあったのだろうか?作曲方法の時点からそのアイディアをもっとよく練るべきだったのではないか。
そして野平ピアノ・ソロ、西村オーケストラの第3楽章であるが、第1楽章の野平のオーケストラが腰が引けていたのに対して、第3楽章の西村のオーケストラは野平のピアノに合わせて自分を矯めることをしない。野平の硬質なピアノに対して西村の液状のオーケストラが拮抗して聴こえてきたのである。野平のピアノも作曲・演奏ともに非凡であり、ここにきてやっと共作の意義が見えてきたと感じた。個性と個性のぶつかり合い、それこそが共作の意義であり、相手に合わせて道を譲ってはならないのである。最後のバルトーク・ピチカートとピアノの一打まで充実した時を過ごした。
個性に個性を掛け合わせたら没個性なものしかできなかった、というありがちな展開にならなくて最後には正直ホッとした。「作曲家の個展II」は今後も2人の作曲家を取り上げていくようだが、今回の長所と短所との両方をよく考えて次回以降より面白い企画となるよう期待したい。