ベトナム便り|~ハノイの秋、から一歩飛びだして|加納遥香
~ハノイの秋、から一歩飛びだして
Text&Photos by 加納遥香(Haruka Kanoh):Guest
第一回のベトナム便りからすっかり間が空いてしまった。ハノイは猛暑や豪雨に見舞われた夏を乗りこえて秋を迎え、さわやかな風が吹く季節となった……。と思っていたら、むしろ寒いくらいの気候にもなってしまった(ハノイには四季があり、冬は、寒いのに湿度が高いという、日本ではあまりない気候になる)。ここ数日は、寒い日もあればじめじめと暑い日もあり、なんだか過ごしづらい。ハノイはやはり、秋が一番である。
日本でも知名度の高いチン・コン・ソンが作曲した「ハノイの秋を想う(Nhớ mùa thu Hà Nội)」という歌には、「風が吹くたびに、ホアスア(hoa sữa)の香りが漂ってくる季節、手のひらのなかで緑色のコム(cốm)が香る季節」というフレーズがあるように、ホアスア(ホア=花、スア=ミルク)と呼ばれる花や緑色のお米であるコムは、ハノイの秋の名物。花より団子の私にとって、この秋は、特にコムを存分に楽しんだ秋であった。蓮の実といっしょに炊いたおこわ、コムサオと呼ばれる弾力のあるお餅、緑豆の餡を詰めたバインコムと呼ばれるお餅など、食べ方はいろいろ。調理前のコムをそのままいただいたり、それをある特定の種類のベトナム産バナナ(chuối tiêu)に付けて食べたりするというのも定番の食べ方で、コム本来の甘味が堪能できる。また、興味本位で「ハノイの秋」と命名されたビールを注文した際、口に入れた瞬間になじみ深いコムの香りが口の中にぐっと広がったのには、さすがに驚いた(原材料を見るとちゃんと「Com」と書かれていた)。
こんなわけで、ハノイで一番心地よい季節を楽しんだのだが、そうはいっても交通渋滞や大気汚染はひどく、本当に、文字通り、息苦しい。それを特に実感したのは、ちょうど気候のよかった11月の初旬に、ハノイから100キロほど南下したところにあるニンビンに足を延ばし、澄んだ空気が体内に流れ込んできたときのことである。ニンビンは、10~11世紀にかけて都がおかれた古都ホアルーがあったり、ごつごつ、ぽこぽこと背の低い岩山が立ち並ぶあいだを手漕ぎボートで川下りしたりと見どころが満載で、2014年にこの一帯が世界遺産に登録された。いまではすっかり人気の観光地である。
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山があれば洞窟がある。そして洞窟があれば信仰空間がつくられる。これが、今回のニンビンの旅で私が強く体感したことである。なかでも感動的だったのが、バイディン寺の片隅にある洞窟寺だ。
バイディン寺は、敷地面積において東南アジア最大を誇るそうで、広い敷地内を電気カートで移動できる。敷地内には新しい寺と古い寺があり、2010年に完成した新しい寺は、建物、仏像、仏塔など、何から何までとにかく巨大で、大きさや豪奢さにただ圧倒されるばかりであった。ベトナムには、仏教のスピリチュアル観光地が多くあり、大きな寺、大きな仏像や観音像がいろいろなところに建てられているが、バイディン寺もそのひとつといえるだろう。
しかし、何もなかったところに突然大きな寺がつくられたわけではない。広い敷地の奥には、背の低い山が一つ佇んでおり、そこにあるのが、1136年に建立された古い寺である。山のふもとで電気カートを降りて歩を進めると小さな石門にたどり着き、そこから延々と続く階段をのぼっていくと、まず、仏を祀る背の低い洞窟が現れる。洞窟のなかにはきらびやかでありながら小ぶりの仏像(「三宝(TAM BẢO)」と書かれているので、三宝尊か)が祀られている。さらに進んで洞窟から外に抜けるあたりには、建国にまつわる伝説上の帝王貉龍君(ラック・ロン・クアン)と国母嫗姬(アウ・コー)の17番目の子(アウ・コーは100の卵を産んだ)とされる「高山(カオ・ソン)(Cao Sơn)」神が祀られ、そこからさらに進むと、高山神を祀る木造の祠がある。
洞窟の入り口に引き返して、さらにもう少し山道を進むと、次は、ベトナム民間信仰の聖母を祀る洞窟にたどりつく。中に入った途端、湿度の高いひんやりとした空気が身体を包み込む。知らないうちに見えない結界を通り抜け、神聖な空間に入りこんでしまったかような感覚である。入り口左手には小さな虎の像があり、洞窟内部には三宝や聖母などが祀られており、さらに洞窟の一番右奥(この洞窟は先ほどのと違って行き止まりである)には、まるでもうひとつの異世界であるかのように霧が充満した空間が、ぽっかりと広がる。この空間に足を踏みいれると、水分が私の肌にじっとり、ひんやりまとわりつく。この空間の下の方には自然に生み出されたと思われる池があり、これもまた、ここに何かが存在するような雰囲気をつくりだしていた。
小さな洞窟であるが、自然の一部をもってつくりだされたこの信仰空間は、大きな寺院にはない繊細で濃密な神聖さで満たされていた。特に後者の洞窟では、自然環境が醸しだす厳かな空気感に一瞬にして心を奪われた。かつての人びとがまだ何もない洞窟に入ったときも、このような感覚に襲われたのかもしれない。
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さて、ニンビン省の南にはタインホア省が隣接している。タインホアといえばビーチが有名なのだが、内陸にもさまざまな見どころがある。その一つが、2011年に世界遺産に登録された胡(ホー)朝の城塞である。胡朝は、1400年から1407年に存在した、ベトナムで最も短命の王朝。看板に書かれた説明によれば、後に胡朝の王となる胡季犛(ホー・クイ・リー)が1397年に建立を開始したのがこの城塞だ。ニンビンからは車で片道1時間ほど。タインホア省出身の友人には、「周りに何もないから5分で見終わるよ」と言われたものの、今回の旅は時間に余裕もあったため、思い切って行ってみることにした。
結論から言えば、片道1時間、滞在時間は2時間近く、であった。
「もうすぐ着くはずだよ。」田舎の町を車で走っていると、手配した車の運転手のお兄さんが言う。助手席からじっと目を凝らしていると、遠くにアーチ形の物体が小さく見えてきて、そして正面に、大きな門が現れた。
城塞のうち、現在残っているのは東西南北の4つの門だけである。かつてはこれらの門を城壁がつないでいたのであろうか。城門と城門のあいだは土塁のように盛り上がり、四方を囲っていて、それなりに高さがある。そのうえには牛や水牛がいて、私たちも登って上を歩くことができる。また、城壁の内側には田畑が広がり、時折、農作業をする地元の人びとがバイクや自転車で通り過ぎていく。農作業小屋のようなところもあり、そこに繋がれた犬たちが、見慣れぬ人の出現を警戒して吠えている。
短期間であれどかつて王朝があった場所。いまでは、かつての栄光の残響をかすかに保って、荘厳な風貌を残す城門。しかし同時に、世界遺産でありながら一切めかしこむことなく地元の人びとの生活のなかに溶け込んだ、牧歌的な風景。まさに、諸行無常の響きあり、とつぶやきたくなるような場所であった。
城塞の横には資料館もあり、そこを見たり、城塞の内側をてくてくと歩いて探索したりしているうちに、あっという間に時間が経った。行きしなに運転手さんとも「観光時間は5分かな、30分かな」と笑いながら話していたのだが、彼も、観光を終えた私たちに対し、「あなたたちが満足したならそれでよいよ」と笑っていた。
ハノイでの生活も大好きなのだが、一歩足を踏み出せば、まったく違う世界が広がっている。まだ知らないベトナムをめいっぱい堪能したい、と実感させられた、よい旅であった。
(2024/12/15)
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プロフィール
加納遥香(Haruka Kanoh)
2021年に一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻博士後期課程を修了し、博士(社会学)を取得。現在、同研究科特別研究員。専門はベトナム地域研究、音楽文化研究、グローバル・スタディーズ等。修士課程、博士後期課程在籍時にハノイに留学し、オペラをはじめとする「クラシック音楽」を中心に、芸術と政治経済の関係について領域横断的な研究に取り組んできた。著書に『社会主義ベトナムのオペラ:国家をかたちづくる文化装置』(彩流社、2024年)。現在、専門調査員として在ベトナム日本国大使館に勤務している。