オーケストラ・プロジェクト2024 直感とイマジネーション AIと作曲家の現在|齋藤俊夫
オーケストラ・プロジェクト2024 直感とイマジネーション AIと作曲家の現在
Orchestra Project 2024
2024年11月27日 東京オペラシティコンサートホール
2024/11/27 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 深谷義宣/写真提供:深谷義宣
<演奏> →foreign language
指揮:大井剛史
サクソフォン:上野耕平(*)
東京フィルハーモニー交響楽団
<曲目>
(全作世界初演)
森垣桂一:『ミステリウム』
松波匠太郎:『”ABC”の印象』独奏サクソフォンとオーケストラのための(*)
山内雅弘:『螺旋の記憶III』オーケストラのための
今堀拓也:『交響曲第1番』
森垣桂一『ミステリウム』、さざなみ立つオーケストラに弦のメロディーが浮かび、そこからクレッシェンドしてトゥッティで派手にぶちかます。デクレッシェンドして弦楽合奏からヴァイオリンのソロに木管がオブリガートで寄り添い、弦楽が印象派風の雰囲気を醸し出し、短い上行アルペジオが方々から立ち昇り⋯⋯etc.etc⋯⋯楽曲を客観的に描写すると序盤だけでこれだけの手数が費やされる。だが、この多彩なオーケストラの書法の中に作品としてあるべき一本の芯、骨法が欠けている。手法をただ羅列するのではなく、その中にあるべき作曲家としてのエゴを聴かせてもらいたかった。
松波匠太郎『”ABC”の印象』、オーケストラ全体で複雑なリズムを刻み、その上を上野耕平のサクソフォンが翔ける。オーケストラ、大地森林の如く。サクソフォン、宙を舞う鳥の如く。金管が吠え、オーケストラがキラキラと星くずのようにさんざめく。(一旦”A”部が終わった後でチューニングをしたように思えたが、もしかすると筆者が間違っているかもしれない。)ヴァイオリンがコル・レーニョと響かないピチカート、サクソフォンがキーのタップ音や息音、なのに禁欲的にならずに攻撃的な雰囲気が保たれている。徐々に楽器が増え、サクソフォンとオーケストラが共にみなぎってくる。と思えば、ベートーヴェンの交響曲第4番(とプログラムノートには書いてある)がアイロニカルに挿入・反復される。さらなる超高速の超絶技巧の果てにサクソフォンが消え入ったか、と思ったらラストをフォルテシモのトゥッティの和音で締める。完全に調性音楽だが古めかしい所などどこにもない、「今」を感じさせる痛快至極な音楽であった。
山内雅弘『螺旋の記憶III』、目視できずなんの楽器がどうやって出している音なのかわからなかったが、幽霊の出てくる笛の音をもっと微かにしたような音で始まる。そこから弦楽器が壮大にうねり、ヴァイオリンの最高音域とコントラバスの最低音域が絡み合う。これがプログラムノートにある二重螺旋か! その二重螺旋構造がオーケストラ全体に広がっていくが不思議に澄んだ音響が濁ることがない。また、同じモチーフが現れても、それが同一性に依拠する再現というより、差異を生み出す変容の効果を持たされて、モチーフがモチーフと絡まり合い無限に上昇していくような感覚がした。最後にアンビルが甲高く叩かれ、ティンパニーが連打されてクレッシェンドし、各パートがやはりうねり絡まりつつ減衰していき、了。
今堀拓也『交響曲第1番』、トン!という打撃的な音の後にシャカシャカシャカシャカと何か大きなものが擦れるような音が反復され、その後秩序を持っているのかどうか定かではないが(今堀が秩序ではなく直感で作曲することはないと思うが)ロングトーンがあちらこちらから浮かび上がる。しかしそれらの音色をどうやって出しているのか全くわからない。透明なのに色彩豊か。なんという管弦楽法の妙。その後、上行音型と下行音型が反復されたところにガバア!と金管楽器が襲いかかる、かと思えば静けさの中で楽器が呼び交わし合ったりするのだが、ある秩序が生成されたかと思えばそれが崩壊し、さらにその秩序が生まれ変わったかのように再構築されるといった実に精妙巧緻な構造がおぼろげながら感得されてくる。また、調性も楽想ごとに移行する、複調をさらに複雑化したような形で使用されていたように思えた。「交響曲」の名に恥じない論理だった秩序による作品≒建築物を聴かせてもらった。
今年の芥川也寸志作曲賞でもアジ演説めいた文章をものしたが、今、日本現代音楽界には新風が吹き始めていると感じた。今回の曲目が来年の芥川也寸志作曲賞にノミネートされたらどんなに面白いことになるだろうか。
ただ、最後に一言付け加えさせていただければ、演奏会の副題の中の「AI」は今回の4人の作曲家にはほぼ無縁であり(今堀が使っているのはコンピューターアルゴリズムであって、昨今話題の生成AIではない)、不要だったのではないだろうか。生成AIによって佐村河内守が大量発生するという未来は十分予測できるが、AIがAIにしか書けない「個性」を持った音楽を書くには真なる技術的特異点(シンギュラリティ・ポイント)を超える必要があり、そこに至って初めて現代作曲家は自分たちとAIと向き合うことになると筆者は考える。それがもうすぐ来るのか、永遠に来ないのかはわからねど、とにかく何でもかんでも「AI」に絡める風潮に乗るのには首肯しかねるし、今回の演奏会の趣旨を誤解させる表現だったと思う。
(2024/12/15)
関連記事:五線紙のパンセ|交響曲第1番の作曲構造|今堀拓也
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<Players>
Conductor: Takeshi OOI
Saxophone: Kohei UENO(*)
Tokyo Philharmonic Orchestra
<Pieces>
(All pieces are world premier)
Keiichi MORIGAKI: Mysterium
Shotaro MATSUNAMI: “ABC” Impressions for Solo Saxophone and Orchestra(*)
Masahiro YAMAUCHI: Memory of Spiral III for Orchestra
Takuya IMAHORI: Prima Sinfonia