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小人閑居為不善日記|楳図かずお、奇跡の条件――《わたしは真悟》と《呪術廻戦》|noirse

楳図かずお、奇跡の条件――《わたしは真悟》と《呪術廻戦》

Text by noirse : Guest

 

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 12月27日、故・相米慎二監督の映画、《お引越し》(1993)と《夏の庭 The Friends》(1994)の4Kリマスター版が公開される。どちらも子供でしか経験できない特別な時間を繊細かつ大胆に切り取った名品だが、とりわけ《お引越し》に関しては、1990年代の日本映画における最高傑作で、世界的に見てもこの時代につくられた映画の頂点のひとつなのは間違いないと断言しよう。本作は昨年のヴェネツィア映画祭にて最優秀復元映画賞も受賞しているが、2001年、911テロの2日前に世を去り、生前世界的な名声を得られなかった相米は、いまだ正当に評価されているとは言い難く、これを機会にその才能が広く伝わることを望みたい。とは言え、これから《お引越し》の結末にも触れていかなければならず、未見の方はご注意いただきたい。
《お引越し》の主人公は小学6年生のレンコ。両親が別居を決意し、父親が家を出ていくことになる。そのためお引越し自体は作品がはじまって早々に終わってしまうのだが、映画の最後にもう一度「お引越し」がおこなわれる。それは作業としてのお引越しではなく、ひとりの少女の内面の「お引越し」なのだ。
レンコはさまざまな手段で、両親が別居を思いとどまるようにはたらきかける。彼女にとって親子3人のくらしは幸福なものであり、その崩壊は少女時代の終わりを意味した。しかし父も母もレンコの思いを受け止めることはない。賽は投げられたのであり、二度とレンコに「あの時代」が戻ってくることはない。ついにそれを理解し、抵抗をあきらめたレンコは、みずからおのれの子供時代の葬送を執りおこなう。
子供や青春を取り扱った作品には、ときおりこのような「しあわせだった時代の終わり」を強く刻印するものがある。たとえば《スタンド・バイ・ミー》(1986)も子供時代の終わりを描いているが、この映画の少年たちは望んでそうしたわけではない。彼らの旅の過程で起きたことの積み重ねが、その終焉を突きつけたのだ。変化や成長というものの多くはこのように受動的にうながされるもので、受験や就職であっても一種の社会的慣習であり、しなくてはいけないからするという人が大半なのではないか。
けれどもレンコは違う。彼女はどうあがいても幸福だった時代が過ぎ去るのを止められないと理解し、その残酷な事実を受け入れるためにみずからを積極的に葬ろうとする。相米はその決意を十八番のダイナミックな演出で映像化し、奇跡的な時間を彼女に与えていく。大人になったレンコはそれまでのように思い悩み、つまずくことはなくなるかもしれない。しかしそのかわり、彼女はきっと、この奇跡を忘れてしまうことだろう。奇跡はだれにでも一度起きるが、起きたことには気がつかないのだから。

 

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奇跡は誰にでも一度おきる
だがおきたことには誰も気がつかない

 これは先日世を去った、楳図かずおの《わたしは真悟》(1982-86)のエピグラフだ。楳図かずおといえば恐怖マンガの大家だが、《漂流教室》(1972-74)あたりからSF長編にシフトしはじめ、《わたしは真悟》はその路線の、いや生涯の最高傑作だ。さとるとまりんというふたりの子供の身に起きた奇跡とその忘却を、奔放な想像力と圧倒的な筆力によって描き切った、マンガ史上に屹立する金字塔である。
小学生のさとるとまりんは、ある「奇跡」に遭遇する。それはあまりにも数奇で壮大なものだが、ふたりはその奇跡に気付くことはない。その奇跡の背景にあるドラマを追ってきた読者は、とてつもないスケールの物語が、おどろくほどあっけなく終わっていくその落差に、形容しがたい感慨を覚えることだろう。
《わたしは真悟》のみならず、《漂流教室》や《神の左手悪魔の右手》(1986-88)、短編〈ねがい〉(1975)など、70年代以降の脂が乗り切った時期の楳図の作品では、「奇跡」が重要な役割をはたす。こうした奇跡は、死と表裏を成している。《おろち》(1969-70)収録の〈姉妹〉や〈うろこの顔〉(1970)など、強い恨みや執着による「呪い」が死を呼び込む作品も印象に残るが、いっぽうでまったく罪のない人間が暴力の巻き添えになることも多い。《わたしは真悟》で、さとるの隣人しずかをサポートする幼い子供がむなしく犠牲になる姿は、いまでも忘れられない。
楳図作品においては、いつだれが無惨な死に直面するか、まったく予想がつかない。しかしそもそも死とはそういうものだ。いくら徳を積もうが、あるいは罪を犯そうが、もしくは平凡に生きていようとも、やすらかに床の上で死ぬことができるかはわからない。人は死の前で平等だ。
《わたしは真悟》では、こうした平等さが奇跡に関しても発動する。人はいつ凄惨な死にさらされるかわからないが、そのかわり奇跡も平等に与えられる。そうした「豊かさ」が、楳図作品の根幹にある。

 

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 ここで近年の作品――少年ジャンプで2016年から連載がはじまり、9月に最終回を迎えた《呪術廻戦》で、「呪い」がどのように取り扱われているか確認したい。《呪術廻戦》では、人が抱く負の感情が呪いとなり、それが少しずつ漏れ出して積み重なると「呪霊」になる。人間に危害を加える呪霊を退治するのが、主人公の虎杖悠仁をはじめとする呪術師だ。
前述したように、楳図作品でも強い恨みが呪いと化すケースは多いが、《呪術廻戦》の場合は、ネガティブな感情でなくとも呪いとなることがある。たとえば、虎杖の先輩呪術師・七海が戦いのはてに死を迎える場面。七海は、「それは彼にとって”呪い”になる」と葛藤しながらも虎杖にあとを託し、虎杖は「俺ナナミンの分までちゃんと苦しむよ」と、その「呪い」を背負うかたちとなっていく。《呪術廻戦》では、主要人物がみななにかしら「呪われて」いて、その重荷をどうしていくかが重要となる。
そうした呪いを抱え、死闘を繰り広げたあとになにが残るのか。虎杖は強い正義感の持ち主で、呪霊によって人が「正しい死」を迎えられないのが許せず、呪術師となる。ところが虎杖自身の死の見通しは暗いものだ。虎杖がもっとも憎む呪霊・真人は、呪霊と呪霊師の戦いは「間違いを正す戦いじゃ」なく「正しさの押しつけ合い」であって、「お前は俺だ、虎杖悠仁」と突き付けてくる。
いとも簡単に人間を殺していく呪霊が一片の同情もなく排除できるものであろうと、それを殺して回ることは、呪霊のおこないと本質的にかわらない、虎杖はそう考えている。作品序盤に虎杖は「自分(テメエ)の死に様はもう決まってんだわ」と言うのだが、この言葉は彼のその後を暗示している。虎杖は呪霊を殺し続けることで、みずからの背に「呪い」を積み上げている。他人の「正しい死」を守ることにより自分は「正しい死」を迎えることができないだろう、虎杖はそう思っている。
このように《呪術廻戦》は、なにが正しくなにがまちがっているのか、執拗に自問自答を繰り返していく。最後の強敵・宿儺との戦いにおいてもそうした問いがついてまわるが、しかし最終回においても、虎杖たちの苦悩への回答が提示されることはない。けれども、このような難問に明快な結論をくだすことはむずかしい。それに決着をつけなかったのは、逆に誠実さのあらわれとも言えよう。
むしろ答えがあったとすれば、最後の戦いの直前の、虎杖を呪術師に導いた教師・五条悟の死に認められるのではないか。五条は激戦むなしく宿儺に敗れ命を落とすが、死ぬ寸前に彼がイメージした光景はかつての仲間に囲まれたおだやかなもので、呪いを撒き散らすようなネガティブな死ではなかった。強大な力を持ちながら何人もの同胞をみすみす死なせ、あるいは友人同士で対立してしまったことで深い後悔の中にいた五条は、虎杖たちのような強く「正しい」生徒を何人も育成することができたこと、彼らは五条のような「まちがった」道を進みはしないだろうこと、みずからが倒れようとも生徒たちが宿儺を倒し、自分の意志を継いでくれることを確信し、満足して死んでいった。いわば五条は、虎杖らによって「正しい死」を迎えることができたとも言える。そして、正しく死んだということは、悔恨という「呪い」に囚われた五条の生も、結果的には「正しい生」だったとも考えられるだろう。
正しい生、正しい死。《呪術廻戦》が描く生とは、なにが間違っていて、なにが正しいのか突き詰めながら生きる、そういうものだ。そういったアプローチは、昨今の日本でのいくつかの選挙やアメリカ大統領選、また韓国の戒厳令騒ぎなど、デマや陰謀論にあふれた社会において、じつに誠実な、それこそ「正しい」態度だろう。
作中でのバトル描写においても同じことが言える。《呪術廻戦》での能力バトルは、かつて同じジャンプで『ドラゴンボール』(1984-95)が繰り広げたような、気合で勝敗が決まるようなものではなく、ひたすらロジカルで、細部まで矛盾がないように考え抜き、組み立てられている。これは《HUNTER×HUNTER》(1998-)以降の、昨今のマンガの特徴とも言えるもので、フェアかつ緻密な構成が、読者に深い読みをうながすようにできている。
こうした作品群、もちろんおもしろく読んでいるが、いっぽうで不自由さを感じないでもない。バトルにおいてもなににおいても、「正しくなくてはいけない」というような傾向からは一種の強迫観念、言い換えれば「呪い」がかかっているように思うからだ。
しかしそうした側面も含めて《呪術廻戦》は、きわめて現代的な作品だと言えるだろう。さきほど述べたような状況のもと、いまの社会は「正しく生きる」ことを強く求めてくる。このような状況下では、こういうことは言ってはいけないし、してはいけないと常に気を付けなければならず、しまいには、こういうことは考えてもいけないなどとなりかねない。
《呪術廻戦》は、そうした現代社会を「正しく」言い当てている。しかしこのすぐれた作品でも、そうした社会を突破するための脱出経路を提示することはできなかった。「まちがった死」を回避するためには「正しい生」をつかみ取っていくしかないが、ひとつまちがえれば「まちがった生」へと引きずり込まれてしまうし、努力して正しく生きても呪いは発動する、そのような社会はあまりに苦しすぎる。
絶大な人気のあった五条の死は一部で否定的な反応を引き起こしたが、これは幸福な最期だったのではないだろうか。自分はまちがっていなかった、これは正しい死だ。そう思いながら死んでいけるのは、いまの社会にとってひとつの「奇跡」ですらあるからだ。

 

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 《呪術廻戦》には「まちがった死」を「正しい死」へ是正しようという意思がある。いっぽうで楳図作品では、そうした意識は希薄だ。もちろん目の前に危機が差し迫っていれば抵抗するし、主人公も他者を助けようとするが、死に「正しさ」があるかどうかなどとは考えない。《神の左手悪魔の右手》の〈消えた消しゴム〉の主人公たちは、「人は死んだら正体をあらわす」という噂を検証するため、やさしかった先生を殺してしまう。楳図作品での死は、いいかげんで、でたらめで、いきあたりばったりなもので、いい人間だろうが悪い人間だろうが、簡単に命を落としていく。そのかわり、「奇跡は誰にでも一度おきる」。
あらためて《わたしは真悟》を読んでいて思い出したのは、ジョルジュ・バタイユの《呪われた部分 有用性の限界》だ。バタイユは、過剰な富を一部の資本家や投機家が独占し、それ以外の市民には行き渡らないような資本主義経済に疑問を覚え、「普遍経済学」というしくみを構想した。
バタイユは、古代アステカでの供犠を例に出す。人間社会に必要な富は太陽の恵みを出発点として形成されていくが、古代アステカでは若者を生贄にすることでその返礼とし、それにより共同体をまとめあげていった。いまからすれば残酷で不合理な儀式だが、このような無駄にも思える「蕩尽」、「浪費」が、一部に集中する過剰な富を開放する手段であり、格差によって息苦しくなるいっぽうの社会を突破する方法ということだ。
楳図が《森の兄妹》でデビューした1955年は、戦争で底を打った日本経済が回復のきざしを見せ、高度経済成長に突入したとされた年だ。恐怖マンガとしての代表作《へび少女》を発表した1966年前後には、日本はいざなぎ景気に沸いた。70年代には成長率が一時的に落ち込むが、1982年には回復に転じ、バブル景気に突入していく。1982年とは、《わたしは真悟》の連載が開始された年でもある。
もちろんこうした符合は楳図に限ったことではなく、同時代のマンガ家すべてにある程度適合するものだ。ここで言いたいのは、楳図が日本の経済成長とともにキャリアを積み上げた作家ということである。
ここであらためて楳図作品での死に注目したい。楳図はあらゆる登場人物、若者や子供にさえも、気まぐれで予測不可能な死を与えていく。そうした過剰な「死」が積み重なったはてに、《漂流教室》や《わたしは真悟》、《神の左手悪魔の右手》などでの「奇跡」が舞い降りる。
これは楳図なりの「蕩尽」ではあるまいか。古代アステカは若者を生贄としたが、人間というのは究極の「資本」でもある。そうすると死とは、最大の「蕩尽」なのだろう。楳図は古代アステカ社会と同じように子供を「生贄」として差し出し、その蕩尽への返答として、奇跡が与えられる。これこそ、日本経済の発展と共に作家として成長を遂げてきた、楳図らしい「恐怖マンガ」のかたちと言えないだろうか。
しかし、楳図の最後の長編となった《14歳》は、環境破壊というテーマが前面に出すぎていて、圧倒的な想像力によって駆動していった《わたしは真悟》や《神の左手悪魔の右手》と比べ、やや予定調和にも感じられる。環境破壊というのは、バタイユが富の源泉とした太陽のエネルギーの恩恵を最大限に受けている自然を食いつぶすという資本主義経済のネガティブな側面でもあって、環境への配慮はどうしても経済発展との衝突を伴う。すべてを蕩尽するというスタイルで作品を積み上げてきた楳図にとって、環境問題は本質的に相性が合わなかったのではないか。なお《14歳》の連載開始はバブルが崩壊した1990年、最終回を迎え、楳図が引退を表明したのは、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた1995年のことだった。

 

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《お引越し》を手がけた相米慎二は、1972年に助監督として日活撮影所に入所した。映画の黄金期を担った、いわゆるスタジオシステムを経験している監督のひとりだ。相米と同時期に撮影所で研鑽を積んだ監督たちは、黒澤や小津、溝口に連なる日本映画史の最後の継承者とも言え、それよりあとの世代とは断絶がある。
黒澤たちの名作群は、大きな予算やスタジオシステムの中で培われていった技術者など、膨大な「蕩尽」の結果生み出されたものだ。瞠目すべき長回しで知られる相米の作品もその系譜にあり、《お引越し》で起きる「奇跡」もまた、そうした「富」に支えられている。
奇跡はだれにでも一度おきる。《わたしは真悟》の連載時、あるいは《お引越し》公開時は、そうしたことにも共感できたかもしれない。しかしいまはどうだろう。「ワンチャンある」という考えは、SNSでのうさんくさい自己啓発の誘いや、「闇バイト」などに結びつく剣呑なものばかりだ。おおよその人々は、毎日の労働が延々と続くのが現実で、奇跡など信じるだけ損と考えるだろう。
《お引越し》でもっとも心打たれるのは、レンコが奇跡によって子供であることを諦める点だ。レンコは成長をポジティブにとらえていない。しかしいつまでも子供のままでい続けることはできない。それならばせめてみずからの子供時代を葬送したい、そうした思いが奇跡的な結末を呼び込んでいる。
《わたしは真悟》や《お引越し》のような作品をもう一度体験したいと思っても、こうした「富」に裏打ちされた作品はもう出てこないだろう。それはマンガや映画に限らない。「蕩尽」が許される社会が戻ってくることは――こと日本においては――遠い未来まであるまい。それであれば、こうした作品と同時代を生きることができたのは運がよかっただけと思い、そうした拘泥は葬送すべきなのだ。《お引越し》はいまでもそうした示唆を与えてくれるし、《わたしは真悟》もまた、奇跡のような作品と出会ったことへの執着を静かに忘れることをそっと教えてくれる。そして蕩尽と奇跡の作家だった楳図かずおには、これからの社会はそぐわなかったのかもしれないなどと思うのだ。

(2024/12/15)

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noirse
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