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C×C 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.6 酒井健治×クロード・ドビュッシー|齋藤俊夫

C×C 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.6 酒井健治×クロード・ドビュッシー
Composer’s Journey Vol.6 SAKAI Kenji x Claude Debussy

2024年5月11日 神奈川県民ホール 小ホール
2024/5/11 Kanagawa Kenmin Hall, Small Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 平舘平/写真提供:神奈川県民ホール

<演奏>        →foreign language
指揮:森脇涼、フルート:上野由恵、オーボエ:金子亜未、クラリネット:金子平
ファゴット:長哲也、ホルン:福川伸陽、ハープ:福井麻衣、ピアノ:三浦友理枝
ピアノ:田中翔一郎、ヴァイオリン:尾池亜美、ヴァイオリン:須山暢大
ヴィオラ:三国レイチェル由依、チェロ:山澤慧、コントラバス:長坂美玖
<曲目>
クロード・ドビュッシー:『牧神の午後への前奏曲』(1894/2014/P.フラディアーニ編曲版・日本初演)
  Con, Fl, Ob, Cl, Hr, Hp, 2Vns, Va, Vc, Cb
ドビュッシー:『ピアノのための12の練習曲より』(1915)
第10番「対比的な響きのための」、第6番「8本の指のための」、第11番「組み合わされたアルペジオのための」
  Pf(三浦)
酒井健治:『青のリトルネッロ』(2018)
  Fl, Ob, Cl
酒井:『青と白で』(2022/神奈川県民ホール委嘱作品・初演)
「I 夜明け前」「II 天国への道」「III 青と白で」
  Con, Fl, Ob, Cl, Fg, Hr, Pf(三浦)
ドビュッシー:『白と黒で』(1915)
  2Pf(三浦、田中)
酒井:『ピアノのための練習曲集より』(2011~)
1.グルーヴ、2.エコーズ、3.Scanning Beethoven、4.ハーモニー、5.無限の階段、6.Sonner for Lekt & Sowat、7.夕べの調べの様に、8.トッカータ、9.死の舞踏
  Pf(田中)
酒井:『ジークフリートのための3つのスケッチ』(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)
I. ジークフリートの幻影(2023)、II. 海の記憶(2024)、III, 海辺のジークフリート(2024)
  Con, Fl, Ob, Cl, Fg, Hr, Hp, Pf(田中)、2Vns, Va, Vc, Cb

 

現代音楽シーンを追いかけていて何が良いかと言うと、「自分も他の皆も若く感じられる」ということがある。いい年をしているはずの筆者も、結構な年齢になっている諸先輩方も、大作曲家の方々も、皆日本的な年功序列からはみ出たアジールとしての現代音楽シーンで喧々囂々侃々諤々を繰り広げられる、これが楽しくなくて何が楽しいと言えようか。
そんなアジールだが、また別に「若い才能が追いかけてくる」という楽しみもある。いつの間にか旧態依然としてしまった自分の感性を覆す若さに出会う、それが平和裏な出会いとなるか、旧と新とでガツンガツンとぶつかり合う事態に陥るかはわからねど、刺激的であることには変わりがない。この運動が歴史を作るのだ。

今回の演奏会で聴き取り感じ取ったのは作曲家・酒井健治の若さと演奏家陣の若さであった。

まずドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』、言わずと知れた歴史上伝説級の作品である。だが、今回聴こえたのは横へ横へ、水平方向へ、と茫洋に音が流れ広がっていく『牧神』ではなく、一音一音がパキッと明晰な『牧神』であった。どことなく角張った印象もないではないが、『牧神』でこんな音楽世界が広がるのか、と森脇涼指揮の若手アンサンブル陣に感嘆した。
続く『ピアノのための12の練習曲より』もまた新鮮。無調作品の譜面を腑分けしたかのような冷たい音楽が広がる。超絶技巧でもホットにならないその音は、言ってみれば命なき幽霊のごとき精神体の手がこちらの肌に触れてくるかのよう。ピアノの三浦友理枝恐るべし。

酒井健治『青のリトルネッロ』、木管楽器3人が「ピポピポッ」と上行し、そのままロングトーンで3人たゆたう。ホモフォニーでもポリフォニーでもおそらくヘテロフォニーでもなく、音が絡まり合いながら流れていく。ドビュッシー的な可愛らしい明朗な駆け引きを3人が繰り広げるのも楽しい。高音の重音が「キー!」と叫んだかと思ったら「ヘロヘロヘ」と皆で下行していくまで、あくまでユーモラスに朗らかに演奏者も音楽を楽しみ、我々聴衆も音楽を楽しませてもらった。
同じく酒井『青と白で』、第1楽章、アンサンブルが神妙な面持ちで下行音型の反復を繰り返すなかで少しずつクレッシェンドして行き、頂点でグワッと音が花開く。しかしまた序盤の神妙な風貌へと帰り、不意に音の流れが断たれる。
第2楽章、ピアノがアルペジオを反復する中、全員で加速・クレッシェンドして不意に音が消え去る。ピアノが低音域でゴリゴリと進む上方で管楽器が踊り、やがてロングトーンでそれぞれの音が不可思議に絡まり合い終曲。
第3楽章、全楽器アルペジオで始まり、愉快?不可解?な鳥の群れのごとき音の呼び交わしが繰り広げられる。そこからいつの間にか低音域で「グオオオオオ」「ボオオオオオ」と不協和音が轟き、最後は「タ・タ・タ・タン」と下行型のオチがついてなんとか無事(?)に了。
どの楽曲も非凡ながら、ドビュッシーの室内楽作品に一貫して存在する「遊び心」に通じる融通無礙な面持ちに非常な好感を持った。

ドビュッシー『白と黒で』第1曲、白と黒と言うには色彩豊かで華やかな雰囲気。ピアノ2台生演奏ならではの豪奢な響きに身を委ねる。
第2曲、お、これは白と黒の印象。黒色の夜空に白い星の光がチラつく。しかしやがて白光が差し込んできて、最後には強靭な鋼鉄の弦の響きが鳴り響く。
第3曲、これもまた白と黒の印象。無窮動的な音楽を統御するドビュッシーの和声がなんとも言えぬ黒の深み――ルドンの絵画を思わせる――を醸し出す。白と黒が混じって灰色になることなく、白は白、黒は黒のままに美しく昇華されていって了。
三浦友理枝と田中翔一郎のドビュッシーの和声を分析する能力、またそれを実際に再現する能力の高さを思い知らされた。これも若さだ。

酒井健治『ピアノのための練習曲集より』、1.「グルーヴ」ドビュッシーが初期ライヒと出会ったよう。2.「エコーズ」最高音域と最低音域での「ガン!」という打撃のあとに「キューッ」とロングトーンが延ばされる、のが反復して、そこにアルペジオ(酒井のアルペジオの配置の的確さには毎回舌を巻く)も混じって有無を言わせぬ迫力。「3.Scanning Beethoven」高音のピアニッシモから高速で派手に広がり華やぐがディミヌエンドして静寂に消えゆく。「4.ハーモニー」イントロから力強く、雄々しく、持続的に反復される1音の周りで大胆に音の群れが踊る。「5.無限の階段」これまた大胆に雄大な音が階段を駆け上ってあっという間に了。「6。Sonner for Lek&Sowat」これまた派手に攻めてくる。こんな現代音楽も有り、有りである。「7.夕べの調べの様に」夜の静寂。そこに光が暴力的に差し込む。しかし夜に呑まれる。しかし最後は光がスパーク!「8.トッカータ」超高速アルペジオ、やるじゃないか、田中翔一郎!「9.死の舞踏」超絶技巧の中に死の舞踏のモチーフがしっかり入っているが酒井の個性のほうが勝っている。現代音楽でここまで遊べるのか、と感嘆。
酒井『ジークフリートのための3つのスケッチ』第1楽章「ジークフリートの幻影」、「キャン!」というアンサンブルの打撃音とメロディーパイプによる「フォー」というロングトーンが交互に現れ、そこからワーグナー風のオーケストレーションと和声で盛り上がり、ワーグナー的きらびやかな光をまとって了。第2楽章「海の記憶」、ハープに導かれてドビュッシー『海』の引用が。そこにまぶされきらめく音の群れに酒井の個性が光る。第3楽章「海辺のジークフリート」、『海』の引用で始まり、あちこちでワーグナーも顔を出す。だがワーグナーのある種真っ直ぐな音楽とドビュッシーの奇矯な音楽をぶつけるとドビュッシーの方が目立ってくる……いや、ここにこそ酒井の音楽が生まれてきているのでは?最後まで新鮮な響きを保ち、その輝きの頂点で了。

キラキラしていた。酒井も若手演奏家も皆がキラキラしていた。こんなに現代音楽が光ることがあるのかとその眩しさに当てられたようにして見た会場の聴衆の顔もまたキラキラしていた。なんとも幸せな現代音楽演奏会であった。

(2024/6/15)

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<Players>
Conductor: MORIWAKI Ryo, Flute: UENO Yoshie, Oboe: KANEKO Ami
Clarinet: KANEKO Taira, Fagott: CHO Tetsuya, Horn: FUKUKAWA Nobuaki
Harp: FUKUI Mai, Piano: MIURA Yurie, Piano: TANAKA Shoichiro, Violin OIKE Ami
Violin: SUYAMA Nobuhiro, Viola, MIKUNI Rachel Yui, Cello YAMAZAWA Kei
Contrabass: NAGASAWA Miku

<Pieces>
Cluade Debussy: “Prélude à l’après-midi d’un faune”(1894/2014/Paolo Fradiani arrangement version, Japan premiere)
  Con, Fl, Ob, Cl, Hr, Hp, 2Vns, Va, Vc, Cb
Debussy: From”12 Études pour Piano”(1915)
No.10″Pour les sonorités opposées”, No.6″Pour les huit doigts”, No.11″Pour les arpèges composés”
  Pf(MIURA)
SAKAI Kenji: “Ritornello in Blue”(2018)
  Fl, Ob, Cl
SAKAI: “En bleu et blanc” (2022/commissioned by Kanagawa Kenmin Hall, premiere)
1.Avant l’aube, 2. Lechemin vers le paradis, 3. En bleu et blanc
  Con, Fl, Ob, Cl, Fg, Hr, Pf(MIURA)
Debussy: “En blanc et noir”(1915)
  2Pf(MIURA、TANAKA)
SAKAI: From “Etudes pour Piano”(2011~)
1. Groove, 2.Ecoes, 3.Scanning Beethoven, 4.Harmonies, 5.Ifinie stairs,
6.Sonner for Lek & Sowat, 7.Comme l’harmonie du soir, 8.Toccata, 9.Dance macabre
  Pf(TANAKA)
SAKAI: “Trois esquisses pour Siegfried”(2023/2024)(commissioned by Kanagawa Kenmin Hall, premiere)
1.Siegfried Hallucination(2023), 2. Memories of the Sea(2024), 3.Siegfried on the Beach(2024)
  Con, Fl, Ob, Cl, Fg, Hr, Hp, Pf(TANAKA)、2Vns, Va, Vc, Cb