2月 短評|丘山万里子
東京芸術劇場「VS」シリーズVol.8 「亀井聖矢 × イム・ユンチャン」
2024年2月1日 東京芸術劇場
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
この客席の華やぎは…圧倒的に若い子らで満杯。
そりゃそうだ、今をときめく新進「亀井聖矢 × イム・ユンチャン」の2台ピアノ対決。
東京芸術劇場の「VS」シリーズVol.8に登場の二人は2022年6月ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール史上最年少(18歳)優勝のユンチャンと、その5ヶ月後、ロン・ティボー国際音楽コンクールで優勝の亀井が顔を揃えての大一番なのである。亀井はユンチャンより3歳年上、おまけにホームグラウンドであるからと兄貴分的に振る舞い、会場を沸かせる。いかんせんソロで一人出てきても、2台ピアノで二人出てきてもヘアスタイルから細身の体躯まで似ており、どっちがどっちかわからないほど。ネクタイの色で見分けてください、とは亀井の弁。
筆者が大いに楽しんだのは、当夜の最後を飾ったサン=サーンス/組曲『動物の謝肉祭』(2台ピアノ版)。ラフマニノフからの曲目変更だったが、これが大当たり。
けたたましいトレモロからの「序奏とライオンの行進」、堂々たる勇姿も何やらコミカル、ぐうおーんとの唸りもインパクトあり。二人で弾くって楽しい感満帆で、こちらも笑顔に。「めんどりおんどり」でのタッチと色彩、ラスト追い上げでは筆者、若冲『群鶏図』を思い浮かべ、そう言えばこの組曲、彼の『動植綵絵』と似ているかも、などと悦にいる。アルペッジョの超高速「らば」ともったり超低速『天国と地獄』(オッフェンバック)の「亀」はボケとツッコミ。幕間、亀井がMCで言っていた「楽しんで!」の「象」のもっさり重量感と「カンガルー」のぴょんぴょん跳躍。いずれも対比が楽しい。趣向変わって「水族館」は色彩豊かな幻想美の万華鏡。昨今流行りのカラフルファンタジック金魚アートを見るかのよう。以下、適宜に。柔らかな和音の上に降りかかるカッコウの鳴き声「森の中で鳴くカッコウ」に癒され、これも亀井が「ユンチャンはどうやっても上手く弾いちゃう」と笑った「ピアニスト」ではドレドレと顔を見合わせ、「化石」のもろもろ引用に、笑っちゃうよね的ノリの二人。キラキラキラ(星)に客席もククッと反応するわけだ。一転、お待たせ『白鳥』のたっぷり抒情には、青春真っ只中、甘く切なく夢見るお年頃だよね…みんなうっとり。「フィナーレ」に出揃った動物たちと共に二人華麗なピアニズムで鍵盤上を暴れ回り、フレンチカンカンさながらに踊りまくっての大花火。客席も大沸騰であった。
兄貴分亀井のヤンチャを受け、沈着冷静と懐の深さを見せた弟分ユンチャン。
動と静、互いの個性の相乗がスピード感あるスリル満点の2台pf世界を創出したステージであった。2台ピアノは他に『ラ・ヴァルス』と『スカラムーシュ』。
その若さ、率直さ、大胆さがもたらす愉悦、幸福感。
よきかな。
ソロでの二人は。
亀井はショパン『モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のアリア「お手をどうぞ」の主題による変奏曲』。煌めく技巧の奔流で喝采を浴びる。
ユンチャンはショパンのエチュードから《エチュード・セレクション》。切々たる歌と抒情の一方で、時に激越を見せ、内面の奥行きの深さをも感取させた。
亀井独特の音の振付師的パフォーマンスが気になる中高年層(筆者もそちらに属するが)もあろうが、自分にとって自然であることが一番大事だ。
亀井もユンチャンも、今はただ大きく羽を広げ、高空を自由にのびのび飛翔して欲しいと思う。
(2024/3/15)
<演奏>
Pf:亀井聖矢 、イム・ユンチャン
<曲目>
◆ショパン/モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のアリア「お手をどうぞ」の主題による変奏曲変ロ長調 Op.2 [ソロ:亀井]
◆ショパン/エチュード・セレクション [ソロ:ユンチャン]
3つの新しいエチュード より 第1番 ヘ短調
12のエチュード Op.25 より 第1番 変イ長調「エオリアンハープ」、
第5番 ホ短調、第6番 嬰ト短調
12のエチュード Op.10 より 第10番 変イ長調、第9番 ヘ短調
12のエチュード Op.25 より 第11番 イ短調「木枯らし」
◆ラヴェル/ラ・ヴァルス*
◆ミヨー/スカラムーシュOp.165b*
◆サン=サーンス/組曲『動物の謝肉祭』(2台ピアノ版)*
*2台ピアノ
(アンコール)
チャイコフスキー/花のワルツ*