ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2023│藤原聡
ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2023
トゥガン・ソヒエフ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
2023年11月15日 横浜みなとみらいホール 大ホール
2023/11/15 Yokohama Minatomirai Hall Main Hall
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)
<プログラム> →foreign language
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品22
(ソリストアンコール)
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988〜第13変奏
ドヴォルジャーク:交響曲第8番 ト長調 作品88(B163)
(オーケストラアンコール)
J.シュトラウス2世:ワルツ『芸術家の生活』 作品316
J.シュトラウス2世:ポルカ・シュネル『雷鳴と稲妻』 作品324
<演奏>
指揮:トゥガン・ソヒエフ
ピアノ:ラン・ラン(サン=サーンス)
この度2年ぶりに来日したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下慣例に従いVPOと略)であるが、指揮者として当初予定されていたウェルザー=メストが病気療養のためにキャンセルとなり、代役としてトゥガン・ソヒエフが指揮台に立った。既に両者の共演歴があるのは知っていたが、現段階でそこまで親密な関係性があるわけでもなかろう。まあ事情はどうあれ、オケから色彩感豊かかつ細やかなニュアンスを引き出す技に長けたソヒエフとVPOの相性が悪いとは思えず、思わぬ組み合わせを日本にいながら聴くことができるのは、ウェルザー=メストには失礼ながら思わぬ僥倖とは言える―そのような想いを抱きながら当日横浜みなとみらいホールに赴いた。
とは言え、1曲目のサン=サーンスはあくまで主役はピアノ、という書き方がされておりオケの聴かせどころは余りない。ラン・ランはこのような技巧それ自体の妙味で勝負するような作品には抜群の冴えを発揮するが、この日も例外ではない。軽妙なリズムの冴え(第2楽章におけるその強調の効果!)、タッチの軽やかさと粒立ちは本作のヴィルトゥオジティ的側面をいやが上にも際立たせている。サン=サーンス的な洒脱さや一見自由に書かれているように見えながら緻密に構成されているこの曲の姿を感知させるような演奏ではなく、あくまでラン・ランの個性が前面に出ている演奏であったにせよ、演奏水準という点で抜きん出ていたことは間違いない。ソヒエフとVPOはそんなラン・ランに非常に上手く合わせていたが、まあこのコンビなら当然の水準の仕事であったろう(その位の感興しかない)。むしろ意外だったのがラン・ランがアンコールで演奏したゴルトベルク変奏曲の第13変奏である。それ以前のこのピアニストからはほとんど聴かれなかったような情感の豊かさや深みがあり、筆者としてはむしろこちらに感銘を受けた次第だ。
サン=サーンスで薄々感じていたVPOの音色の変化は後半のドヴォルジャーク冒頭からより明確に印象付けられる。明晰だがやや硬質かつクールなみなとみらいホールの音響によるところはあるかも知れぬが、豊かで温かみと膨らみのあるウィーンの弦という音は後退して明らかにより直截な音に変わっていた。管楽器群は昔ながらのVPOの音はまだ残っており、特に倍音成分をふんだんに含む決して刺激的にならないトランペットとまろやかなホルン、トロンボーンの音にはそれが顕著。しかしオーボエは外観は以前のウィンナオーボエながらあの鄙びた「チャルメラトーン」はかなり失せており、VPOと言えども全体としてのインターナショナル化は抗えないのだろう。
それはそれとして、ソヒエフの指揮は誠に卓越したものだった。第1楽章冒頭や第2楽章の緩徐な箇所ではゆったりしたテンポの中で明晰な拍節感と意識的なフレージングを使い分けて非常に細やかな表現を演出(あくまでこのVPO公演のみの視覚的印象では、N響やトゥールーズ・キャピトル管を指揮した際のソヒエフよりも随分細かく指示をしていた)、非常に新鮮な表情を作り出す。単純なダイナミズムに頼らないセンシティヴな音楽作りはまさにソヒエフの面目躍如だろう。また、この辺りは今のVPOの良さでもあるが、指揮者の指示に極めて真摯かつ柔軟に対応する。頑迷に自分たちのやり方を通そうとする昔の同オケとは別物だ(この辺りの逸話は山ほどあるが、例えばヴァントがVPOに客演した際に例の如く細かいリハを付けていたところ、コンマスのボスコフスキーは言い放つ、「我々はそんな重箱の隅をつつくようなリハを好まない」)。
また、第3楽章のエレガントな表現や終楽章の変奏曲における連続性を保ちながらも重層的に変化を付けて行く辺りの表現=構成力は全く巧みの一語であり、ここに来てソヒエフとVPOの相性はやはり相当に良いと確信した次第だ。いくら音が変化したとは言えVPOの実力はさすがであり、トゥッティのしなやかかつ適度な重量感のある響きや弦楽器群の統一性は変わらぬ美質であろう。
VPO来日公演におけるお約束ではあるが、シュトラウス・ファミリーの作品からのアンコール、『芸術家の生活』と『雷鳴と稲妻』が披露された。ソヒエフが非常にきっちりと指揮していたこともあろうが、前者はリズム的な遊び、ある種のファジーさといった要素は後退しかなり楷書的な演奏になっており、後者における快速なテンポは一瞬かのカルロス・クライバーを想起させつつも、あの即興的かつ陶酔的な愉悦感よりも全体をしっとりと融合させた大人の「非-爆演」に。しかし繰り返しにはなるがアンコールでのような曲においても甘美さや立ち昇る香気といったものは減退している。技術的には昔のVPOよりも安定感は増しさらに機能的になっているのは明白だが、この名門が「普通に上手いオーケストラ」になっても悲しい。総体としては音楽的にまぎれもなく充実した名演が展開されたコンサートながらもその点において一抹の寂しさがよぎったのであった(おっさんのノスタルジーと言われれば否定はしない)。
(2023/12/15)
〈Program〉
Saint-Saëns:Piano Concerto No.2 in G Minor,Op.22
(Soloist encore)
J.S.Bach:Goldberg Variations BWV988〜13th variation
Dvořák:Symphony No.8 in G Major,Op.88(B163)
(Orchestral encore)
J.Strauss Ⅱ:“Künstlerleben”,Op.316
J.Strauss Ⅱ:“Unter Donner und Blitz”,Op.324
〈Player〉
Wiener Philharmoniker
Conductor:Tugan Sokhiev
Piano:Lang Lang