Poesia Amorosa イタリアの詩人と17世紀の音楽|大河内文恵
Ensemble Principi Venetianiプロデュース Poesia Amorosa イタリアの詩人と17世紀の音楽
Poesia Amorosa Italian, Poets and 17th century music produced by Ensemble Principi Venetiani
2023年6月30日 豊洲センターシビックホール
2023/6/30 Toyosu Centre civic hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 齋藤芳弘(superstudio)
<出演> →foreign language
高橋美千子(ソプラノ)
上野訓子(コルネット)
頼田麗(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
佐藤亜紀子(テオルボ)
<曲目>
《ペトラルカの世界》
ラウラのシンフォニア
S. ディンディア:散りばめられし詩韻の音
S. ロッシ:ルッジェーロ主題によるソナタ
J. ペーリ:天空のいずれにて
L. マレンツィオ:若い天使が(ディミニューションby Kuniko Ueno)
G. カッチーニ:ひがな一日うち泣きて
C. デ・ローレ:ひがな一日うち泣きて(ディミニューションby Kuniko Ueno)
M. ダ・ガリアーノ:美しき乙女よ
~休憩~
M. ペゼンティ:クロリンダのヴォルタ
S. ディンディア:友よ、あなたの勝利です 詩:T. タッソ
G. カッチーニ:麗しいアマリッリ 詩:G.B.グアリーニ
C. モンテヴェルディ:西風が戻り 詩:O. リヌッチーニ
G. カプスベルガー:パッサカリア
C. モンテヴェルディ:ニンファの嘆き 詩:O. リヌッチーニ
~アンコール~
G. カッチーニ:天にはそれほどの光もない
こんな鬼プログラム、いったい誰が考えたのだろうと前半の最後に思った。関西を中心に活躍するプリンチピ・ヴェネツィアーニ(上野・頼田)がたまひび(高橋・佐藤)を迎えて6月23日に京都でおこなった公演が1週間後に東京でおこなわれた。聴き手にとっては、関西と関東の両方での公演はありがたい。
日本にコルネット奏者が少ないことも一因だろうが、この編成は今まで聞いたことのなかったもの。以前の公演(スクランブル古楽)で高橋の声がフラウト・トラヴェルソと相性が良いと書いたが、コルネットと高橋の声の相性も抜群。というよりも、上野のコルネットの雄弁さに驚かされた。
ソプラノ、コルネット、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テオルボという組み合わせで「イタリアの詩人と17世紀の音楽」というタイトルの演奏会、事前にチラシで提示されていたいくつかの歌の曲名を見たならば、17世紀の独唱曲が並び、そこにテオルボとヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏がつき、時々コルネットが入る編成なのだろうと誰もが想像するだろう。プログラムを開いて、器楽のみの曲がいくつか入っているのを見て「そりゃ、ずっと歌ってたら疲れちゃうから器楽だけの曲入れるよね」としか思わなかったのは浅薄だった。
シンフォニアからロッシのソナタまでは一続きで演奏され、ここでようやく拍手が入ってさぁペーリの曲。と思ったら、上野がこの曲の日本語訳を第1節まで朗読し、そのまま曲に入っていく。次のマレンツィオの曲は高橋の朗読から始まった。朗読から歌に移行するのかと思ったら、ソリストはコルネットで高橋は歌わない。ディミニューションを交えながら進んでいくコルネットは、ただ歌唱声部を楽器でなぞったのではなく、「歌っている」のだ。
声楽曲を楽器で演奏して「インストゥルメンタル」と称することがポピュラー系の音楽でよくおこなわれるが、それをもっと高いレベルで実現したものといえば伝わるだろうか。朗読を入れながら演奏するスタイルに既視感があると思ったら、バレ・ド・クールだ。詩の朗唱に歌に器楽に踊りに芝居と盛りだくさんな、フランス・バロック・オペラの前段階ともいえる世界。それを彷彿とさせる。
続くカッチーニの前奏ではテオルボの最弱音が沁みる。上野の朗読、高橋の歌が続き、3連目で盛り上がったあと、4連目は聞こえるか聞こえないかのギリギリまで音量を絞った高橋の声。いい意味で鳥肌が立った。
前半最後のダ・ガリアーノで初めて4人が揃った。歌の伴奏にソロ楽器が入るのではなく、歌とコルネットの二重唱になっている。まぎれもなく二重唱だ。3度でハモった時の美しさは声と楽器の組み合わせであることを忘れさせる。歌のソロと楽器のソロを交互に聞いてきて、ここでこんな世界が待っているとは誰が予想できようか。すごいことを考えたものだ。
それなのに、ああそれなのに、驚くのはまだ早かったのだ。カッチーニのアマリッリはこの時代の作品に馴染みがない人にもよく知られている。それを歌ではなく、上野のコルネットで聴かせる。歌詞がないのに歌詞が聴こえるかのような演奏。ディミニューションが盛りだくさんに入っているのも嬉しい。いいものを聴いた。と思った瞬間、同じ曲を今度は高橋が歌う。いろいろな人の歌で何度も聞いたことのある曲、甘い歌詞と麗しい旋律はそのままに高橋は狂おしいまでの激情と畏れを込めてみせた。こんなアマリッリ、聴いたことがない。こんな歌だったのか!
モンテヴェルディの《西風が戻り》はお馴染みの低音で始まる。これは高橋とコルネットの二重唱。2人の掛け合いを楽しみながら聞いていると、3連で二重唱になったところで、冒頭の低音が戻ってくると同時に甘い調べから苦痛へと転じ、嘆きに変わる。あの低音は曲を盛り上げるものではなく、天国から地獄へのフラグだったのかと茫然とした。
後半にもところどころに朗読が入り、後半最初の器楽曲の躍動感やカプスベルガーのパッサカリアなど器楽だけの曲も聴かせる。そして最後の《ニンファの嘆き》では高橋が得意とする少し低めに取った音程の魅力が炸裂する。ここでも高橋の声とコルネットの相性は抜群。最後の1連は器楽だけでしめた。この公演の主役は歌手ではなく、タブル・ソロなのだと言わんばかりに。
こんな鬼プログラム、いったい誰が考えたのだろう。
(2023/7/15)
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<performers>
Michiko TAKAHASHI soprano
Kuniko UENO cornetto
Rei YORITA viola da gamba
Akiko SATO theolbo
<program>
Sinfonia de Laura
S. D’India: Voi ch’ascoltate in rime sparse il suono
S. Rossi: Sonata sopra l’Arie di Ruggiero
J. Peri: In qual parte del Ciel
L. Marenzio: Nova angeletta
G. Caccini: Tutto’l di piango
C. de Rore: Tutto’l di piango
M. da Gagliano: Vergine bella
–pause–
M. Pesenti: Volta detta la Clorinda
S. D’India: Amico hai vinto
G. Caccini: Amarilli mia bella
C. Monteverdi: Zefiro torna
G. Kapsberger: Passacaglia
C. Monteverdi: Lamento della Ninfa
–encore—
G. Caccini: Non ha ‘l ciel cotanti lumi