Salicus Kammerchor第8回定期演奏会 シュッツよ、君の名が死者を死から解き放つ|大河内文恵
Salicus Kammerchor第8回定期演奏会
ハインリヒ・シュッツの音楽 vol.3 シュッツよ、君の名が死者を死から解き放つ
Salicus Kammerchor 8th Regular Concert
2023年5月16日 J:COM浦安音楽ホール コンサートホール
2023/5/16 J:COM Urayasu music hall concert hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 大塚暁人
<出演> →foreign language
指揮:櫻井元希
Salicus Kammerchor:
ソプラノ:金成佳枝/徳田裕佳/中須美喜
アルト:相澤紀恵/上村誠一/富本泰成
テノール:金沢青児/佐藤拓/渡辺研一郎
バス:小藤洋平/鳳城昊/松井永太郎
ヴィオローネ:角谷朋紀
オルガン:新妻由加
<曲目>
グレゴリオ聖歌 交唱「主に喜び踊りますように」
ジョスカン・デ・プレ:神よ憐みたまえ
グレゴリオ聖歌 入祭唱「永遠の憩いを」
ヒエロニムス・フィンダース:おお、避けられぬ死よ
グレゴリオ聖歌 死の嘆きが私を取り囲み
ジャン・リシャフォール:死者のためのミサ曲より入祭唱
ハインリヒ・シュッツ:主よ、今下僕を去らせてください SWV 432-33
:これは確かに真実であり SWV 277
~休憩~
ハインリヒ・シュッツ:
私の行いを神に委ねます SWV 94
音楽による葬儀 SWV 279-281
昨年2022年はシュッツの没後350年にあたる。サリクス・カンマーコアは2020年から「ハインリヒ・シュッツの音楽」シリーズを続けており、今回が3回目になる。サリクスのサイト上には、今回のプログラムについて「サリクスのお家芸とも言える『葬儀・追悼式』にまつわる選曲」と記されている。
コロナ禍による緊急事態宣言が発せられていた時期、オンラインでのコンサートをいち早く立ち上げた団体の一つでもあるサリクス・カンマーコア。メルキュール・デザール誌上で過去2回取り上げたのはいずれも配信での視聴だった。ちょうど1年前、「次は会場で」と書いたのがようやく実現した。
前回同様、プログラミングの精度の高さはさすがである。前半はグレゴリオ聖歌と15世紀後半~16世紀前半に活躍した作曲家によるものが続く。中世のにおいを感じさせるルネサンス音楽が続いた後に、シュッツの音楽が始まると、おおっバロック!おおっ、ドイツ!と衝撃が走る。オルガンとヴィオローネが加わったこともあるのだが、それ以上にまったく様式が違う音楽であることが肌感覚で感じられた。
それまでになかった和声的なるものの存在と、殊更に強調してはいないけれど耳に残る子音の響き、そして音楽のヴォリューム感といったものが一体となってそう感じさせるのだろう。そして前半最後の「これは確かに真実であり」SWV277の最後のamenでほっと一区切りといった落ち着きをもって休憩に入る。
後半に入ると、雰囲気ががらりと変わる。それまでは音楽を聞いているという感覚、あるいは音楽の響きの中に身を浸している感覚だったが、いま目の前で始まっているのは群集劇? ちょっと待って。いきなり音楽から演劇にジャンル変わった?と頭の中は大混乱。たしかに彼らは歌っているだけで、実際に演劇をしているわけではないのだが、歌われている歌詞の一つ一つが台詞のように心に飛び込んでくる。
ちょうど中頃に「死は賛美であってわたしを傷つけるものではない」という歌詞があるように、全体としては死を恐れずそれに対峙する歌詞が続くのだが、音楽は悲痛であり、その落差がかえって胸を打つ。この作品はハインリヒの妻マグダレーナの姉妹の死に際して作曲されたもので、そのわずか3週間後に妻マグダレーナも亡くなってしまったという。死は悲しいものではないと自分に言い聞かせながらも、心の奥底にうごめく心情が滲みだしているように感じた。
最後は「音楽による葬儀」SWV279-281。サリクス劇場はさらに続く。サリクスという団体名はグレゴリオ聖歌の記譜法であるネウマの1つで、装飾を伴うとされる上昇のネウマの名前から取られたという(サリクス・カンマーコアのプロフィールより)。五線に書かれた音符の羅列を読み取って音の高さに置き換えていくのではなく、ネウマから読み取れることを大事にしていこうとする姿勢をここから読み取ることができ、さらに現在は「いわゆる古楽的アプローチに甘んじることなく、むしろそれに対し常に疑問を投げかけながら、音楽の核心に迫る為に様々な角度からアプローチを試み」ているという。
独唱・重唱・合唱と編成がめまぐるしく変わるだけでなく、ルネサンスを思わせるような音遣いがあったり、バロック的なゼクエンツが出てきたり、コラールの部分があったりとテクスチャーも短い間隔で変わっていくのが、(こういう表現が葬送の音楽には相応しくないと知りつつ使うが)小気味よい。第2部の二重合唱は12人で歌っているとは思えない迫力があり、3部開始前の調律の時間に一部のメンバーが移動して上から降ってきた声が救いをもたらした。
この作品ではdisとesが異名同音ではなく別の音として扱われるため、途中でオルガンの音律が変更された。曲が始まる前に少し下げ、第2部と第3部の間で元に戻された。その音律の変更にも、なにごともなかったかのように当たり前の顔をして歌っている彼らに、その時は全く気にしていなかったのだが、コンサートが終わってから、「あれってすごいことだったのでは?」と気づいて空恐ろしくなった。
来年5月には次の定期演奏会が待っている。彼らの進化をまた聴きたいと思う。
(2023/6/15)
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<performers>
conductor: Genki SAKURAI
Soprano: Yoshie KANENARI, Yuka TOKUDA, Miki NAKASU
Alto: Kie AIZAWA, Seiichi KAMIMURA, Yasunari TOMIMOTO
Tenor: Seiji KANAZAWA, Taku SATO, Kenichiro WATANABE
Bass: Yohei KOTO, Sora HOJO, Eitaro MATSUI
Violone: Tomoki KAKUTANI
Organ: Yuka NIITSUMA
<program>
Gregorian chant Antiphona: Exsultabunt Domino
Josquin des Prez: Miserere mei, Deus
Gregorian chant Introitus: Requiem aeternam
Hyeronimus Vinders: O mors inevitabilis
Gregorian chant: Circumdederunt me gemitus mortis
Jean Richafort: Missa pro defunctis ーIntroitus
Heinrich Schütz: Herr, nun lässest du deinen Diener SWV432-33
Das ist je gewisslich wahr SWV 277
–intermission–
H. Schütz: Ich hab mein Sach Gott heimgestellt SWV 94
Musikalische Exequien op. 7 SWV 279-281