ノトス・カルテット~シェーンベルク・エフェクト~|佐野旭司
ノトス・カルテット~シェーンベルク・エフェクト~
Notos Quartet ~ Schoenberg effect ~
2023年4月11日 王子ホール
2023/4/11 Oji Hall
Reviewed by 佐野旭司 (Akitsugu Sano)
Photos by 横田敦史/写真提供: 王子ホール
〈キャスト〉 →foreign language
ノトス・カルテット
シンドリ・レデラー(ヴァイオリン)
アンドレア・ブルガー(ヴィオラ)
フィリップ・グラハム(チェロ)
アントニア・ケスター(ピアノ)
〈曲目〉
シェーンベルク(A.ブルガー編):ノットゥルノ 変イ長調
ブラームス(A.タルクマン編):交響曲第3番 ヘ長調 Op.90
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op.25
※アンコール
フランセ:ディヴェルティスマン より第3楽章
第1次世界大戦後の1918年から21年にかけて、当時の新しい様式の音楽を、演奏会を通して広める活動がウィーンで行われていた。それが「私的演奏協会」である。これはシェーンベルクが中心となって設立した団体で、3年間で約150曲もの作品を演奏している。演奏会で取り上げられた作品は、当時存命中の作曲家のものが中心であったが(いわゆる当時の「現代音楽」)、しかしそれらと並んでマーラーやJ.シュトラウスの曲も演奏された。その中でオーケストラの作品は約30曲あるが、これらはいずれもピアノあるいは室内楽に編曲されている。そのような編曲を行った大きな理由としては、まず財政上の問題が挙げられよう。協会の資金不足や、第1次世界大戦後という社会状況の問題もあり、編成の大きなオーケストラを用いた演奏会を開くことが困難であった。しかしそれと同時に、音楽的な理由もある。つまりピアノや室内楽に編曲することで、作品のオーケストレーションの効果によってもたらされる色彩的な効果を消し去って、旋律法や和声、対位法、形式構造などに聴き手の意識が向かうようにするという意図もあったのである。例えばシェーンベルクはこの協会の演奏会のために、マーラーの《さすらう若者の歌》を室内楽に編曲しているが、そこからは、限られた楽器編成の中で作品の本来の響きを忠実に引き出そうとする意図が窺えよう。
前置きが長くなったが、「シェーンベルク・エフェクト」と題する本公演は、この私的演奏協会を彷彿とさせるものであった。曲目はシェーンベルクの《ノットゥルノ》にブラームスの《交響曲第3番》、そしてブラームスの《ピアノ四重奏曲第1番》の3曲。シェーンベルクの《ノットゥルノ》は本来ハープを含む弦楽合奏のための作品で、ブラームスの《交響曲第3番》は言うまでもなくオーケストラ作品である。そして本公演では、これらをピアノ四重奏に編曲して演奏していた。
《ノットゥルノ》は初期の代表作《浄夜》よりも古い、1896年の作品である。シェーンベルクは当時「ポリヒュムニア」というアマチュアのオーケストラでチェロを弾いており、この曲はそこでの演奏会のために作られた。3~4分程度の短い作品で、R.シュトラウスを思わせる優美な曲調である。今回の演奏は、いささかテンポが速めだったせいか、この曲の持つ優美さが十分に引き出せていなかったように思われる。またこれは編曲の問題か演奏の問題か判断が難しいが、全体的にピアノの音が強すぎるという印象を受けた。原曲の音色を考えれば、後半に出てくるアルペジオ(原曲ではハープによる)以外は、あくまで弦楽器がメインとなり、ピアノはそれを背後で支えるのがバランスとして適切であろう。
次の曲はブラームスの《交響曲第3番》だが、こちらの方がピアノ四重奏による編曲としてはより違和感がなく聴くことができた。演奏から判断する限りでは、弦楽器のパートは主に弦楽器が、管楽器のパートは主にピアノが担当しており、編曲の仕方としては合理的といえる。ただ第2楽章の冒頭は、原曲では木管楽器が主題を奏するが、ここはピアノよりもむしろヴァイオリンやヴィオラで演奏した方が、逆に原曲の色彩的な効果を引き出せるのではないだろうか。
最後はブラームスの《ピアノ四重奏曲第1番》。安定感があり、よくまとまった演奏だったといえよう。特に終楽章は、熱気があり躍動感に満ちていた。ところどころテンポが自由なところがあったが、それがまたハンガリーのジプシー音楽らしさを引き出せていたのではないだろうか。
そしてアンコールは、ジャン・フランセの《ディヴェルティスマン》より第3楽章。シェーンベルク、ブラームスときて、最後がフランスの新古典主義の作品というのは意外だった。ただ彼らの得意なレパートリーなのか、プログラム本編とはまた違った世界に、聴き手を見事に引き込んでいたように思われる。
本公演の演奏曲目は、シェーンベルクおよび彼の同時代人、そしてシェーンベルクが作曲の規範としていたブラームスと、まさに「シェーンベルク・エフェクト」の名に相応しいといえよう。そして彼らの室内楽作品および室内楽編曲によるオーケストラ作品を演奏するというプログラムは、シェーンベルクを研究している筆者としては、私的演奏協会を思い出さずにはいられない。演奏者がそのような意図を持っていたかは定かではないが、シェーンベルクがこの協会で行った試みを再現・追体験しているかのようで、非常に興味深かった。
(2023/5/15)
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〈Cast〉
Notos Quartett
Sindri Lederer (violin)
Andrea Burger (viola)
Philip Graham (cello)
Antonia Köster (piano)
〈Program〉
Schönberg / Burger : Notturno
Brahms / Tarkmann : Symphony No. 3 in F major, Op. 90
Brahms : Piano Quartett No. 1 in G minor, Op. 25
※encore
Françaix : Divertissement (3rd movement)