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トッパンホール アンサンブル Vol.11-ウィーンの街に響いた弦楽四重奏曲|藤原聡

トッパンホール アンサンブル Vol.11
ーウィーンの街に響いた弦楽四重奏曲
Toppan Hall Ensemble Vol.11 -String Quartet

2023年4月25日トッパンホール
2023/4/25 Toppan Hall
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)
Photos by 大窪道治/写真提供:トッパンホール

(曲目)       →foreign language
①ウェーベルン:6つのバガテル Op.9
②ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番 ヘ長調 Op.18-1
③シューベルト:弦楽四重奏曲第15番 ト長調 D887
④ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章

(演奏)
周防亮介(①、②第2ヴァイオリン/③、④第1ヴァイオリン)
猶井悠樹(①、②第1ヴァイオリン/③、④第2ヴァイオリン)
柳瀬省太(ヴィオラ)
笹沼樹(チェロ)

 

トッパンホールアンサンブルと言っても固定化されたメンバーによる団体ではない。同ホールが主体となってプログラムビルディングを行ない、その都度メンバーを選んで開催するシリーズ名である。そしてこの度のコンサートVol.11では初めて弦楽四重奏が披露される。室内楽に関心のある方ならお分かりだろうが、弦楽器だけで4本のこの編成は、単一音色的で変化に乏しく地味である。しかし、そうであるからこその多様な声部の織りなしや微細なニュアンスの追求による細やかなテクスチュアの造形によって得も言われぬ深みのある世界が立ち現れる。しかし、例えばピアノが主導権を握ればそれなりに聴かせる演奏が成立するピアノ三重奏や五重奏、ソロとピアノが全く異なる楽器ゆえ協奏/競奏映えするヴァイオリンやチェロのソナタと異なり弦楽四重奏はごまかしが利かない。名手が即興的に集まって一丁上がり、とはならない世界なのだ。そんなことは百も承知で立ち上げた腕の立つ4人によるこの日のトッパンホールアンサンブル、聞くところによれば昨年の初合わせからリハーサル13回に1回の試演会を行なったと のこと、それゆえの期待と若干の不安が交差する夜。それにしても別項の曲目をご覧頂きたい。余りにチャレンジング過ぎやしまいか?

そのチャレンジングな1曲目はウェーベルンの6つのバガテル。この曲は多用される弱音の中で極めて短いスパンで様々な奏法を駆使し音色を変化させ、しかも音を痩せさせずに張り詰めたテンションを終始維持しなくてはならない。たかだか5分程度の演奏時間ながら曲の密度は恐ろしいほどだが、最初のMäßigからその出来栄えに瞠目。常設団体であればより凝縮されたアンサンブルになるとも思えたが、名手4人の個人技が大らかにまとまって、神経質にならず、かつ精密さにも不満のない演奏に仕上がっていた。ちょっとこの感触は独特だ。

続いてのベートーヴェンでは、より楽想に密着した表現の掘り下げが必要と感じた部分があり、それは第1楽章の主題の描き分けに顕著に現れていた。しかし後年のこの作曲家のパッションを先取りしていると思える第2楽章での激情は素晴らしく、あるいは終楽章での4声部の独自性とまとまりの兼ね合いは逆に常設団体からは聴けない類の音楽であったように感じた。ここで前半は終了だが、常設ではない良さと弱さが共に顔を出した演奏と聴く。

次は難物の極み、シューベルトの第15番。この夜の演奏は何はともあれスケールが大きく線が太かった。これはこの曲でシューベルトが目指したであろうオーケストラをも想起させるような、もっと言えばコズミックな世界観を表現して余りある巨大な音楽だ。他方、堅固な構築性よりも水平的な旋律の流れと和声の移ろいをその特徴とするシューベルト晩年の世界―弦楽五重奏曲や『ザ・グレイト』とも共通するだろう―の唯一無二性の表出はいささか弱まっていたか。言うならばベートーヴェン的なシューベルト演奏。この辺り、意識的に4人が作り上げた世界なのか、結果としてそうなったのかは分かりかねるところはある。しかしその演奏の水準の高さは疑い得ない。

当初は後半の最初に置かれていたウェーベルンの弦楽四重奏のための緩徐楽章、「音楽的な観点から、演奏者と協議の結果」(当日のプログラムに挟まっていたアナウンス)シューベルトの後、つまり最後の演奏曲目となった。これがこの日の白眉ではあるまいか。ここでは4人の技術力と表出性が何の齟齬もなくがっちりと噛み合って拮抗し、このウェーベルン若書きの小品の甘美さを濃厚な表現で余すところなく描き出し圧巻。「音楽的な観点」とはどのような観点が念頭にあったのかは具体的に記されていない以上分かりかねるが、しかしこの余情に満ちたラストは結果として大成功とみる。全体としても、プログラム最初に師シェーンベルクが激賞したウェーベルンの先鋭的な作品とプログラム最後にそのわずか8年前に書かれた同じ作曲家の後期ロマン派的な習作小品、これに挟まれる形でいまだハイドンの影響の残る、それでいて作曲家の個性も既に明白なベートーヴェンの最初の弦楽四重奏曲、そしてそのベートーヴェンを尊敬しつつも引力圏から完全に離脱してものしたシューベルトの最後の弦楽四重奏曲。「最初と最後」「自らが受けた影響とそこからの離脱、個性の確立〜完成」とのプログラムコンセプト、意識される時間性。さらにはプログラム題名にもあるウィーンというトポスに宿るゲニウス・ロキ。

このチャレンジングなコンサート、演奏それ自体の練度という意味ではさらなる向上の余地はあったであろうが、様々な意味で極めて示唆に富み聴衆に刺激を与えたとの点を含めて大きな成功だったと言えるのではなかろうか。このメンバーでトッパンホールアンサンブルの名の下に継続的に弦楽四重奏を演奏し続けて欲しい。

(2023/5/15)

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〈Program〉
Webern:Sechs Bagatellen für Streichquartett Op.9(1913)
Beethoven:Streichquartett Nr.1 F-Dur Op.18-1(1799)
Schubert:Streichquartett Nr.15 G-Dur D887(1826)
Webern:Langsamer Satz für Streichquartett (1905)

〈Player〉
Ryosuke Suho,violin
Yuki Naoi,violin
Shota Yanase,viola
Tatsuki Sasanuma,violoncello