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4月東京・春・音楽祭の3公演短評|藤堂清

4月東京・春・音楽祭の3公演短評

♪ブリン・ターフェル Opera Night
♪ミュージアム・コンサート 松井亜希(ソプラノ)
♪東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.4 《トスカ》(演奏会形式/字幕付)

Reviewed by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)

 

♪ブリン・ターフェル Opera Night***
2023年4月5日@東京文化会館 大ホール

舞台に登場する姿だけで会場を圧倒する存在感。歌い出せばまったく力みのない声がホールを埋める。
プログラム前半はワーグナーから、ザックス、ヴォルフラム、ヴォータンの3曲。〈リラの花が何とやわらかく、また強く〉の出だしのやわらかな響きに魅了される。その一方、強声になればオーケストラをも圧倒するようなボリューム。このダイナミックレンジの幅のある声が表現を大きくしている。3曲ともに感銘を与えてくれたが、圧巻は「ヴォータンの別れ」。〈さらば、勇敢で気高いわが子よ〉という最初のフレーズから最愛の娘と別れなければならない父親の無念がひしひしと伝わる。後半のローゲを呼び出すところでの神々の長としての威厳を取り戻しての歌唱、その拡がりに感嘆。
休憩後は、まず悪役3人。イアーゴ、メッキー・メッサー、メフィストフェレ。どれも悪の極みといった歌唱だが、自ら大きな音で指笛を吹いた〈私は悪魔の精〉に圧倒された。最後のブロックはミュージカルから。やわらかな歌い口が魅力。どの曲も彼のために書かれたもののように、ピッタリあっている。
アンコールの2曲目にはゴルフのクラブを持って現れ、それを振り回しながら歌うという茶目っ気をみせた。
57歳のターフェル、海外の劇場での出演も減っており、そろそろおとろえてきているかと思っていたのだが、いやいやトップフォームをしっかり維持しているし、サービス精神にもあふれている。まだまだ立派に現役!

 

♪ミュージアム・コンサート 松井亜希(ソプラノ)***
2023年4月12日@国立科学博物館 日本館2階講堂

プログラムは「子供」をテーマとしたもの。前半は英語(クィルター、ブリテン、バーンスタイン)、フランス語(プーランク)、後半はドイツ語(《子供の魔法の角笛》による)、日本語(《月の角笛》より)と多様な選曲。
安定した美しい響き、言葉のクリアな表現。言語が変わっても、作曲家が変わっても、同じように歌いだされる。しかし、それは表面的なこと。
クィルターの作品の、大英帝国の絶頂期を誇るような歌詞が歌いだされているし、プーランクのメロディーは歌詞の現実離れした展開と相まって幻想的な雰囲気をかもしだす。バーンスタインの歌曲集《わたしは音楽が大嫌い!》には、3曲目に〈わたしは音楽が大嫌い!〉が入っている。歌曲集としても演奏されることが比較的多い。ダイナミクスの大きな表現に説得力があった。
休憩後はまず《子供の魔法の角笛》からの歌曲、シューマン、ブラームス、ツェムリンスキー、R.シュトラウスから1曲ずつ、シンディングの3曲、マーラーの2曲。シンディングはノルウェーの作曲家であるが、この歌曲ではドイツ語の歌詞が用いられている。作曲家、作曲年代の違いにより個性の差があり、松井はそれを浮かび上がらせていた。最後のブロックは木下牧子の抒情小曲集《月の角笛》より7曲。日本語としてきちんと聴きとれる歌い方であった。
バッハ・コレギウム・ジャパンのソリストなど、活躍の場を拡げている松井、リサイタリストとしての技量も優れていることをみせてくれた。ピアノの山田剛史の寄り添いぶりも積極的なもので、すばらしかった。

 

♪東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.4***
《トスカ》(演奏会形式/字幕付)
2023年4月13日@東京文化会館 大ホール

演奏会形式のオペラ上演でも、演奏によっては舞台以上の熱気を作り出すことができる。そんな一夜であった。
《トスカ》は主役3人がそろえばなんとかなるオペラ。たしかに歌の部分はそう言えるだろう。だが、それとともにオーケストラの充実が大きな要件になる。言い換えれば指揮者とオーケストラも重要ということ。
この日の歌手、トスカのクラッシミラ・ストヤノヴァ、カヴァラドッシのイヴァン・マグリ、スカルピアのブリン・ターフェルの3人、ストヤノヴァ、ターフェルはそれぞれを持ち役とするベテラン、このオペラの舞台での経験も多い。一人マグリは略歴には《トスカ》への出演が見当たらない。急遽代役で呼ばれたこともあり、少し不安があった。実際、彼だけは譜面台を前にしての歌唱であった。それでも高音には強く、まずまずの歌い出し。アンジェロッティの甲斐栄次郎、堂守の志村文彦の頑張りもあり、また読売日本交響楽団がフレデリック・シャスランの指揮によって引き締まった音を紡ぎ出していたこともあり、なかなか良い演奏。でも、本当にスイッチが入ったのは、ストヤノヴァの登場から。彼女が舞台脇で歌った「マーリオ、マーリオ」の一言が一気に舞台の温度を上げた。舞台前面の狭い空間だが、そこで演技することで、オペラの舞台を彷彿とさせる。スカルピアの登場がさらに一段ヒートアップさせた。一人の歌手の存在感の大きさ、それは演奏会形式であっても感じ取れるものなのだ。第1幕終盤の「テ・デウム」の盛り上がりはターフェルの厚みのある声によるもの。それとともにシャスラン指揮のオーケストラ、合唱の充実を讃えるべきだろう。
この日の第2幕の聴きどころは、トスカとスカルピアの対決場面。二人は演技をしながら歌っていく。大道具も小道具もないが、舞台が見えてくるよう。盛り上がりは最高潮。
第3幕は、少し落ち着きを取り戻した感じであったが、オーケストラが実に雄弁に歌っていた。
ターフェル、ストヤノヴァ、シャスランの熱気あふれる演奏に大興奮の一夜となった。

(2023/5/15)

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♪ブリン・ターフェル Opera Night
<演奏>
バス・バリトン:ブリン・ターフェル
指揮:沼尻竜典
管弦楽:東京交響楽団

<曲目>
ワーグナー:
楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲
楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より〈リラの花が何とやわらかく、また強く〉(ザックスのモノローグ)
歌劇《タンホイザー》より〈おお、心やさしきわが夕星よ〉(夕星の歌)
歌劇《ローエングリン》第3幕への前奏曲
楽劇《ワルキューレ》よりヴォータンの別れ〈さらば、勇敢で気高いわが子よ〉〜〈魔の炎〉
——————-(休憩)——————-
ヴェルディ:
歌劇《マクベス》序曲
歌劇《オテロ》 より 〈行け! お前の目的はもうわかっている〉
ヴァイル:音楽劇《三文オペラ》より〈メッキー・メッサーのモリタート〉
ボイト:歌劇《メフィストフェレ》より〈私は悪魔の精〉(口笛のカンツォーネ)
バーンスタイン:ミュージカル《キャンディード》序曲
ロジャース&ハマースタイン:ミュージカル《南太平洋》 より 〈魅惑の宵〉
ラーナー&ロウ:ミュージカル《キャメロット》 より 〈女性の扱い方〉
J.ボック:ミュージカル《屋根の上のバイオリン弾き》 より 〈もしも金持ちだったなら〉
—————-(アンコール)—————-
W.S.グウィン・ウィリアムズ:〈私の小さなウェールズの家〉
マロット:ゴルフの歌

 

♪ミュージアム・コンサート
松井亜希(ソプラノ)
<出演>
ソプラノ:松井亜希
ピアノ:山田剛史

<曲目>
クィルター:《4つの子供の歌》op.5
プーランク:歌曲集《くじびき》FP178
ブリテン:歌曲集《子守歌のお守り》op.41 より
第1曲 ゆりかごの歌
第2曲 ハイランドの子守歌
第4曲 お守り
第5曲 乳母の歌
ヴィラ=ロボス:赤ちゃんの一族 第1組曲《人形たち》より(ピアノ・ソロ)
第1曲 陶器の人形
第7曲 道化人形
バーンスタイン:《わたしは音楽が大嫌い!》~ソプラノのための5つの子どもの歌~
——————-(休憩)——————-
【《子供の魔法の角笛》のテキストによる作品】
シューマン:テントウムシ(《子供のための歌のアルバム》op.79より)
ブラームス:子守歌(《5つの歌》op.49より)
ツェムリンスキー:せむしの小人さん(《6つの歌》op.22-6より)
R.シュトラウス:天の使い(《5つの歌》op.32-5より)
シンディング:《子供の魔法の角笛》op.15 より
第1曲 慈母マリア様
第5曲 子守歌
第6曲 フーガ
マーラー:《子供の魔法の角笛》より
第7曲 ラインの伝説
第4曲 この歌を作ったのは誰?
武満 徹:《こどものためのピアノ小品》(ピアノ・ソロ)
木下牧子:抒情小曲集《月の角笛》より
うぐいす
ほんとに きれい
ねこぜんまい
夕顔
山の琵琶
月の角笛
つらら
—————-(アンコール)—————-
「ほしとたんぽぽ」より「こころ」、「わらい」:金子みすゞ・作詞/中田喜直・作曲

 

♪東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.4
《トスカ》(演奏会形式/字幕付)
〈曲目〉
プッチーニ:歌劇《トスカ》(全3幕)

〈出演〉
指揮:フレデリック・シャスラン
トスカ(ソプラノ):クラッシミラ・ストヤノヴァ
カヴァラドッシ(テノール):イヴァン・マグリ
スカルピア(バス・バリトン):ブリン・ターフェル
アンジェロッティ(バリトン):甲斐栄次郎
堂守(バス・バリトン):志村文彦
スポレッタ(テノール):工藤翔陽
シャルローネ(バリトン):駒田敏章
看守(バス):小田川哲也
羊飼い:東京少年少女合唱隊メンバー
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
合唱指揮:仲田淳也
児童合唱指揮:長谷川久恵