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プロムナード|ピグマリオン|藤堂清

ピグマリオン
Pygmalion

Text by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)

「シャネル・ピグマリオン・デイズ」というイベントの存在を知ったのがいつごろのことだったかもはや思い出せないが、2010年の参加アーティストを聴いているので、そこまではさかのぼることはできる。2005年から開催しているということなので、まあ半分以上の年月、興味を持ってきたことになる。とはいうものの、あくまでも一聴衆としての立場からみているだけなので、その内実をくわしくわかっているわけではない。

『シャネルの創始者ガブリエル・シャネルは「Pygmalion(ピグマリオン)だった」といわれており、ピカソやストラヴィンスキーなど多くの芸術家を支援しました。』というエピソードにならい、若手音楽家に演奏機会を提供しているのが、この「シャネル・ピグマリオン・デイズ」という音楽プログラムである。シャネル銀座ビルディングの4階にあるCHANEL NEXUS HALL、100席強の空間が舞台となる。毎年5名ほどの演奏家が選ばれ、それぞれ年間5回の演奏会を行う。休憩を入れ約1時間の枠である。プログラムをどのように組むかは各人に任されているようで、年間を通した設定、例えば1回目はイタリア、2回目はフランス、3回目はドイツといったようにテーマを割り振り、曲を選んでいる人もいれば、各回ごとに独立した小規模なリサイタルの形をとる人もいる。平均すれば2ケ月に1回のコンサート、若手であれば、プログラム作りから、新たな曲の準備とかなり忙しいことだろう。だが、それが演奏家を鍛え、能力アップにつながることは間違いなく、「ピグマリオン」の役割を果たすことになってもいると思われる。
入場は無料で、抽選、という仕組みなので、出演者への負担はおそらくないであろう。

「ピグマリオン」と名乗っていなくても、演奏家の育成、支援にあたっている団体や制度、どんなものをあげることができるだろう。
演奏会の開催を支援するという意味では、日本演奏連盟が文化庁からの委託を受けて行っている事業、新進演奏家育成プロジェクトがある。リサイタル・シリーズ、オーケストラ・シリーズの2つがあり、後者は地域のプロ・オーケストラとの共演が対象。どちらもオーディションがあり、1回限りの支援である。また有料で、一部のチケットを自ら販売するとの条件もある。上記のシャネルの場合に較べると、ある程度実績を積んだ演奏家が対象となっていると思われる。それでも、リサイタルを開くことやオーケストラと共演することには、金銭管理や事務作業といった高いバリアがあり、その支援にも十分意味があるだろう。
近年、音楽ホールが新進演奏家を紹介するシリーズを立ち上げている。トッパンホールの「ランチタイムコンサート」と「エスポワール シリーズ」、浜離宮朝日ホールの「浜離宮ランチタイムコンサート」、紀尾井ホールの「紀尾井 明日への扉」など。どれも安価(無料もある)なチケット代で、若い演奏家を紹介する役割を果たしている。東京文化会館の「東京音楽コンクール入賞者リサイタル」はコンクールと連動するものだが、同様の意味があると思う。

誰を支援の対象とするのか、そしてどのように育成効果を産んでいくのか、「ピグマリオン」にはそれを判断したり、遂行することが求められる。上にあげた「ピグマリオン」たちは、それぞれに基準を持ち、取り組んでいる。だが、支援を受ける者だれもが、「ピカソ」であり、「ストラヴィンスキー」ということはありえない、支援の効率性を考えたら高いわけではないだろう。それでも、10年、20年経ったとき、あの時の彼、彼女が大成したといえることがあれば、「ピグマリオン」冥利につきるといえるのではないだろうか。
聴き手としての我々も長い目を持って、「ピグマリオン」たちの覚悟を受け止め、こういったコンサートを聴き、演奏家の成長を見守りたい。
最後に、「シャネル・ピグマリオン・デイズ」の抽選に外れることが多くなったことを書き留めておく。

(2023/3/15)