ヴァレリー・アファナシエフTIME 第2年(3回シリーズ)|西村紗知
ヴァレリー・アファナシエフTIME 第2年(3回シリーズ)
Valery Afanassiev――TIME the 2nd year
2022年11月29日 王子ホール
2022/11/29 Oji Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<出演> →foreign language
ヴァレリー・アファナシエフ(ピアノ)
<プログラム>
シューベルト:楽興の時 D780
********** 休憩 **********
ブラームス:6つの小品 Op.118
:2つのラプソディ Op.79
※アンコール
ショパン:ワルツ 第7番 嬰ハ短調 Op.64-2
帰り、会場入り口にはサイン会待ちの人々が長蛇の列をなしてピアニストの登場を待っている。アファナシエフ人気の健在ぶりを感じるとともに、プログラムの最後の作品、「2つのラプソディ」を弾き終えるやいなやお辞儀もせずに袖に引っ込んでしまった彼の姿を思い出したりして、複雑な気持ちになる。自分がちょっとでも勉強したことのあるレパートリーをプロの演奏家が弾いているのを聞くのは、嫌なものである。それに、個人的に思い入れのあるピアニストときたものだから。
あれが、いつものアファナシエフの気難しさゆえの照れ隠しの表現だったのならよいのだが、いかんせん、腕を交差させる場面の多い「2つのラプソディ」2曲目では、手のポジションが変わる度にテンポが後ろにずれてしまっていて、だからこの曲はつまり、ピアニストの肉体の衰えを否応なしに際立たせてしまうものだったから、もし自分の思うパフォーマンスができなかったからお辞儀もしなかったのだとしたら、と思うと少し気がかりであった。
アファナシエフは今年で75歳になった。もちろん、彼くらいの老練であれば老化さえも表現である。というより、老化がそのまま表現となるレパートリーこそまさにこの日のプログラムに採用されているようなところもあったであろうし(「楽興の時」が瑞々しく演奏されていたらその方が違和感を覚えることだろう)、みな、筆者もそうだが、シューベルトでもなくブラームスでもなく、他ならぬアファナシエフの音楽が聞きたくてここに来たのである。
ぐっと身をかがめて語り始める。「楽興の時」は、ピアニストがこの音楽を奏でる楽師になりきることによって、というよりも、彼が楽師のマリオネットを操り、そのマリオネットが奏でているような、言うなればそういう音楽であった。だから、抒情にどこか直接性がないのであるし、どの場面も回顧的で、メタフィクションのようでさえある。
おおよそどの曲も中間部に美しいアリアが歌われるが、しわがれた声色である。4曲目のように声部ごとの動きがわかりやすいものだと特に、音響は全体的に霞がかかったようになる。5曲目入りの音量は仮借ない。これらの表現は、ピアニスト本人が、シューベルトのこの作品から立ち去ろうとしているがために生まれるもののように感じられた。人の手を離れてしまうがために、作品が破局へ向かっていこうとするかのような、作品が自然へ還っていってしまうのではないかという、常に何か予兆めいたものさえ感じられる。
性格の異なる楽節が入れ替わる形式感のシューベルトの「楽興の時」とは違い、ブラームスの「6つの小品」は、細かいパーツが力動的に動き出すエネルギーに満ちている。だから作品が自然に還っていってしまうかのようなニュアンスは、シューベルトよりブラームスの方がより明瞭なものとなっていた。1曲目「間奏曲」の伴奏は石畳のようにごつごつしていた。2曲目「ロマンス」は、情欲めいたものがもうほとんどなくなって、本当に高潔で美しい時間だった。
「時間」。この演奏会シリーズのテーマだ。プログラム・ノートによるとこれは「「音楽の歴史」といった意味で、プラグラムに組んだ作品は自身のパーソナルなピアノの歴史というべきものだ、とアファナシエフは語っていた」という。歴史、時代、来歴、などと言い換えたくもなるような、個人的でありつつも何か崇高な趣があった。もっと踏み込んで受け止めれば「時間」の清算とでも言うべき内容だったのかもしれない。それは筆者には、自然に対する諦念の表現のように感じられたが、アンコールのショパンは本当に可憐で、それで少し救われたような気がしたものだった。
(2022/12/15)
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<Artists>
Valery Afanassiev (piano)
<Program>
Schubert:Moments musicaux D780
Brahms
:Six Pieces for Piano Op.118
:Two Rhapsodies Op.79
*Encore
Chopin:Waltz No.7 cis-moll Op.64-2