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田中聰ピアノ作品個展|西村紗知

田中聰ピアノ作品個展
SATOSHI TANAKA WORKS FOR PIANO

2022年10月21日 トーキョーコンサーツ・ラボ
2022/10/21 Tokyo Concerts Lab.
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 後藤天

<出演>        →foreign language
ピアノ:井上郷子

<プログラム>
田中聰:
サイレント パルス(2020年)
ピアノのための四つの曲
 グリザイユ (2004年)
 レヴィテーション (2006年)
 詩篇 (2007年)
 祖先の国 (2009年)
―休憩―
アルセーニイ・タルコフスキーの詩によるピアノ作品集
 地には地のものを (2016年)
 白い、白い日 (2016年)
 草の書物 (2017年)
 それは夢で見た、これも夢で見る(2019年)*世界初演
至点Ⅱ(2018年)*世界初演
※アンコール
きらきら星(田中聰編曲)

 

それはまんじりともせず、それなりに長く感じられても倦怠感とはかなり遠い時間経験である。研ぎ澄まされた、しかしながらどこか柔和でもある音の粒ひとつひとつが、会場にずっと漂い続ける。田中聰の、世界初演の作品を含むピアノ作品の個展であるこの日のコンサートプログラムにおいて、「ピアノのための四つの曲」はすでに音源化されているのだったが、これは会場で聞くと音源で聞くよりアタックが丸く聞こえるものだった。井上のタッチのコントロールと繊細なペダリングのおかげでもって、作品( それは想像上のタブローのようである)と聴衆は、この会場のなかで、ほどよく距離を保っていられたのである。
フェルドマンへの連想は避けられなかったにせよ、やっていることはいくらか違うものとして受け取った。作風は都会的であっても響きはより清澄かつ神秘的で、付点のリズムなど不定形な音のばらつきがなかったためか、印象としてはどこか折り目正しさが勝るように感じられた。それと、オクターブの響きの存在感が大きいときがあって、特徴的であるように思った。
用いられる音色も限定的ではあって、各作品で、音が散逸するようにして逍遥するままとなるか、それとももっと寄り集まってテンポとして把握できるようであるか、その辺りは微妙に違ってくるが、この日のプログラム全体を通じて聴いた印象としては、単色の、さまざまなグラデーションがなす連なりとして感じられる。個展の会場にひとり佇んで、壁にかかったタブローを、すっと見渡すような経験でもあった。

「サイレント パルス」。A, C, Cis, Es, Bなどからなる音型の反復には規則性があるため、ぽつぽつと配置された音が「パルス」として把握できる。Aはミュートされる。ミュートされる音は最もか細いが、他の音を牽引するようなところもある。
「ピアノのための四つの曲」、「グリザイユ」。音域の離れた声部が、ゆっくりと、点々として結ばれず、つまり音型のカーブを描かず、テンポも一定であり、つまりは音の数もそうだが表現の手段もかなり切り詰められている。音程の感覚は、短二度の濁った響きが頭に残る。「レヴィテーション」では密集した音の塊が最初に提示され、そこからひとつひとつへ分かれていく。「祖先の国」には、他の作品からはあまり聞こえてこなかった、低い音域での展開があり、遠くの消失点に意識が向かっていくようだった。
「ピアノのための四つの曲」よりも、「ピアノ作品集 アルセーニイ・タルコフスキーの詩による」の方が、テンポ、規則性、反復、リズムといったものを、少しはっきりと感じ取れるようだった。「地には地のものを」にはE, Es, Cの三つの音が適宜登場するのであるし、「草の書物」もまた、C, Es, Eの並びが、順に音域を変えつつ展開していく。「それは夢で見た、これも夢で見る」だと、提示される素材は最初から規則性が強い。
「至点Ⅱ」。最初少し音域が離れた状態で、二つの声部が、言葉少なに、交互に鳴ったり、模倣したり、関係をつくっていく。意識は音の間に集中していった。

耳が作品の組成に沿うことで生まれていく(かもしれない)奥行。現実にそうであるような奥行と、認識のうちで少し想像力で補いながら経験のうちで出来上がっていくような、そういう奥行とが、微妙に重ならないため、この日の作品のシンプルな音の連なりは、それでも複雑であると感じられる。それは、まどろみのような不確かな意識のゆがみのようではなく、例えば石英の原石の、くぐもった輝きのなか、その原石の向こう側を見通すまなざしが、まなざすがためにつくりあげてしまう、そうした視覚の経験に似ているようだった。作品の、組成というより、時間的な持続というより、空間的な拡散というより……それはやはり奥行といってしまいたくなるようなカテゴリーだったのだが、この日はずっとそのことを考えていた。どの音もひとつの楽器から発せられてい るのだから、それは、コンサートホールの管弦楽のような奥行ではないはずで、だからこれは具体的な物理現象について言っているのではなくて、やはり飽くまでカテゴリーのことなのである。
アンコールの「きらきら星」でその奥行は、我ながら陳腐な想像力だが、光年という単位にまで広がったように感じられた。どこまでも広がっていく響きに、久遠の彼方を想う日となった。

(2022/11/15)

 

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<Artists>
Satoko Inoue, piano

<Program>
Satoshi Tanaka:
Silent Pulse(2020)
Four Pieces for Piano
Grisaille(2004)
Levitation(2006)
Psalms(2007)
The Afterworld(2009)
-intermission-
Piano Works on Arseny Tarkovsky’s poems
chi ni wa chi no mono o (to earth its own)(2016)
shiro i, shiro i hi (white, white day)(2016)
kusa no shomotsu (book of grass)(2017)
I saw it in my dream and I see it in my dreams(2019)*world premiere
Solstice II(2018)*world premiere
*Encore
twinkle twinkle star (arr. by Satoshi Tanaka)