タンペレゆるゆる滞在記|9 さよならタンペレ|徳永崇
タンペレゆるゆる滞在記9 / さよならタンペレ
Text & Photos by 徳永崇(Takashi Tokunaga)
家族への感謝
昨年4月にタンペレへ到着して以来、11ヶ月が過ぎようとしています。私は家族と共に3月15日のフライトで日本に帰国いたします。このため、今回の記事が本シリーズの最後となります。掴みどころのない、ゆるゆるとした文章を読んで頂き、誠に有難うございました。
思い起こせば、今回の渡欧は無茶なことばかりでした。そもそも、海外渡航の自粛が叫ばれている中でのフィンランド行きには、多くの方にご心配をおかけ致しました。そして案の定、社会の動きが停止している中での研究活動の難しさに直面し、もどかしい日々を送りました。
そのような中、右往左往する私を尻目に、妻や子供たちは自ら人脈を切り拓き、友人を作り、コミュニティーに参加するなど、みるみるうちに現地へと馴染んでいきました。もちろん、自分の研究は大事ですが、妻が充実している姿や子供の成長する姿を見るのは私にとってかけがえのないことです。職場や学校など、日本での生活基盤を一旦リセットし、私について来てくれた家族に、心から感謝しています。良くも悪くも、彼らの人生を大きく変えてしまったかもしれないにも拘らず、私の励みになっています。
今回のフィンランド生活では、狭いアパートでの共同生活のため、どうしても家族同士の境界を設定することが難しくなります。そのため互いにストレスを抱え、衝突することも少なくありませんでした。渡航の手続きなど任せきりにしてしまった妻の苦労や、年頃の子供たちの葛藤まで、私はきちんと向かい合えていたのか今でも自信がありません。それは翻って、日本にいた頃の生活の中で、何が足りなかったのか自問するきっかけにもなりました。家族という繋がりを超えて、本当に一人の人間として皆と接していたのか、反省すべき点が山積することに気づきました。今回、子供たちとも本音でたくさんのことを話し、父親として改めるべき点を沢山教えられたことも貴重でした。渡航で得た最も大きな収穫は、家族の大切さに気付かされたことであると言えます。
最後にもう一度Instituteを訪問
作曲教育の調査については、12月で一旦終了したつもりでいたのですが、ハーパヤルヴィのInstituteで教えているSannaさんから、もう一度来ないかと誘われ、2月下旬に訪問することにしました。Sannaさんは、9月の訪問以来、私のために生徒の作曲作品の動画をたくさん撮り溜めていたのです。そして、生徒たちが僕のことを覚えていてくれて、次にあの日本人はいつ来るのかと、少し気にかけてくれていたようなのです。とても嬉しかったので、二つ返事で訪問することにしました。
ハーパヤルヴィはタンペレよりも北に位置するため雪の量も多く、除雪によってできた雪の壁が道路に沿って長く伸びています。Sannaさんは車を運転する際、この雪の壁のせいで交差点が非常に危険だと言っていました。
ハーパヤルヴィのクラスについては、本シリーズの第4回で紹介した通り、絵の描かれたカードによってストーリーを作り、音楽創作に繋げる活動が印象的でした。驚くことに、9月ごろから始まった本活動が、現在も続いていたのです。9月や10月に訪問した際は、ピアノの内部奏法が中心でしたが、4ヶ月ほど経過した現在では使用楽器が打楽器やキーボードに置き換えられ、子供たちの役割分担も随分と整理されていました。しかし相変わらず子供たちはやんちゃパワー全開で、なかなか先生の思うように合奏が始まりません。ふとウッドブロックを叩く女の子の手が紫色なので、びっくりして理由を聞いたところ、自宅でブルーベリーを鷲掴みで食べたとのこと。このゆるゆるした感じがたまりません。今回はナレーションに合わせた演奏箇所の確認に多くの時間を費やしました。
今回の訪問では、現代音楽の作曲に挑戦する高校生の指導も手伝いました。フィンランドの自然からインスピレーションを受けた彼女の作品は、静かで透き通るような音が綾を成し、クラスターを形成するというスタイルです。セリーは用いず、直感を大事にしているようでした。私からは、クラスターの色彩を変化させる方法や、質感の異なるクラスターの併置、ユニゾンなどあえて単純な構造を挿入することによるコントラストの作り方等のアイデアを紹介しました。とても繊細で感受性豊かな生徒なので、今後の成長が楽しみです。
フィンランド人の自然や環境に対する感性については、私も実際に暮らしてみて、なるほどと腑に落ちたことが沢山あります。まず、とても静かで穏やかな状況が大事であることが分かりました。これは単に雪が多く、活動が制限されて、元気がないというよりは、静寂な環境そのものが心の原風景となっているということです。そして、明るくキラキラした状況よりも、ほの暗く、温かみのある風情が、よりフィンランドの人々の生活にフィットしているということです。例えば家の照明についてですが、フィンランドでは、たとえ真冬の日照時間が短い時期であっても、室内を蝋燭や間接照明で淡く照らします。日差しの強い瀬戸内海沿岸で育った自分にとって、この程度の明度ですと手元がはっきり見えず、つい室内を明るくしがちですが、これに慣れると非常にリラックスでき、心穏やかになれることが分かりました。今回の作曲のレッスンでも、穏やかさ、温かみが重要な要素であったと思います。この良さに妻は早くから気づいて、我が家でも夜に蝋燭を灯す習慣が生まれました。帰国してからも続くような気がします。
カンテレのレッスンとお別れ会
私たち夫婦で習っているEva先生のカンテレのレッスンもいよいよ佳境を迎えました。というのも、私たちが3月中旬に帰国することを見据え、初級向けの内容だけではなく、より発展的で応用的な内容まで進められるよう、配慮して下さったのです。その甲斐あって、最後のレッスンでは調律の異なる2台の5弦カンテレを用いた大変ユニークな作品を演奏することができるようになりました。
カンテレには様々な弦の数によるバリエーションがあるのですが、その中でも5弦カンテレは、文字通り音が5つしか発音できませんし、初心者向けのイメージを持っていました。しかし、5弦でコンパクトにまとまっていることを利用し、微妙に調律を変えた2台の5弦カンテレを1人で演奏するスタイルの作品が少なからず作曲されているのです。そのことで可能性が想像以上に広がることを体験しました。
2台カンテレによる代表的な演奏法としては、双方で数弦ずつ弾くことによるトレモロが特徴的です。これには、2+2の4音の場合だけでなく、2+3音や3+3音など様々な組み合わせが可能です。今回、私たちは2+2音と2+3音の2種類を学びましたが、特に後者は右手で3音、左手で2音を同じビートで、ポリリズムのスタイルで演奏するというものでした(右手が3音×8回弾くとき、左手は2音×12回弾く)。これは指と頭の体操になりました。もう1つの特徴としては、両方の楽器で同じ音を鳴らすことによるユニゾンです。たかが同じ音ですが、ユニゾンで共鳴すると、周りのものがザワつく程に振動が起きます。音量が小さく、コンパクトな楽器であるにも拘らず、このような現象が起きたので大変驚きました。石造の部屋であるということも影響しているのかもしれません。
3月の頭に、Eva先生と彼女のお母さんが、私たちのためのお別れパーティーを開いてくださいました。そして、レッスンの成果をその場で披露し、皆で別れを惜しみました。このような貴重な体験をプレゼントしてくれたEva先生に心から感謝します。
そして戦争が始まった
様々な方々とお別れの言葉を交わし、いよいよ帰国のための引っ越しが大詰めを迎えた頃、ロシアがウクライナに侵攻しました。いかなる主張があったにせよ、それを武力で完遂しようとするロシアの対応は許されるものではありません。実際に多くの子供を含む非戦闘員が命を落としており、その数は日々増加しています。これには世界各国が非難声明を出し、経済制裁も発動されました。旅客や物流にも深刻な問題が生じています。当初、その影響は限定的でしたが、瞬く間にあらゆる分野へと波及し、遂には日本とフィンランドを結ぶ航路の先行きが不透明な状況になりました。この記事を書いている最中も、刻一刻と状況は(悪い方に)変化しています。私たちはすでにアパートの退去の手続きをしており、飛行機の代替便の手配がうまくいかない場合、ホテルでの待機を余儀なくされます。さらに、犬がいることから、代替便を選定するにしても困難が生じる可能性が高いです。出国予定まであと10日余りとなってからの青天の霹靂、非常に困った事態に直面しています。
フィンランドはこれまで、戦争による屈辱的な歴史を乗り越え、ロシアとは互恵的な関係を築いてきました。それにも拘らず、今回についてはあらゆる経済面の不利益があっても、ロシアの行動にははっきりとNoの立場を表明しました。これは相当の覚悟をもってのことです。タンペレ交響楽団も、ウクライナを支援するチャリティーコンサートを企画しています。私たち一家が帰国できるかできないかなど、小さな問題なのかもしれません。
そのような中、妻は常に前向きです。淡々と引越しのための片付けをこなし、家財をアウトレットで売りさばき、時間がかかっても、お金がかかっても、乗り継ぎが発生しても、航空会社と相談しながら、なるようにしかならない、という至極真っ当なスタンスを堅持しています。しかし、だからこそ、多くを背負わせてしまうことになりかねません。こうやって私は、家族に大きな負担をかけてきました。いつまでも悲観的なことばかり言ったりせず、目の前のやるべきことに集中しようと思います。
このような感じで、当初ゆるゆると始まったはずの本記事は、思わぬ終盤を迎えることとなりました。帰国後、どこかで私の姿を見かけたならば、ああ生きて帰ってきたんだな、と生暖かく見守って頂けると幸甚です。そして一刻も早くウクライナの危機が収束し、本来なら普通に暮らしている人々の命が、これ以上失われることの無いよう、心より祈念します。
さよなら、タンペレ!
(2022/3/15)
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徳永崇(Takashi Tokunaga)
作曲家。広島大学大学院教育学研究科修了後、東京藝術大学音楽学部別科作曲専修および愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。ISCM入選(2002、2014)、武生作曲賞受賞(2005)、作曲家グループ「クロノイ・プロトイ」メンバーとしてサントリー芸術財団「佐治敬三賞」受賞(2010)。近年は、生命システムを応用した創作活動を行なっている。現在、広島大学大学院人間社会科学研究科准教授。2021年4月から交換研究員としてタンペレ応用科学大学に在籍。