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《二期会創立70周年記念公演》『魔笛』|秋元陽平

《二期会創立70周年記念公演》『魔笛』リンツ州立劇場との共同制作公演
9月9日  東京文化会館大ホール 

Tokyo Nikikai Opera Theater
2021Grand Opera Festival in Japan
W.A.Mozart : Die Zauberflöte
9 September, 14:00 Tokyo Bunka Kaikan Grand Hall
Reviewed by AKIMOTO Yohei (秋元陽平)
Photos by  林喜代種(Kiyotane Hayashi)(撮影日9/6|
8,11公演キャスト)

<曲目>        →English
W.A.モーツァルト『魔笛』日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
<スタッフ>
指揮: ギエドレ・シュレキーテ
演出: 宮本亞門
装置: ボリス・クドルチカ
衣裳: 太田雅公
照明: マーク・ハインツ
映像: バルテック・マシス
振付: 新海絵理子
合唱指揮: 河原哲也
演出助手: 澤田康子、島田彌六
舞台監督: 飯田貴幸
公演監督: 牧川修一
合唱: 二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団
<キャスト>
ザラストロ:斉木健詞
タミーノ:市川浩平
弁者:河野鉄平
僧侶Ⅰ:的場正剛
僧侶Ⅱ:澤原行正
夜の女王:高橋 維
パミーナ:盛田麻央
侍女Ⅰ:角南有紀
侍女Ⅱ:宮澤彩子
侍女Ⅲ:岡村彬子
パパゲーナ:守谷由香
パパゲーノ:近藤 圭
モノスタトス:升島唯博
武士Ⅰ:今尾 滋
武士Ⅱ:金子慧一

 

プロジェクション・マッピングもふんだんに用いた宮本亜門による演出のポイントはまず、ゲーム世界への没入という設定が単にいま流行のVR(ヴァーチャル・リアリティ)の主題化を意味しているのではない、という点だ。1990年代の「古い」家族表象——「それらしい恰好」をした主婦とサラリーマン――に、それと同じくらい古い格闘ゲームふうのキャラ選択画面からも分かるように、扱われているのは、子どもの手の中に隠され、不可視化され個別化されたスマホのソーシャルゲームではなく、あくまで家庭の中で古き良き「問題」としてテレビという共有画面に可視化された逃避の象徴としての「家庭用のゲーム機」なのだ(舞台美術にはなぜか『ブレードランナー』ふうの色調も見られた)。この問題設定の古さが意図的なのかはわからないが、奇妙なことに2015年の初演から時間が経過した2021年の現在では別のシンクロニシティが生じている――それは、Web小説投稿サイトから始まってアニメを蚕食するいわゆる「なろう系」、つまり、小説投稿サイト「小説家になろう」での流行にはじまり近年しばしば人気を博すジャンル、「異世界転生もの」との共振である。現実世界でうまくいかない主人公がトラックに轢かれて異世界に転生し、なんらかの異能者としてやりたい放題活躍し美少女に好かれる(これを「無双する」と言う)というのがこのジャンルのお約束だが、トラックに轢かれるわけではないにせよ、タミーノもまた、現実に倦んだサラリーマン・パパの第二の生となるのだ。そうなれば、大蛇におびえる冴えない主人公が英雄になり、ヒロインと出会い頭に相思相愛になるとしても何の不思議もないだろう。ただし、相違点もある。タミーノには美女だけでなく、試練もまた待っているのだ。

歌手陣のなかではまずもって盛田麻央演じるパミーナがその芯の通った柔らかさで抜群の存在感を示していた。悲しみ、喜び、慰めに別々の豊かなニュアンスが与えられる。高橋 維による夜の女王も健闘し、いつも高音部分と同じくらい固唾を吞む例の三連符のスラーもなめらかだ。他方、パパゲーナが原宿系の「キャラ立ち」を確立していたわりに、『魔笛』のキーパーソンであるパパゲーノはその歌唱スタイルも含めて三枚目の「イケメン」(字幕でタミーノを指して用いられた表現だ)の枠組みに留まっており、そこにやや、——これはどちらかといえば演出上の——物足りなさを感じたのも確かだ。彼はいわば現代風に言うところの明るい「非モテ=インセル(Involuntary Celibataire)」であり、ゲーム世界におけるトリックスターとしてさまざまな意義を与えられそうな役回りであったのだが。とはいえ、守谷由香と近藤圭による躍動感に満ちた二重唱は満喫できた。オーケストラはコロナ禍で急遽指揮者交代となり、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍するギエドレ・シュレキーテがタクトを振った。ザッハリヒで推進力に満ちており、冒頭のピリオドふうのティンパニから鮮烈、前評判通りの期待を感じさせた一方で、私の聴いた回に関してはオーケストラとの交通が必ずしもうまくいったわけではなく、要所要所ニュアンスの違いがはっきり出てこず、夜の女王のアリアをはじめいくつかの場所でアンサンブルにもやや不安が残るところもあったことは惜しまれる。

たしかに、魔笛の一見したところ荒唐無稽な世界観を現代日本に移すのに、ゲームを経由する以上に説得的な方法はない。この時点ですでに演出家の慧眼はあきらかだ。大団円の合唱を背景に追いやって現代日本パートに回帰し、家族の再生を描くところはなるほど舞台効果として鮮烈である。だが同時に、この対比は完全ではない。自らを自らの光によって明らかにする「真実Wahrheit」と愛の力であらゆる党派的対立を癒やし、「人間 Mensch」の地平を領邦国家内にヴァーチャル(潜在的)に展開せんとするフリーメイソン流の啓蒙的「異世界」は、しかし同時にやがて現実の力として胎動をはじめ、19世紀の市民社会を革命によって作り出す政治的なトレンドになってゆく。言うまでもなく『魔笛』はフランス革命の「同級生」なのだから。では我々のゲームの主人公はどのように現実に働きかけるのか?トレンディドラマふうの家族の行く末は?だが、宮本の演出は、この問いかけがはじまるところで終わっている。オペラではいろいろなことがもっとできるはずだ、若手演出家ならどうする、と問いかけているようだ。だが、かのゲーテが『魔笛』の第二部を構想したとき、そこには子ども世代へのモノスタトスの復讐、退潮するザラストロの真実の光、いわば「ポスト・トゥルース」の不幸が描かれたことを、わたしたちは不吉に思い出すのである。

(2020/12/15)

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<Staff>
Conductor:Giedre Slekyte
Stage Director: AMON Miyamoto
Set Design: Boris Kudlička
Costume Design: OTA Masatomo
Lighting Design: Marc Heinz
Video Projection: Bartek Macias
Choreography: ERIKO Shinkai
Chorus Master: KAWAHARA Tetsuya
Associate Director: SAWADA Yasuko, SHIMADA Miroku
Stage Manager: IIDA Takayuki
Performance Supervisor: MAKIKAWA Shuichi
Orchestra: Yomiuri Nippon Symphony Orchestra
Chorus: Nikikai Chorus Group
<Cast>
Sarastro: SAIKI Kenji
Tamino: ICHIKAWA Kohei
Sprecher: KONO Teppei
Erster Priester: MATOBA Masataka
Zweiter Priester: SAWAHARA Takamasa
Königin der Nacht: TAKAHASHI Yui
Pamina: MORITA Mao
Erste Dame: SUNAMI Yuki
Zweite Dame: MIYAZAWA Ayako
Dritte Dame: OKAMURA Akiko
Papagena: MORIYA Yuka
Papageno: KONDO Kei
Monostatos: MASUJIMA Tadahiro
Erster Geharnischter: IMAO Shigeru
Zweiter Geharnischter: KANEKO Keiich