撮っておきの音楽家たち|小柴昌俊&遠山慶子|林喜代種
小柴昌俊(東京大学特別栄誉教授・2002年度ノーベル物理学賞受賞)&遠山慶子(ピアニスト)
2003年3月31日 東京駅大丸ルビーホール
2004年8月17日~29日 第25回草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル
Photos & Text by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
超新星爆発で生じた素粒子「ニュートリノ」を世界で初めて観測して、2002年度ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊東京大学特別栄誉教授が94歳で亡くなった。大のクラシック音楽ファンで知られている。特にモーツァルトの作品には造詣が深い。そして遠山慶子の弾くモーツァルトがお気に入りだった。
若い頃、父のような軍人かチャイコフスキーのような音楽家にあこがれたが、旧制中学時代に小児まひに夢を断たれた。中学5年のとき、「おまえには無理」という助言に逆らい旧制一高(現東大教養学部)を受験するが不合格だった。翌年合格するもドイツ文学に興味を持ったり、アルバイトばかりしたりしたという。そして「小柴は物理が出来ないから物理への進学はあり得ない」という先生の声を耳にしてむらむらと反骨心が沸き起こったという。「やれば、できるよ」と何気ない言葉のようだがノーベル賞受賞後に高校生に講演で話している。
今から40年以上前に世界最大の地下ニュートリノ観測装置を岐阜県飛騨市の神岡鉱山に作って3千トンの水をたたえる初代カミオカンデを作る計画を思いついた。鉱山の地下1キロに5階建てのビル相当の穴を掘り水のタンクを造って何かが起こるのを何年も待つ。
その「カミオカンデ」の後継装置「スーパーカミオカンデ」の稼働前にピアノを搬入しミニコンサートを開いた。そのピアニストは遠山慶子であり、モーツァルトの曲の演奏を望んだのは小柴教授だった。これまでも遠山慶子の弾くモーツァルトをこの上なく愛聴してきた。
「ぼくは遠山慶子さんの弾くピアノ演奏が好きで、もう10年以上(2002年当時)にわたって、彼女の生の演奏から、レコード録音まで聴いてきた。特にモーツァルトは絶品で塩川悠子さんと録音したヴァイオリン・ソナタK.304の絶妙なアレグロ。その活き活きとした表情がぼくの心を満たしてくれる。このホ短調は悲しみに満ちた曲なのに、なぜ彼女の演奏はぼくを幸せにしてくれるのだろうか。今日、私がノーベル賞を受賞した記念に、遠山慶子さんに、私の最も好きなモーツァルトの3曲のソナタを録音して欲しいとお願いした。今回のパートナーはウエルナー・ヒンクさんなのも楽しみのひとつ」
といい、自らエグゼクティヴ・プロデューサーと名乗り実現したCDはモーツァルトのヴァイオリン・ソナタK.378, K.304, K.526の3曲。弾くピアノはバウムガルテンにある、少し反応のおそいアクションのせいで誰でも弾ける訳ではない古いベーゼンドルファーが遠山慶子のお気に入り。この貴重なピアノはモーツァルトとぴったり合っている。また小柴昌俊教授は草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルの常連だった。ノーベル賞受賞した時は休憩時など聴衆からの記念撮影の要望にそのふくよかな笑顔で応じておられた。2003年勲一等旭日大授章受賞。「運は準備した者のみにしかこない」という言葉も残している。
(2020/12/15)