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東京二期会オペラ劇場 ベートーヴェン生誕250周年記念公演《フィデリオ》|藤堂清

東京二期会オペラ劇場 ベートーヴェン生誕250周年記念公演《フィデリオ》
オペラ全2幕 日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
Tokyo Nikikai Opera Theatre / Beethoven Fidelio
Opera in two acts, Sung in the original (German) language with Japanese supertitles

2020年9月5日 新国立劇場オペラパレス
2020/9/5 New National Theatre, Tokyo
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)撮影:9月2日(ゲネプロ)

【スタッフ】        →foreign language
指揮:大植英次
演出:深作健太

装置:松井るみ
衣裳:前田文子
照明:喜多村 貴
映像:栗山聡之
合唱指揮:根本卓也
演出助手:太田麻衣子
舞台監督:八木清市
公演監督:牧川修一

【キャスト】
ドン・フェルナンド:黒田 博
ドン・ピツァロ:大沼 徹
フロレスタン:福井 敬
レオノーレ:土屋優子
ロッコ:妻屋秀和
マルツェリーネ:冨平安希子
ヤッキーノ:松原 友
囚人1:森田有生
囚人2:岸本 大
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 

東京二期会は7月11日の「スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート 希望よ、来たれ!」で公演を再開。このオペラ《フィデリオ》が舞台上演の再スタートとなった。8月15~17日の藤原歌劇団の《カルメン》、10月4~12日の新国立劇場の《夏の夜の夢》と、主なオペラ団体の公演が出揃うことになる。

指揮者として予定されていたダン・エッティンガーは来日不可能となり、大植英次に代わったが、演出が深作健太、装置、照明、映像なども国内組であったのが幸いしたかもしれない。装置も含め大幅な変更を余儀なくされたであろうが、さまざまな困難を乗り越えての上演、観客の一人として多いに感謝したい。
コロナの感染防止を目的とした演技が徹底され、歌手同士、距離を保ちながら、しかも相手と向き合うのではなく舞台正面を向いて歌う。歌いつつ移動するのは舞台に他の歌手がいない場合だけ。当然のことだが制約は多くなる。紗幕を降ろした中での歌唱となったが、客席への飛沫拡散を防ぐとともに映像や文字での説明に使用された。
オーケストラの奏者間での感染リスク低減のためであろう、ピットは浅く、最前列の観客席の高さほどまで上げられている。客席とオーケストラの間の仕切りは取り外されていた。オーケストラの編成は奏者間のスペースを取る都合もあってか、通常の《フィデリオ》より小さなものと見えた。
客席は「市松模様」、7月以来おなじみの光景である。

幕はかなり早くから上げられ、紗幕を通して “ARBEIT MACHT FREI” というアウシュビッツ強制収容所の門に掲げられた言葉が見える。ただし、最後に“?”が付け加えられている。
ドン・ピツァロ役の大沼がナチス監視員の制服で舞台前面を左右に歩きまわっている。指揮者が指揮台に立つと、彼は指揮者に “ARBEIT!” と命令、レオノーレ序曲第3番が始まる。この演奏の間、紗幕の裏ではピツァロ以外の歌手が寒さに震えている。レオノーレが手前でその様子を見ていて、意を決したように長い髪をバッサリと切り、舞台裏に回っていく。舞台ではピツァロの無意味な囚人へのいじめに、フロレスタンが怒りを隠せずにいる。ロッコが何度もなだめるが、他の囚人の殺害についに爆発、ピツァロを殴り倒す。起き上がり彼に銃を向けるピツァロ、そこに囚人服に着替えたレオノーレが現れ、フロレスタンの前に両手をひろげて立つ。背景に、ドラクロワの「民衆を導く自由」の映像。同時に大臣の到着を告げるラッパの音が響く。1945年の強制収容所の解放と重ね合わせ、オペラの筋書きを序曲の間にみせてしまう。

演出のキーワードは壁。第1幕のアウシュビッツの囲み、ベルリンの壁、第2幕ではイスラエルによるパレスチナの分離壁、トランプのメキシコとの国境の壁が舞台にそびえる。壁は分断の、拒絶の象徴。第2次世界大戦後の世界においても、多くの地域、さまざまな形で起こった紛争、当時の指導者の様子などを映像で流していく。
第1幕のアウシュビッツからの解放と帰郷、東ドイツのシュタージ(秘密警察)による監視下の生活とベルリンの壁崩壊、ここまでは読み替え演出としてある程度受け入れられた。だが、映像とそれを説明する文章の多用には閉口したというのが正直なところ。
第2幕のパレスチナを舞台とした場面、2001年の911以降の中東での戦闘シーンがつぎつぎと流される。ここでのオペラの役と演出上の設定との対応、どう位置付けていたのか筆者にはわからなかった。時系列的なつながりからも地政学的つながりからも理解することは困難と感じられた。ピツァロがナチスの鍵十字の腕章を巻いて登場することも、イスラエルのパレスチナに対して行っていることへの批判ととれるが、もっとストレートに出す方がよいのではないだろうか。
フロレスタンは朽ち果て散乱した “ARBEIT MACHT FREI” の中の文字を拾い集め “FREIHEIT” を作り上げようとする。ドン・フェルナンドが到着した知らせを聞いた後に、レオノーレが助け、完成させる。
シラーの「歓喜に寄す」を映し出し、壁を開いていきながら「戦後75年周年記念式典」の会場へと移行する。最後にすべての壁が開かれ、舞台奥深くまでまるく並んだ合唱団が見えるようになる。この場面、祝典として演出しているのかどうか悩む。ドン・フェルナンドがレオノーレに与えようとしたメダル(フロレスタンのくさりの鍵)を彼女は受け取りを拒否する。客席の方の電気も点けたことから、聴衆にも参加を促したとも思えるが、一体何に?
戦後75年を俯瞰し、その間の分断や弾圧とこのオペラを結び付けようとした意図は買うが、舞台に十分に反映できていたとは評価できない。

演奏面も十全とはいえなかった。
一番の不満は、指揮者大植の音楽にゆるみがあった点。近年では、2018年にチョン・ミョンフン=東京フィルハーモニーが、2019年にパーヴォ・ヤルヴィ=NHK交響楽団が、どちらも演奏会形式でこのオペラを取り上げている。この二人とは、音の彫琢や旋律の歌わせかたなどに差を感じることが多かった。
合唱は、最後の場面以外はその姿をみることはなかったが、かなりズレが聴こえた。人と人の間隔を広くとり、各歌手と客席との距離に差があった可能性はあるだろう。コロナ禍での合唱の難しさを感じさせた。

久しぶりのオペラ公演、舞台も、音楽もコロナの影響を受けたことは間違いない。演奏者、スタッフ、そして聴衆から感染者が出なかったことは、今後の公演を行う上で大きな希望をもたらすものとなるだろう。

(2020/10/15)

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<Staff>
Conductor:Eiji OUE
Stage Director : Kenta FUKASAKU

Set Designer : Rumi MATSUI
Costume Designer : Ayako MAEDA
Lighting Designer : Takashi KITAMURA
Video : Satoshi KURIYAMA
Chorus Master : Takuya NEMOTO
Assistant Stage Director : Maiko OTA
Stage Manager : Seiichi YAGI
Production Director : Shuichi MAKIKAWA

<Cast>
Don Fernando : Hiroshi KURODA
Don Pizarro : Toru ONUMA
Florestan : Kei FUKUI
Leonore : Yuko TSUCHIYA
Rocco : Hidekazu TSUMAYA
Marzelline : Akiko TOMIHIRA
Jaquino : Tomo MATSUBARA
Erster Gefangener : Yusei MORITA
Zweiter Gefangener : Dai KISHIMOTO

Chorus : Nikikai Chorus Group, New National Theatre Chorus, and Fujiwara Opera Chorus Group
Orchestra : Tokyo Philharmonic Orchestra