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フラックス弦楽四重奏団コンサート1. ≪系譜≫ 現代を生きる音楽Ⅱ −New Sounds from NY−|谷口昭弘

神奈川県民ホール 開館45周年記念一柳慧プロデュース
フラックス弦楽四重奏団コンサート1. ≪系譜≫ 現代を生きる音楽Ⅱ −New Sounds from NY−

2020年1月11日 神奈川県民ホール 小ホール
2020/1/11 Kanagawa Kenmin Hall, Small Hall
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihito Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>      →foreign language
フラックス弦楽四重奏団
  ヴァイオリン:トム・チウ (ヴァイオリン)
  ヴァイオリン:コンラード・ハリス (ヴァイオリン)
  ヴィオラ:マックス・メンデル (ヴィオラ)
  チェロ:フェリックス・ファン (チェロ)

<演目>
コンロン・ナンカロウ:弦楽四重奏曲 第3番(1987)
エリザベス・オゴネク:《ランニング・アット・スティル・ライフ》(2013)
トム・チウ:《レトロコン》(2015)
(休憩)
オリヴァー・《レイク:ヘイ・ナウ・ヘイ》(1998)
バルトーク・ベーラ:弦楽四重奏曲 第5番(1934)
(アンコール)
マイケル・ゴードン:《クラウディド・イエロー》(2010)

 

1998年に結成され、ケージやフェルドマン、ナンカロウなどのアメリカ音楽をはじめ、リゲティやクセナキスなど20世紀音楽全般に定評あるフラックス弦楽四重奏曲が、招待作曲家オゴスクを含むアメリカ音楽のみによるコンサートを催した。神奈川県民ホール開館45周年を記念した貴重な公演である。
コンサートはナンカロウの弦楽四重奏曲第3番から。第1楽章は対位法を駆使した構造ながら、協和音で多声音楽を組み立てようとは端から考慮していない無鉄砲さ、自由奔放さに感心させられる。そうなると、不思議と聴いている方は線ではなく、ぶつかり合ったり離れたりする点の方に耳を向けていってしまう。それもはたして狙い通りということなのか。第2楽章はハーモニクスとピチカートの混ざり合う冒頭から、アルコによる共鳴へとテクスチャが移り行く。音色は冷ややかな感触のはずなのに、総体としての音楽には暖かみを感ずる。最終楽章は美しいカオスの世界。トリルとアクセントの生々しさ、そしてカオスがユニゾンに収斂されて終わる辺りに、ナンカロウのプレイヤー・ピアノ作品につながる執念的な緻密さが聴けた。

オゴネクの《ランニング・アット・スティル・ライフ》は、ロサンゼルスからニューヨークの横断旅行の風景の移り変わりにインスパイアされた9分あまりの作品で、彼女の「持ち駒」の多さが武器になっている。リズミカルに前進するかと思いきや、立ち止まって思いを巡らしたり、流れに巻き込まれるかと思いきやモノローグが展開されたり。多弁的で活力ある作品だった。

トム・チウの《レトロコン》は、今回の公演では最も前衛的な試みを感ずる様式で、タイトルは「逆流する対流 retrograde convection」に由来するという。全楽器で持続するアルペジオの渦は、時間を巻き戻されているかのような空間を創出する。微分音も使われているようだ。やがて舞台上の音の渦は、壁のようになっていく。音域やダイナミクスを大胆に使い、やがて聴き手の感覚を麻痺させる。中間にアルペジオとメロディとの対比を垣間見た後、冒頭の音響体は終盤にも現れ、強いインパクトを残した。

コンサートの後半は、方向性が良い意味で定まらないオリヴァー・レイクの《ヘイ・ナウ・ヘイ》というスケルツォ風の作品に続き、バルトークの弦楽四重奏曲第5番がメイン。このバルトークでは、冒頭から熱烈な楽想が繰り広げられて緊迫感が持続する中、途中には楽隊による享楽の宴が繰り広げられるなど、第1楽章から、典雅さを残しつつ、高いテンションで音楽が進む。
薄い音の重なりあいに乗せて、艶かしいながら、淡々とした透明な歌が提示される第2楽章では、背後で繰り返されるグリッサンドとピチカートの怪しげな空気の中で、濃密な、そして無駄のない時間が作られる。第3楽章は変拍子の舟唄かと思えば、楽想が寄り集まって一体となった激しい舞曲風が登場。第4楽章は、ざらついた感触と、つややかな響きの描き分けが面白く、そして後半の狂気じみた展開まで、これも張り詰めた緊張感を持続する実力に唸らされる。
そしてフィナーレはしっかりと合った呼吸による迫真の合奏が大きなスケールとなり、滑らかなニュアンスにも富んでいた。やはり持続する集中力の高さに圧倒される。
アンコールのゴードン作品は機械的な繰り返しのエネルギー、そして汚れた感じがいかにもニューヨークのストレスフルな社会に生きるリアルな生き様を表している。

コンサート全体として現在のアメリカを感じさせる要素としては、前衛の抽象的美学で通す時代から、先鋭的な音楽語法でも標題を抱き合わせることによって聴き手の興味を喚起すること、あるいはより現代社会との結びつきを考えさせる作品が並ぶところだろうか。最後のバルトークは年代的に考えれば充分古典だし厳密にはアメリカ音楽ではないという主張も可能ではある。しかし彼の音楽の懐の深さと多様な様式の融合は、現在アメリカ音楽におけるポストモダニズム的価値観を考えさせる一つの枠組みであったのかもしれない。そんなことを、会場を後にして振り返った公演でもあった。

(2020/2/15)


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<Performers>
FLUX Quartet
 Tom Chiu, violin
 Conrad Harris, violin
 Max Mandel, viola
 Felix Fan, cello

<Program>
Conlon Nancarrow: String Quartet No. 3 (1987)
Elizabeth Ogonek: Running at Still Life (2013)
Tom Chiu: RETROCON (2015)
Oliver Lake: Hey Now Hey (1998)
Bartók Béla: String Quartet No. 5, Sz. 102, BB110 (1934)
Michael Gordon: Clouded Yellow (2010) (encore)