東京都交響楽団 第894回 定期演奏会Bシリーズ|藤原聡
東京都交響楽団 第894回 定期演奏会Bシリーズ
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra Subscription Concert No.894 B Series
2019年12月16日 サントリーホール
2019/12/16 Suntory Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏> →foreign language
東京都交響楽団
指揮:アラン・ギルバート
コンサートマスター:矢部達哉
<曲目>
マーラー:交響曲第6番 イ短調『悲劇的』
2016年7月の第5番、2018年7月の『巨人』(1893年ハンブルク稿/『花の章』付き)で都響と傑出した演奏を成し遂げたアラン・ギルバート、今回同オケとの3曲目のマーラーでは第6番『悲劇的』を取り上げた。この指揮者はロイヤル・ストックホルム・フィルと交響曲第9番を、ニューヨーク・フィルとは『復活』を録音しているが(こちらはDVD)、先に記した都響との演奏とも共通する特色としては知的なバランス感覚と精密さがあり、そしてそこに極めてエモーショナルな「揺さぶり」が渾然一体となっている点だろう。これがアランのマーラーを大変に優れたものとしているように思うのだが、一見古典的な相貌をまといながらもそれを内部から破壊していくかのような『悲劇的』という作品をアランがどう振るのか興味は尽きない。
第1楽章からアラン・ギルバートの特質は十全に発揮される。響きはタイトに引き締められつつも、単にスマートというだけではない線の太さをも兼備した音にいきなりやられる。第2主題への移行部に出現する例のイ長調→イ短調のモットーは一般的な演奏で聴くよりもトランペットにエッジを利かせて非常に鋭角的に奏され、これはティンパニについても同様。ここがさほど印象に残らない演奏もままあるのだが、アランの演奏では極めてアグレッシヴであり、それがそのままこの曲の構成を鮮やかに照射することとなる。第2主題は第1主題とは反対に極めて艶かしく大きな起伏をもって歌われるが、このコントラストの鮮やかなことと言ったら。また、この種のエモーショナルさと共に、先に記した「精密さ」の例としては木管楽器に要求される繊細な表情付けと精妙な音量バランスが上げられよう。豪快さに傾いて粗くなるでもなく、知的で繊細だが楽曲解説的に低カロリーの演奏に陥るでもなく、全く卓越したバランスである。フレージングも有機的で全てが「繋がって」いるように聴こえる。展開部でも迫力は十分ながら常に表現は抑制され、これが来るべき終楽章への布石となっているように思える。尚、再現部でのヴァイオリン・ソロの登場は異なるスコアの使用によるものだろうか。
第2楽章はスケルツォではなくアンダンテが配置されての演奏。ここでは都響の繊細で清潔な弦楽器群の威力が十全に発揮されるが、アランの指揮は特にヴァイオリンの表情に重層的なうねりを与え、かつそれを支える低弦の音量バランスを常に立体的に組み立てて行くので、決して平面的な合奏とはならずに膨らみがある。敢えて言うならば日本のオケはこういう音楽作りはどちらかというと不得手であろうが、この演奏からはそういうマイナス面はほとんど感じられない。楽章後半部~コーダに至るテンポを落としてのパッショネイトな高揚が誠に素晴らしい。ちなみにここでも楽章前半部に登場するホルンのソロに装飾音がない、などの音の相違がある。
先に記したように第3楽章がスケルツォであるが、この日の演奏でやや物足りなかったのがここか。流れが良すぎる感。そこここに散りばめられた地雷のようなスフォルツァンドやアクセントは割りに均された印象で、さらなるぎこちなさの演出と異常性が欲しい。これはトリオも同様。まあこれは好みの問題かも知れぬ。音楽的な水準は実に高い。
遂に終楽章、これはもう最初から猛烈なテンションで押す演奏で、どちらかと言えば抑制気味に演奏されて来たこれまでのパワーを十全に開放したかのよう。特に2度目のハンマー打撃の後からの強烈なアランの煽りとそれに見事に追従する都響のマーラー力(りょく)――今作った造語だが、ベルティーニやインバルの元で培ったマーラー・オケとしての場数の多さによる対応力/表現の引き出しの多さ――には恐れ入る。普通のオケであれば崩壊寸前かも知れない。先にも記したようにこの楽章の演奏、最初からトップギアを入れたかのような演奏だが、しかしその中で段階を踏んで徐々に高揚していく構成感もまた卓越している。こんな演奏であれば途中で息切れしてしまいそうなものなのに。珍しいことに終結部の前に3度目のハンマー打撃があったのだがこれは幾分抑え目のストロークであり、それが逆に効果的に響いていた。最後のイ短調和音も激烈かつ完璧なタイミングで決まる。しばしの静寂後熱烈な拍手、フライングはなし。
2011年にアラン・ギルバートが都響に初客演以来全ての演奏を聴いた訳ではないけれど、しかし聴くことの出来た演奏は若干のムラはあれどどれも凡庸さの欠片もない閃きに満ちたものばかり。とは言え、中でもマーラーは卓越している。願わくは今後もマーラーを取り上げて頂きたく、ここはひとつ全曲演奏を期待しておきたい。
(2010/1/15)
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<players>
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
Conductor: Alan Gilbert
Concert Master: Tatsuya Yabe
<piece>
G.Mahler: Symphony No.6 A Minor