キャロリン・サンプソン ~花に寄せて~|藤堂清
2017年12月6日 王子ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
キャロリン・サンプソン(ソプラノ)
ジョセフ・ミドルトン(ピアノ)
<曲目>
<さまざまなばらに寄せて>
パーセル/ブリテン:ばらの花よりも甘く
シューマン:私のばら Op.90-2(6つの詩とレクイエムより )
:ばらよ ばらよ Op.89-6(フォン・デア・ノインの6つの詩より )
クィルター:ダマスクのばら Op.12-3(7つのエリザベス朝抒情詩より)
ブリテン:ナイチンゲールとばら
グノー:薔薇の咲く頃
フォーレ:イスファハーンの薔薇 Op.39-4
<R.シュトラウスの初々しい花たち>
R.シュトラウス:ばらのリボン Op.36-1(4つの歌より)
:おとめの花 Op.22
1.矢車菊 2.けしの花 3.きづた 4.睡蓮
——————–(休憩)———————-
<花々のおしゃべり>
シューベルト:花の言葉 Op.173-5, D519
:森で Op.56-3, D738
シューマン:ジャスミンの茂み Op.27-4(リートと歌 第1集より)
:献身の花 Op83-2(3つの歌より)
:松雪草 Op79-26(子供のためのアルバムより)
<フランスの花束>
プーランク:花 Fp101-6
フォーレ:蝶と花 Op.1-1
:捨てられた花 Op.39-2
アーン:捧げもの
ドビュッシー:花 L84-3
ブーランジェ:去年咲いていたリラの花は
シャブリエ:ありったけの花
——————(アンコール)——————-
山田耕筰:からたちの花
シューベルト:野ばら D257
クィルター:深紅の花弁は眠りにつく Op.3-2
キャロリン・サンプソンは英国出身のソプラノ、バッハ・コレギウム・ジャパンのソリストとして来日も多く、またヨーロッパ、アメリカでは、コンサートだけでなくオペラの舞台でも活躍している。この日が彼女の日本での初ソロ・リサイタル。「花に寄せて」とサブタイトルにあるように、四つのブロックそれぞれ、花にちなむテーマを設けて歌われた。
最初のブロックは<さまざまなばらに寄せて>として、タイトルと詩に「ばら(薔薇)」が入る曲を選んでいる。パーセル(ブリテン編曲)から始め、歌詞は、英語、ドイツ語、ロシア語、フランス語と多様なもの。
最初の〈ばらの花よりも甘く〉では高音域が少し固く伸びを欠くように感じたが、続くシューマンの歌曲からは安定した響きが聴けた。サンプソンの声は、低音域から高音域までむらがなく、また音を伸ばすところ(〈ばらよ ばらよ〉の冒頭の”Röselein”など)での揺れも少ない。さらに弱声の美しさは表現の幅を拡げていた。
ブリテンの〈ナイチンゲールとばら〉は、プーシキンのロシア語の詩に(ロストロポーヴィチの指導のもと)付曲されたものだが、もう少しごつごつした肌ざわりが欲しいように思われた。それに対しこのブロックの最後の二曲のフランス語の歌曲、とくに〈イスファハーンの薔薇〉は言葉の響きを活かした歌であった。
つづく<R.シュトラウスの初々しい花たち>は、彼女の高音のテクニックが活きる歌。歌曲集〈おとめの花〉は女性のタイプを花に例える4曲からなる。動きの大きな〈けしの花〉、しっとりとした〈きづた〉、対照的でありながら大きな跳躍や高音域の弱声を要求される点では共通する。それをいともたやすく乗り越えていく。ドイツ語も聞きとりやすい。
後半の最初のブロックは<花々のおしゃべり>と名付けられ、シューベルトとシューマンの歌曲で構成されている。シューベルトの〈花の言葉〉、〈森で〉では特定に花を取り上げるのではなく、美しさ、儚さ、それがもたらすものといった、抽象的な存在としての花が歌われる。サンプソンの透明感のある声が旋律線を引き立たせる。シューマンの3曲はリュッケルトの詩による作品。詩のリズムを大切にし、歌詞がはっきりと浮き上がるように歌う。
最後は<フランスの花束>と題し、フランスの作曲家の作品でまとめられた。このブロックのフランス語の歌曲は、作曲家による違いが大きく、歌手の表現力の多様性が試されるもの。彼女は的確にそれを行い、言葉の響きも前のブロックとは変えていた。
アンコールで日本語の歌を歌うのではと思っていたのだが、予想どおり〈からたちの花〉が。ただ教えられた歌詞の読みをつないでいっただけでなく、歌詞の意味をも伝えようという歌唱であった。
43歳のサンプソン、今後は歌曲にも力を入れていきたいとのこと。フェリシティ・ロット等の英国系の歌曲歌いの系譜をついでいくことを期待したい。
ピアノのジョセフ・ミドルトンも彼女の歌にしっかりと寄り添った演奏を聴かせてくれた。ジェラルド・ムーア、ジョフリー・パーソンズ、グラハム・ジョンソンといった、こちらも英国系の歌曲ピアニストの継承者として今後の活躍を見守りたい。
このリサイタルでは曲ごとに拍手をする聴衆が一人いた。演奏者も他の多くの聴衆もブロックごとに拍手と考えていたのだろう。初めのうちこそ何人かが続くこともあったが、サンプソンとミドルトンの反応を見てやめるようになっていった。それにもかかわらず、一人だけ最後まで続ける。せっかく用意されたブロックごとの歌のつながりが、その拍手で切られてしまい、少し残念な思いが残った。
(2018/1/15)