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英国ルネサンスの至宝 チューダー王朝の宗教音楽|大河内文恵

英国ルネサンスの至宝 チューダー王朝の宗教音楽

2026年1月18日 千葉市美術館さや堂ホール
2026/1/18  Chiba City Museum Sayado Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
写真提供:ルネポリ

<出演>        →foreign language
ソプラノ:夏山美加恵 鈴木美登里
アルト:青木洋也 望月裕央
テノール:大野彰展 渡辺研一郎
バス:小笠原美敬 阿部大輔

<プログラム>
『イートン・クワイヤブック』より
天の星          ウォルター・ラム
アヴェ・マリア      ウィリアム・コーニッシュ
サルヴェ・レジーナ    ロバート・フェアファクス

『カンツィオネス・サクレ(宗教歌集)』より
おお光より生まれし光       トマス・タリス
世の救い主よ            トマス・タリス

~~休憩~~

主よ、憤りをもてわれを責めたもうなかれ     ウィリアム・バード
いざ我ら主に向かいて喜び             ウィリアム・バード
いつわが悲しみの溜め息は収まるのか      トマス・タリス

『カンツィオネス・サクレ(宗教歌集)』より
星々の支配者                ウィリアム・バード
主を愛すべし                 ウィリアム・バード

喜べ、栄光ある神の御母           トマス・タリス
(アンコール) Ave verum corpus       ウィリアム・バード

 

英国ルネサンス音楽への解像度が一気に上がった。薔薇戦争に勝利したヘンリー7世から、かのヘンリー8世を経てエリザベス1世まで続いたチューダー王朝は、ヘンリー8世から始まる、イギリスにおける宗教改革、すなわち英国国教会への道のりとほぼ重なる。この時代の音楽は日本でも人気があるタリス・スコラーズなどの団体によって演奏される機会があり、よく知っていると思い込んでいたが、それが大きな誤解であることに気づかされた。

プログラムは1500年頃にイートン校のためにつくられた『イートン・クワイヤブック』と1575年に出版された『カンツィオネス・サクレ』を大きな柱としている。両曲集は50年ほどの年代差があり、宗教改革の前と後という時代の違いもあって、英国ルネサンスの音楽が一枚岩ではないことを物語る。

古い時代のイギリスの音楽というと、まずジョン・ダンスタブルが思い浮かぶが、彼が活躍したのは15世紀前半で、そこからタリスやバードの時代まで約100年の開きがあることに、『イートン・クワイヤブック』を聴くことで気づかされた。音楽史は大陸を中心に語られることが多く、イギリスについては途切れ途切れになるために、この空白期間にこれまでまったく気づいていなかった。

『イートン・クワイヤブック』の3曲は、クワイヤブック(聖歌隊本)、すなわち全員で一冊の大きな楽譜を取り囲んで、それを見ながら歌う形を取っており、いずれも模倣によらないポリフォニーが展開されている。声部ごとにネウマ譜で書かれているものをそれぞれが見て歌っているゆえに、1声部ずつが独自の揺らぎを持っていて、それがかわるがわる、まるで波のように押し寄せてくる。さや堂ホールの残響の多い響きもあり、音の波に心が揺さぶられた。

3曲目のサルヴェ・レジーナでは、2~3声のところと全員でコラールのように歌うところが交互に出てくる。ここでコラールと思ってしまったところで、自分の耳がドイツ・バロックに毒されているなと気づいた。

続く2曲は『カンツィオネス・サクレ』より、タリスの2曲。長いメリスマに支配された『イートン』スタイルとは違い、シラビックにさくさく進む《おお光より生まれし光》は、不協和音が精巧なガラス細工を思わせる。《世の救い主よ》は同じくシラビックながら、模倣ポリフォニーで書かれているので、趣が異なる。と同時に、『イートン』の模倣によらないポリフォニーとの違いがあぶり出される。

後半は英語の作品3曲から始まる。前半のラテン語と比べて、英語だと子音が多く、言葉の響きが軽くなる。とくに2曲目の《いざ我ら主に向かいて喜び》は軽やかなリズムや3拍子になるところで喜びが表現され、英語の歌の良さが際立つ。3曲目の《いつわが悲しみの溜め息は収まるのか》は本プログラム唯一の世俗曲ではあるが、悲しみや苦しみを歌いつつ、それが希望につながるまで生きるのだと最後には嘆きではなく、決意表明となるところにぐっと来た。

ラテン語に戻って、バードの《星々の支配者》では、ホモフォニック様式で書かれている前半は少人数と全員との交代で進み、ポリフォニックになる後半は全員でというように、工夫されていた。つづく《主を愛すべし》には4声の楽譜を逆からも読んで8声になるという仕掛けがあり、重厚な響きを堪能した。

最後はタリスの《喜べ、栄光ある神の御母》。20分ほどの大作ではあるが、『イートン』スタイルの模倣によらないポリフォニーで書かれており、また声部が増えたり減ったりすることで変化がつけられており、響きの波に身を委ねている間に終わってしまい、まったく長さを感じなかった。むしろ、時間感覚がなくなり、自分が歌の一部になったような、あるいは宇宙の一部になったような心持ちがした。

宗教改革と対抗宗教改革は反目し合っているように見えるが、歌詞の聞き取りやすさを重視するという方向性は共有している。複雑な音楽がさまざまなやりかたで避けられることにより、歌詞の聞き取りやすさは向上するが、それは信仰心の向上につながるのだろうか? ひょっとしたら、わかりやすさは自らの足元を自ら崩していることになりはしないかと背筋が凍りついた。

今回の8人のメンバーは、1つのグループから成るのではなく、普段はそれぞれ別のアンサンブルで活動しており(鈴木と小笠原が「ラ・フォンテ・ヴェルデ」のメンバーであることだけは例外)、個々に共演経験はあるだろうが、このメンバーで揃うのは初めてなのではないか。若手からベテランまで年代もさまざまである。にもかかわらず、長年一緒に音楽をやってきた仲間のようなアンサンブルのよさであった。クワイヤブックでない4曲目からは、それぞれが自分のパート譜を持って、中心で内向きの円の形で歌われたことで、彼らの声が円の真ん中で溶け合って、天井から降ってくるように感じた。
<イギリスの宗教音楽というと、タリスの透明な響きをイメージしがちだが、今回のアンサンブルでは、ソプラノやアルトの高い音だけでなく、バスの低音の響きが重要な構成要素となっていることを実感した。これまで聞いていたのは、漂白されたイギリス音楽だったのか? 画一的なイメージの外側にもっと豊かな音楽世界があることを実感した一夜だった。

(2026/2/15)

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<player>
Superius: NATSUYAMA Mikae, SUZUKI Midori
Altus: AOKI Hiroya, MOCHIZUKI Hiroo
Tenor: OONO Akinori, WATANABE Ken-ichiro
Bassus: OGASAWARA Yoshitaka, ABE Daisuke
Programme Note: NASU Teruhiko

<program>
Eton Choirbook:
Stella Caeli Walter Lambe
Ave Maria William Cornysh
Salve regina Robert Fayrfax

Cantiones sacrae (1575):
O nata lux Thomas Tallis
Salvator mundi Thomas Tallis

–intermission—

Lord in thy wrath reprove me not William Byrd
Come let us rejoice unto our Lord William Byrd
When shall my sorrowful sighing slake Thomas Tallis

Cantiones sacrae (1575):
Siderum rector William Byrd
Diliges Dominum William Byrd

Gaude gloriosa Dei Mater Thomas Tallis

(Encore)Ave verum corpus William Byrd