瞬間(とき)の肖像|黒田博&黒田祐貴|長澤直子



Hiroshi Kuroda & Yuki Kuroda (Baritone Duo) 2026年1月30日 浜離宮朝日ホール
黒田博&黒田祐貴 デュオリサイタル
Hiroshi Kuroda & Yuki Kuroda Baritone Duo Recital
Photos and Text by 長澤直子 (Naoko Nagasawa)
フレームに収まらない二つの声―継承と相克のバリトンデュオ
ステージに並び立つ二人のバリトン。
親子であるという前提を置いても、舞台上の二人から「似姿」を見ることはなかった。同じ舞台に立ちながら、二人の間には、意識的に距離が保たれているようにさえ見える。
しかし、その「似ていない」二人の声が一つの旋律に重なるとき、どちらがどちらを歌っているのか、その境界が不意に曖昧になる瞬間があった。それは単なる二重唱を越え、ひとつの生きものとして発声されたものとも思える。互いの呼吸を探り、間合いを測りながら声を重ねていくその姿からは「親子」という関係に寄りかかる気配はあまり感じられない。
一方で、打ち合わせなしの脱線や、不意に差し込まれる笑いのタイミング、その瞬間に互いの目を見合わせるでもなく、当然のように遊びへと転じる身軽さ。演奏の合間に交わされる視線や、ふとした表情に親密さがにじむ瞬間。そこには、師弟やライバルといった言葉を追い越し、同じ血を引く者だけが共有する「本能の共犯関係」が確かにあった。
当然ながら、骨格も年齢も異なる二人である。にもかかわらず、身体的な拍動が、驚くほど重なる。似ていないはずの二人の身体から、同じ質感の響きが溢れ出し、重層的なバリトンとなってホールを揺らすのだ。声質の近さが、安心感ではなく、むしろ緊張となって耳に届くこともある。
この夜目撃したのは、完成されたアンサンブルの調和ではなかった。時には対立し、時には手を携え、最後には理屈を越えたユーモアで場をさらっていく。そのちぐはぐともいえる強固な「二つの声のぶつかり合い」こそが、何にも似ていない唯一無二の肖像だった。受け継がれてきたものと、それを超えようとする意志とが、音楽という場で真正面から衝突する、その瞬間の肖像を見た。
(2026/2/15)
黒田 博 & 黒田祐貴 バリトン・デュオリサイタル2026
2026.1/30(金)19:00 浜離宮朝日ホール
出演
黒田博(バリトン)、黒田祐貴(バリトン)、大貫瑞季(ピアノ)
曲目
~ 日本のうた ~
團伊玖磨:花の街
山田耕筰:待ちぼうけ、赤とんぼ、からたちの花、鐘が鳴ります
~ 昭和の子どものうた ~
平井康三郎:とんぼのめがね
中田喜直:めだかのがっこう、大きなたいこ、かわいいかくれんぼ、とんとんともだち
團伊玖磨:ぞうさん、やぎさんゆうびん
大中恩:おなかのへるうた、いぬのおまわりさん
芥川也寸志:小鳥のうた
越部信義:おもちゃのチャチャチャ
高嶋圭子:せなかのさかみち、いろはにつねこさん
~ リクエスト曲のコーナー ~
~ 名歌劇のアリア&重唱 ~
モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》より「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」
歌劇《フィガロの結婚》より「目を見開け!男どもよ」
ワーグナー:歌劇《タンホイザー》より「夕星の歌」
コルンゴルト:歌劇《死の都》より「私の憧れ、私の空想(ピエロの歌)」
ヴェルディ:歌劇《リゴレット》より「悪魔め、鬼め」
チャイコフスキー:歌劇《スペードの女王》より「あなたを愛しています」
ドニゼッティ:歌劇《ドン・パスクワーレ》より「静かに、静かに」