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小人閑居為不善日記|彼方からの手紙──40年目の《バック・トゥ・ザ・フューチャー》|noirse

彼方からの手紙──40年目の《バック・トゥ・ザ・フューチャー》
A Letter from Beyond ── Back to the Future 40 Years On

Text by noirse:Guest

《バック・トゥ・ザ・フューチャー》シリーズ、《バトルランナー》、《ランニング・マン》、《ビッグ》、《トム・ハンクスの大迷宮》の内容について触れています

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1月末、キャサリン・オハラが亡くなった。喜劇を得意とする女優だが、当たり役と呼べるのはクリスマス映画の定番となった《ホーム・アローン》(1990)の、ケビン少年の母親役だろう。わたしはケビンを演じたマコーレー・カルキンと同世代で、《ホーム・アローン2》(1992)は映画館で見た記憶がある。わたしはそのころからテレビやレンタルビデオで映画を見ることを好んでいたが、それまで見たものと比べても少し違った、新鮮な作品だと感じていたと思う。

だがわたしより上の世代では捉えかたが違ったようだ。十代から二十代のあいだ1980年代のハリウッド映画に親しんできたというある映画評論家が、Xでこのようにつぶやいていたのを見かけたことがある。それは──大まかな記憶により仔細は異なるかもしれないが──ジョン・ヒューズがなぜ《ホーム・アローン》のようなくだらない映画を製作した」のかわからないと、そういう言葉だった。

《ホーム・アローン》の監督は当時はまだ若手で、のちに《ハリー・ポッターと賢者の石》(2002)をヒットさせることになるクリス・コロンバス。けれども実質この映画の仕掛け人と言えるのは、脚本と製作を務めたジョン・ヒューズだろう。ヒューズは80年代青春映画の最高傑作と呼ばれる《ブレックファスト・クラブ》(1985)を手掛けた監督で、最新のカルチャーを取り込み、当時の十代の少年少女の恋や悩みを軽快に語るスタイルで一世を風靡した。70年代のアメリカ映画はニューシネマを引きずったものが多数を占め、リアリスティックで重々しく華やかさに欠ける点がある。誕生から10年以上の年月を経過したニューシネマの有効期限はとっくに過ぎていて、その更新を図ったひとりがヒューズだった。

そのようなヒューズ映画と共に若かりし時期を駆け抜けたのであれば、《ホーム・アローン》に失望したのも無理はない。子供向けのファミリー映画というのもあるが、10歳にも満たない子供がゲーム感覚で罠を仕掛けて泥棒を退治するという物語は、青春映画の刷新に賭けたヒューズの新展開としてふさわしくないと感じられたはずだ。

けれどもカルキンと同世代のわたしには、ヒューズの目論見はよくわかるように思えた。ゲームのような感覚を映画に持ち込みたい、これが80年代の先端を駆け抜けた監督の、鋭敏なアンテナが察知した方向性だったのではないか。そしてその判断が正しかったことを、現在の《ホーム・アローン》の評価は証明している。このとき、既にゲームのルールは変わっていたのである。

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80年代後半から90年代にかけてのアメリカ映画を熱心に追いかけていたわたしのような人間にとって、とりわけ忘れ難い作品のひとつが《バック・トゥ・ザ・フューチャー》(1985)であるのは言うまでもないだろう。80年代映画の金字塔として今でも愛され、昨年末には公開40周年を記念してIMAX上映が企画された。わたしも先日やっと見て、帰宅後あらためて《バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2》(1989)と《バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3》(1990)も──これまで2、30回は見ているのだが──再見してしまった。

本作の人気は不動ではあるものの、現在の評価は複雑なものとなっている。ノスタルジアとアメリカンドリーム、技術革新という要素が、折しも当時のレーガニズムの方針と同期しているからだ。実際に本作はレーガンのお気に入りの映画だったことでも知られている。また黒人や女性を巡る描写にも問題があり、それらの点においては必ずしも褒められたものではない。昔はよかった、だから今をそのように書き換えるべきという、「歴史修正」主義的映画なのである(高橋ヨシキ、てらさわホーク《ヨシキ×ホークのファッキン・ムービー・トーク!》)。

そうした点に異論はない。けれどもこの映画の真価がそのような側面だけで推し量れるかと言えば、それはまた別の話だ。本作の最大の特徴は、当時のテレグラフ誌の記者が「緻密」、タイムアウト誌が「完璧」と評した構成の見事さにある。タイムスリップというややこしい設定を扱いながら、隅から隅まで考え抜かれ、最後に納得のいく着地を迎える──もちろんタイムスリップ作品として、正確を期すればいくつもの矛盾を抱えてはいる──「完璧さ」は、特に何度もテープを巻き戻し、細部を確認して楽しむことが習慣化していたビデオ世代にはしっくりくるものだった。もちろんそれまでの映画でも伏線やその回収、辻褄合わせは重要ではあったが、これほど細部にまでこだわることはほぼなかった。「巻き戻す」楽しさが「過去に戻る」という物語と一致する《バック・トゥ・ザ・フューチャー》は、アメリカ映画の大きなゲームチェンジャーだったのだ。

2000年に刊行された対談集《ロスト・イン・アメリカ》の中で、昨年末に亡くなった批評家の安井豊作(当時は安井豊)は、1985年以降のアメリカ映画が、「作り手が、構造から発想して、人工的で自律的な世界を構築する」ように、構造を重視するようになったと述べている。確かに、無害な物語やハッピーエンドよりもアメリカの現実を見据えることを重視したニューシネマから、今に繋がる、よくも悪くも「製品」的な現代ハリウッド映画への変化において、構造の重視という指摘は妥当に思える。

映画のみでなく、たとえ物語が弛緩しても連載を重ねることをよしとした過去のジャンプマンガと、読者の好みを鋭敏に察知し、いかに人気のある作品であろうと必然性があればきちんと完結させる今のジャンプ作品とを比べると、複数の現場で構造を優先させるという変化が訪れたのかもしれない。安井はそれを当時《エイリアン2》(1986)などを手掛けていたジェームズ・キャメロンと結びつけ「キャメロンの時代」と呼んでいたが、わたしはむしろ、まさに1985年に公開された《バック・トゥ・ザ・フューチャー》にふさわしいと思っている。

美術家の大岩雄典が〈時空間のホラー:怪奇なアルゴリズムとぞっとする時差〉(《早稲田文学》2021年秋号)で、映画研究者のウォーレン・バックランドが提唱する「パズル映画」という概念を紹介している。そこでは《パルプ・フィクション》(1994)や《オープン・ユア・アイズ》(1997)、またデヴィッド・リンチやクリストファー・ノーランのいくつかの作品を「語りの複雑さのラディカルな形式」を備えた映画として取り上げているが、《バック・トゥ・ザ・フューチャー》はその先駆的作品と言えよう。

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《バック・トゥ・ザ・フューチャー》はパズルのような作品だが、80年代の映画にとって、ゲームというキーワードも重要だ。筆頭は《ウォー・ゲーム》(1983)で、ギーグの少年が最新のゲームだと勘違いして国防省にクラッキングしてしまったことで核戦争の危機が迫るというもの。コンピュータの中では別のルールが走っており、それが現実と同期していくという世界観は、細田守の《デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!》(2000)や《サマーウォーズ》(2009)の参照元でもあり、《ウォー・ゲーム》のテーマが80年代の先端だったことを裏付けている。昨年にシリーズ最新作《トロン:アレス》が公開された《トロン》(1982)もこのタイプだ。

しばらく前から80年代ブームが続いているが、その中でも最も大きい成功を収め、先日遂にシリーズ完結を迎えた《ストレンジャー・シングス 未知の世界》(2016-2025)も同じ観点から見ることができる。「裏側の世界」と接点を持ってしまった少年少女の戦いと成長を描いたドラマで、80年代カルチャーをふんだんにあしらった作風が爆発的に受けて、Netflixを代表するヒット作品となった。この作品はダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)──テーブルトークRPGの先駆けで、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーもその影響下にある──で遊ぶ少年たちのシーンから始まるのだが、要は彼らは学校に居場所のないオタクで、D&Dの向こうに異世界を夢見ており、「裏側の世界」はその顕在化と言える。

このように現実とゲームが別の世界として繋がっているという感覚は、ゲームをモチーフとした作品の特徴だ。《バック・トゥ・ザ・フューチャー》は一見ゲームとは無縁のようだが、25年後の未来でマーティが買ったスポーツ年鑑の影響で現実が書き換わってしまったという《PART2》は、スポーツというゲームが異なった世界を呼び込んでしまったと見ることができる。また《PART3》で見事な射撃の腕を見せるマーティの才能は、《PART2》で触れられている通りゲームで鍛えられたものである。この作品ではゲームと現実は交差するものであり、それによって事態は大きく変わっていく。

現実とゲームが混在する地点。公開されたばかりの映画《ランニング・マン》(2025)は、格差が広がった近未来で実施されるデスゲームを描く。子供の病気の治療費を賄うため、主人公のベンは莫大な賞金がかかったリアリティショーに出演することにする。それはハンターから逃げ続けるという番組で、観客は残酷に殺される出演者を見ることで現実の憂さを晴らしている。ベンは逃亡を続けながら、そのうち番組そのものの破壊を目論むようになる。

原作はスティーヴン・キングがリチャード・バックマン名義で発表した《バトルランナー》(1982)で、1987年にも一度映画化されている。資本主義の行き着く果てのデスゲームという物語は、やはり80年代的なゲーム映画のひとつと言えるだろう。1987年版の《バトルランナー》は原作からやや遊離したアクション映画だったが、《ランニング・マン》は現在のSNS文化を反映しつつ、ディストピアSFとして再編されている。

けれども結局前作とさほど変わらない印象を受けるのは、資本主義下のデスゲームから逃げ続ける、ランニング・マンであり続けることの困難に起因するだろう。《バトルランナー》のベンも《ランニング・マン》のベンも、映画の最後には番組の責任者に制裁を与えて終わる。けれども、だからといってデスゲームを要請する社会が変わるわけではない。《バトルランナー》ではテレビを通して、《ランニング・マン》ではネットによってゲームの主催者が偽っていた「真実」を暴き、大衆を味方にすることで復讐を遂げるが、それも結局ゲームのルールに則って、盤面の敵を欺くことに成功しただけに過ぎない。

ベンがデスゲームの仕掛人を叩き十分な報酬を得たとしても、その後はまた別のゲームの中に組み込まれることを受け入れるか、もしくは永遠に逃げ続けるしかない。そしてもしベンが逃亡を選んだとしてもその先に出口などないことは、《バトルランナー》から40年以上経過した《ランニング・マン》においてもベンが同じようなデスゲームに絡め取られているという事実が残酷なまでに証明している。

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先ほど触れた「パズル映画」として紹介されている作品のひとつに《インセプション》(2010)がある。他人の夢の中に入り込み、まだ潜在意識下にしか存在しないアイデアを盗み出すスパイを主人公にした映画で、意識の階層を降りていくごとに次々と舞台が変わるというものだった。

この作品について批評家のマーク・フィッシャーは、夢が「私的な精神病理学によって処理される空間であることを止め、競合しあう企業の利益が凡庸な闘いを繰りひろげる舞台と化して」おり、「『あらかじめ咀嚼された潜在意識』は、古い無意識のもつ極度の切迫性や物憂げな平衡状態を、パニックのなかでの追走劇やひとに慰めを与える親しみやすさへと変えてしま」い、「捕食的なビジネスの暴力が、いたること(原文ママ)に存在している」ゆえに、「自我はもうみずからの家の主人ではな」くなっていると述べ、さらにこう論じる(《奇妙なものとぞっとするもの──小説・映画・音楽、文化論集》)。

ようするに、けっきく(原文ママ)そこには、伝統的な意味での「夢」は存在していないのである。『インセプション』の夢のなかに登場するデザインされたヴァーチャル・スペースは、そこに組みこまれた「階層」も含めて、あきらかに、夢と呼ばれるものよりも、TVゲームに似ている。マーケティングの対象が神経系にまで及んでいる時代にあって、われわれは、ブランディング・コンサルタントや、広告代理店や、ゲーム産業によって包囲された文学、J・G・バラードが「ありとあらゆる種類の虚構」と呼んだものによって支配されている。

そして、つまるところ「われわれの惨めさは、われわれの夢や、車や、冷蔵庫と同様、じっさい、多くの匿名的な力によって生みだされて」いるのであって、それゆえに「気がつけば終わりのないカー・チェイスをするはめになる」と続ける。《ランニング・マン》の終わりのない逃亡はまさにこの通りであり、それは《ストレンジャー・シングス》を巡る状況も同じだ。

《ストレンジャー・シングス》は、ある時期から登場する80年代コンテンツを計画立てて散りばめるようにしており、それによりケイト・ブッシュの〈Running Up That Hill〉(1985)やデヴィッド・ボウイの〈Heroes〉(1977)を再度チャートインさせ、コーラやワッフルを売り、ゲームやファッションブランドなどとキャンペーンを張って成功へと導いていった。少年たちが夢見た異世界は「ブランディング・コンサルタントや、広告代理店や、ゲーム産業によって包囲された」ものであって、ひと皮めくれば、そこには終わりのない惨めな世界が広がっているだけなのだ。

その萌芽は《ホーム・アローン》でも確認できる。《ホーム・アローン》はゲームという意匠こそ纏ってはいないが、泥棒を撃退する罠の多くは玩具によるものであり、子供の遊戯の延長線上で家を守るという、本来は大人が務めるべき戦いが控えていることを指し示す。さらに《ホーム・アローン2》のケビンは、玩具店の売上を守るため泥棒と応戦することになる。ケビンはまだ子供にもかかわらず、資本主義の警備人として社会の前衛に立たされる羽目に陥るのである。

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もうひとつ、80年代ゲーム映画の隠れた名品を紹介しておこう。トム・ハンクスはしばしばゲーム映画の主人公を務めてきた俳優で、初期の代表作である《ビッグ》(1988)もそのひとつだ。主人公はゲーム好きの少年なのだが、遊園地の魔術めいたコインゲームのレバーを引いたがために大人になってしまう。彼は生きるために玩具の会社に入社するが、子供の心を持つゆえに玩具との適性がよく、とんとん拍子に出世していく。だがそれゆえに社会の論理に流されるようになり、子供の心を失うことになる。これもまた資本主義というゲームとの親和性を感じさせる作品だった。

しかし特筆すべきは《トム・ハンクスの大迷宮》(1982)だ。とあるTRPGを愛好する大学生グループ4人のうち、ハンクスは兄の謎の失踪に苦しむロビーという男を演じている。ある日、グループのひとりが現実をゲームに書き換えるため、実際に洞窟でプレイすることを提案する。ロビーは気が進まないまま洞窟に足を踏み入れるが、暗闇の中でフラッシュバックに襲われ、自らをゲームの中の登場人物、パーデューだと思い込んでしまう。精神のバランスを崩した彼は夢の中で、ゲームの舞台である「二つの塔」へ行けというメッセージを受け取り、単身ニューヨークへ向かう。ロビーはワールドトレードセンターこそ二つの塔であり、その上から飛び降りればゲームをクリアできると信じる。TRPGグループの友人たちも、救出のためにワールドトレードセンターへ駆けつける。

トム・ハンクス主演でありながら《大迷宮》の知名度は低い。日本語のWikipediaのトム・ハンクスのフィルモグラフィにも記載がないくらいだ(ページ自体は存在する)。ハンクスが売れる前の作品だし監督も無名だからだろうが、もうひとつネガティブな理由がある。この映画の原作は、実際にD&Dで遊んでいて、その後洞窟に向かったのを最後に失踪した、実在した学生をモデルにしている。この事件はD&Dと失踪とが結びつけて報じられ、「ゲームと現実の違いが分からなくなった学生が洞窟へ冒険に向かってしまい姿を消した」という筋書きの都市伝説に姿を変えてしまった。

学生はその後発見され、彼の失踪とD&Dとは関係なかったことが明らかになったが、多くの人々にゲームへの先入観を与えてしまう結果になった。ゲームが人を狂わせてしまうという誤った認識に則った都市伝説をもとにした、大げさに言えばいわくつきの作品であるため、《大迷宮》はハンクスの代表作にはなり得ないというわけだ。

けれどもわたしは、この映画を忘れることができない。ロビーにとって、苦しみに満ちた社会からの出口はゲームの世界にしかない。フィッシャーはそうした事態を絶望的に捉えるが、現実に耐えられず虚構に救いを求める気持ちはよく理解できるし、そこにのみしか幸福を見出せないことを完全に否定することもできない。

とりわけこの映画のラストシーンは、トム・ハンクスの数ある名作にも劣らない、いやそれ以上の感興を抱かせるものだった。3人の友人は、ワールドトレードセンターから飛び降りようとするロビーを救うことに成功した。それからしばらくして、それぞれの夢に向かって歩み始めた3人はロビーの様子を見るため彼の家に向かうことにする。ロビーは緑豊かな環境のもと静かに暮らしていて、その表情は憑きものが落ちたように晴れやかだ。だが彼はかつての友人たちをゲームの登場人物の名前で呼び、冒険に出かけようと誘う。ロビーは正気に戻らなかったのだ。柔らかな陽光に照らされた、他に誰ひとりいない美しい森と湖水を背景に、もっとも彼と親しかったガールフレンドのモノローグで映画は終わる。

そして私たちはまたプレイした
最後のゲームを
地図もサイコロも怪物も関係なかった
パーデューには怪物が見えていた
私たちには見えなかった
私たちが見たものは絶望と
友達を失った事実だった

これで80年代に端を発するゲーム映画の終着点がどこにあったか分かるだろう。ゲームの先には異なった世界があり、それが時に不気味に、時に肯定的に描かれていく。けれども結局その先には、資本主義が要請する、出口のないデスゲームが広がるだけだ。そして《ストレンジャー・シングス》や《ランニング・マン》、《インセプション》などの作品は、そのデスゲームの拡張には寄与しても、それへの有効な答えなど持ち合わせてはいないのである。

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このようなゲームの出口に対して、これ以上付け加えることはない。けれどももう一度《バック・トゥ・ザ・フューチャー》に立ち返ることで、このような状況に関して別の視点を付け加えることはできるかもしれない。たとえば批評家の廣瀬純は、「30年前にタイムスリップした主人公が1985年という”未来”の出来事のすべてを、たんなる『未来形』ではなく、英語文法における未来完了(will have done)、フランス語文法における『前未来』、あるいはイタリア語文法における『先立未来』という特殊な時制によって、語らなければならなくなる」ことに着目し、同じように「《Futur anterieur》すなわち文字通り「前未来」という」雑誌を編集していたアントニオ・ネグリと重ねていく(《蜂起とともに愛がはじまる 思想/政治のための32章》)。

いわく、「ネグリがつねに前未来で語るということそれ自体、すなわち、彼の思素(原文ママ)がつねに『未来への帰還』としてあるということ」にあり、「ネグリが前未来という時制に見出す機能」の「ひとつは”予示”であり、もうひとつは”先取り”」で、「”予示”とは、現在のただなかに未来の萌芽を読み取ることによって、未来それ自体をそっくりそのまま現在のただなかに召喚する振る舞いのことであり、”先取り”とは、そのように現在のただなかに召喚された未来を敵に先んじでおのれのものにする振る舞いのこと」と述べる。つまり、常に「前未来で語る」ことによって事態を先取りし、国家や資本主義の先手を打つということだ。

たしかに《バック・トゥ・ザ・フューチャー》は、事態の先を見据えることで未来を勝ち取る物語でもあった。しかし廣瀬がこのように論じたのは10年以上前のことだ。現在の社会状況は当時からは想像もできないほど混迷を深めており、今のカオスな事態の先を読むことができる人間はそうそういるまい。

そこでもうひとつの文章を取り上げておきたい。堀田善衛は〈未来からの挨拶──Back to the Future〉というエッセイで、ホメロスの《オデュッセイア》の一節と《バック・トゥ・ザ・フューチャー》とを結びつけてみせる(《天上大風 全同時代評 1986年──1998年》)。

── the only one who sees what is in front and what is behind.
──この人だけが前の方にあるものと、背後にあるものとを見る(ことが出来る)。
ところで、この一句につけられた訳註によると、古ギリシアでは、過去と現在が(われわれの)前方にあるものであり、従って(われわれが)見ることの出来るものであり、(われわれが)見ることの出来ない未来は、(われわれの)背後にあるものである、と考えられていた、というのである。
これをもう少し敷衍すれば、われわれはすべて背中から未来へ入って行く、ということになるであろう。すなわち、Back to the Futureである。

MAGAの例を挙げるまでもなく、保守ポピュリズムの政治家が過去の栄光を謳って支持を集めていることは言うまでもない。けれども堀田がここで言っていることはそういうこととはまったく異なる。堀田は続けて、「過去と現在こそが、われわれの眼前にあるものであって、それは見ようとさえすれば見える」のであり、「過去という言い方」は「歴史、と言い換えても」よく、そうした見かたのほうが「キリスト教の千年王国説や啓蒙派、あるいは産業革命前後のユートピアを前提とした人間進歩説よりも、たとえ逆説的であったとしても、少くとも濃度の濃いリアリティをもっている」と記す。テックリバタリアンが終末論に飛びつく現在においても、堀田の認識は鋭く突き刺さる。

さらに堀田は「歴史の恒常的な現存在性(presence)が信じられているところへ、おそらく未来からの挨拶が届けられている」と締めくくる。これはまさしく《バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2》のラストそのものだ。不意の事故でデロリアンが消え去った直後、マーティのもとへ遥かな過去、1885年にタイムスリップしてしまったドックから手紙が届く。それこそがマーティを、ふたたび現在へと帰還させる「未来からの挨拶」だった。

未来を先読みすることは難しい。けれども、過去から届けられる手紙を想像することはできるかもしれない。ゲームの出口がその先にあるかはわからないが、それでも未来から届く手紙を想像することにしか、そこへと至る道を見出すことはできないのだから。

noirse
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(2026/2/15)