Menu

評論|三善晃の声を聴く(10)童声合唱とは|丘山万里子

(10)童声合唱とは〜『オデコのこいつ』と反戦三部作

Text by 丘山万里子(Mariko Okayama)

三善にとっての「日本とは何か」が最も顕になるのは、オペラ『遠い帆』で、と思う。このオペラで要となるのは冒頭と終尾に置かれた童声合唱、すなわち「数え歌」と「隠れキリシタンの祈りの言葉」(祈りは終景のみ)だ。童声第1作は『オデコのこいつ』だが、反戦三部作の締めくくり『響紋』でオーケストラと共に再び姿を見せ、『遠い帆』を経て『三つのイメージ』へと流れ込む。その水筋を、「童声とは」と「日本とは」という二つの視点を重ねつつ追ってみよう。
そこには、どんな声が響いているのか。

『オデコのこいつ』〜この子はボク
『オデコのこいつ』(1971/蓬萊泰三詩)は、アフリカのビアフラ内戦を子どもの目から描いたもの。一人の男の子のオデコの内側に骨と皮にやせ細った黒人の子が住み着き、オデコのなかで様々なことを引き起こす全5章。(3)<ゆめ>で男の子は黒人の子になる。「まい日 ひとが死んでって 次から次へと死んでって みんなぺこぺこ おなかがぺこぺこーーーそんなある朝 すぐそばで だれかが ふいに たおれたんだ たおれたとたんに 死んでたんだ/それは かあさん ぼくのかあさん」。母の死を前に「なみだも出ない ぼく」。(4) <けんか>でぼくはこいつに叫ぶ。「知るもんか!」「死んじまえッ!」。(5)<なぜ?>そうして最後、黒人の子はオデコの中で死ぬ。男の子はそこでハッとしてこう言う。
「ぼくが ころしたんだ ぼくが きっと」
打ち込まれる鋭いピアノ、暴力的ですらあるその無機質な打音と童声は互いにけしかけるように、あるいは奈落へ引きずりこむように不穏な表情を崩さない。この時三善に聴こえていたのは、見えていたのは、「あの時のボク」だったに違いない。70年代当時、アフリカ内戦や飢饉に加え、米国のベトナム介入で出撃基地となった日本での反戦運動と相乗したのは確かだが、刻々伝わる悲惨なニュースは、あの時のボクを突然甦らせた。それは「生き残った私」などという言葉よりもっと生々しくリアルに喉元を突き上げてくる鋭い叫びだった。集団疎開で味わった飢餓、盗んだりんごを妹にあげなかったボク、線路上の焼死体に無感動で通り過ぎたボク、祖母にまたがり桶をかぶせたボク、それら全てのボク。「知るもんか!」「死んじまえッ!」。
それらを封じ込めていた堰堤(えんてい)の、いきなりの決壊。そこに立っているのは、「根こそぎ喪失」が何なのかを、うっすら自覚し始めた少年三善に他ならない。ゆえ、童声は必須であった。
この子は、ボク。

『レクイエム』〜 死者の声を聴く
そこから『レクイエム』までは一気だ。
テキストは『日本反戦詩集』『海軍特別特攻隊の遺書』からの抜粋と、最後に宗左近『夕映反歌』を加えたもの。「誰がドブ鼠のようにかくれたいか!」という冒頭の問いかけは、第Ⅰ章の遺言へと続く。「あきらめてください、泣かないでください」「死せる我が名を呼び給うな」。無数の死者の声に混声は必然で、全体は酷烈な音と声の暴風雨。各章間に一応空隙が置かれていても、その音の殴打、声の阿鼻叫喚から逃れることを許さない。ドーンドーン地響き立てる打楽器の大砲撃、あるいはズダダダ連射の機銃掃射の一方、低音弦のうなりの上を混声、男声、女声絶叫がのたうつ。とりわけ第Ⅲ章の「もえていた」の詩句は、軍隊行進の如き打楽器の脅迫リズムとともに執拗に襲いかかり、その刻みにはサディスティックな快感すらある。そう、強者が弱者を平然と押しつぶし踏み潰してゆくあの快感。「死んじまえッ!」。


ここでの三善の音楽身体の異様さには、戦慄する他ない。終景、宗左近の「たまきわる いのちしななむ ゆうばえの ゆるるほなかに いのちしななむ」の歌での鎮静すら与えず、曲は閉じられるのだ。打楽器群に貝鳴子や、ムチ、大皮(大つづみ)、木柾などが使用されており、卒然と姿を見せるその不可思議な響きがいっそう三善の耳の異形を伝えるのである。

『詩篇』〜生者の呼びかけ〜「はないちもんめ」
続く『詩篇』(1979)では生者が死者へと呼びかける。混声と打楽器を多用したオーケストラで、宗左近の詩集『縄文』からの8章構成。冒頭、オケの序奏はキラキラ尖って降り注ぐ光のカケラのようで、そこに「きみたちが 殺されなければ…」の語りが入ってくる。どん、と打が撃ち込まれる。以降、語り、あるいは叫びの間をオケと打の衝撃音が時に併走、時に引き裂く。だが第3章《夕映》「花びらの波…」の前に置かれた弦vcの秘めやかな哀歌の切々。これは『レクイエム』にはなかったものだ。
第5章《滝壺舞踏》「きみたち死んだ おれたち生きた」での生死の狭間から噴出する声は、生者である自分を告発するかのよう。終章《波の墓》に響くpppp「ゆれあっている ゆられあっている」の清らかな合唱での照応の姿こそ、本作による三善の「浄化」の形に他ならない。私はそこに『遠い帆』の第14場《洗礼》での「水に来よ」を遥かに聴く。やがて序奏でのオケの光片の煌めきが、再び舞い降りる。第7章《鏡の雲》でオケの刻むリズムにのって強声(ff~ffff)で唱えられた「啓ちゃんもとめて はないちもんめ〜〜」が再び姿を現す。「啓ちゃんもとめて 風いちもんめ〜〜」mfから減衰、「ゆりちゃん章ちゃん もとめて 月いちもんめ」と、水底に沈むように静かに声は消えてゆく。その昏い水面に差す一筋の光が、第3作『響紋』(1984)を導くのである。
ちなみに「花一匁」とは文字通り、少女(花)を一匁で売買する口減しの歌で、本作でも一人一人の名前が唱えられているところに、無名ではない戦争の犠牲者の命一つひとつへの手向け(回向)があることを意識したい。
全編での声の語りや朗詠(歌うというより詠む)は、時に弦の旋律のうねりに伴われ、支えられ、器楽とりわけ『レクイエム』でも使用された邦楽打楽器によってシーンを変える、その音響ドラマトゥルギーは明らかに『王孫不帰』『変化嘆詠』路線上だ。この2作以降、三善が能や邦楽器のドラマトゥルギーに手を出さなかったと前回述べたが、こういう形で現れていることに気づき、その世界の深甚にたちすくむ。

『響紋』〜生者と死者の手繋ぎの輪〜「かごめ かごめ」
『詩篇』での「花いちもんめ」のエコーはそのまま、『響紋』(1984)の「かごめ かごめ」に響き入る。テキストは子どもの鬼遊びのうたからの引用で、しんとした静謐に童声の歌声「夜あけのばんに つるつるつっぺぇーった なべのなべのそこぬけ そこぬいてたもれ」が細く一筋、流れる。と、そこへしゅっと弦の軋みが走り、一気に不穏。私は初演を童声とオケの拮抗というふうに聴いたが、2004年沼尻竜典指揮での再演は随分異なる印象を受けた。今回、そのライブ録音(沼尻竜典指揮/東京フィルハーモニー交響楽団)とスコアを合わせ聴くと、拮抗ではなく、明らかに童声が沈黙している部分でもずっとその声が響き続けていること(持続のエネルギー)に心を打たれた。不穏、と言ったがなるほど、歌声が途切れればそこを突いて管弦打がクラスターで脅かしたり、あるいはその威嚇の咆哮に一瞬身をすくませはする。が、決して前2作のような蹂躙、痛撃にはならない。声は幾重にも響紋となって重なり広がり、それを押し返す。宗のテキストは歌う。

 夜あけのばんに 風の中の骨は なになに見やる
 波のなかの骨は いついつでやる 
 雲のなかの骨は どこどこ行きゃる 
 虹のなかの骨は なぜなぜつっぺぇーった
 おしえてたもれ

いわばオーケストラは海で、時に荒れ、波立ち、渦を巻き、揉みしだくようだが、童声はしなやかにその上をわたってゆくのである。『オデコのこいつ』の「死んじまえッ!」も『詩篇』の「きみたち死んだ おれたち生きた」ももう、ここにはない。

 

 

 

 

 

 

「ゆれあっている ゆられあっている」のうつくしい響応が、ここで子らの響紋「かごめ かごめ」となる。終尾での一句のひそやかな童声、「うしろのしょうめん だあれ」。 
スコアには、「明るく、無邪気に、透き通って」と記されている。
羽田の機窓から見た日本、その墨絵世界で墓碑銘を刻み墓守になる、と心に決めた三善。炎える母に「呪ってください」と叫び続けた宗。地上に散らばる無数の骨を拾い続けた二人もその輪にあって、振り返る。「うしろのしょうめんだあれ」。
三善は初演プログラムにこう書く。

『レクイエム』では、死者の声を聴いた。私のメモは<生→死>。『詩篇』では、生者が呼びかける。メモは、まず<生→死>、だが、声は、とどきようもない。死の壺の縁(ふち)から「花いちもんめ」と聴き取れるエコーが戻ってくるばかりだった<花 花いちもんめ↩︎死>。
あと、なにが残っていよう。
残したい、せめて鬼遊びする子供たちだけは。その、問いかける声を聴く耳だけを三部の輪郭の中に閉じ込め、急速な弔鐘と共に生者は死者と手つなぎの輪の中に入れないものだろうか。

にしても、「夜明けの晩」とはなんだろう。謎の多いこの「わらべうた」、次の鬼を決める終句を、三善は「明るく、無邪気に、透き通って」と願った。
中学2年の夏、「もしかして」を祖母の唱える念仏で振り払った「ボク」、それから長い年月を経て、ようやく「これはボク!」と叫んだ『オデコのこいつ』。その「僕の声」は、『レクイエム』の阿鼻叫喚、『詩篇』の波の墓の優しい揺動を経て、今、一つの「輪」の中に浮かび上がる。
朗らかな子どもであった戦前、死者の脇を通り過ぎて無感動だった戦時、大人の嘘を骨の髄まで知り、人間というものへのとことんの絶望にあった戦後、三善はこれらの作品によって、失ってしまったボクの声を再び取り戻したと言えよう。だからこそ、それは「わらべうた」であり「童声」でなければならなかったのだ。
「残したい。せめて鬼遊びする子供たちだけは。」
「うしろのしょうめん」を振り返った三善が、宗が、夜明けの晩に仰ぎ見たのは、子らの未来への祈りと願いであったに違いない。

ちなみに本作は日本初演翌年の1985年、ニューヨークのカーネギーホールで上演され、以下の記事がニューヨーク・タイムズに掲載された(Music from Japan10周年記念”ALL-JAPANESE PROGRAM OF NEW WORKS”)。なお、紹介された4人の作曲家は吉松隆、石井眞木、武満徹、三善晃。 (https://www.nytimes.com/1985/02/15/arts/concert-all-japanese-program-of-new-works.html)

Akira Miyoshi’s ”Kyomon” (1984) took the eye at once because it employed not only a large orchestra but a chorus of schoolgirls, several hundred strong, known as the Baruchian Choraleers. The main idea of the piece was to contrast violence (the orchestra) with innocence (the chorus), a ploy that worked extremely well up to a point. A simple idea of this sort is difficult to carry off at the length of this work, but Mr. Miyoshi made more of it than one would have predicted by looking through the score.

The children performed without a flaw, seemingly, chanting their Japanese syllables confidently and intoning the phrases with affecting purity.

三善はこの公演について、後日、こう述べている。

昨年、ニューヨークで、童謡「かごめ かごめ」を扱った私のオーケストラ曲を上演したのですが、これを歌ってくれたのがアメリカの子供たちです。日本の子どもたちが静かに平明に歌ってくれたこの童謡が彼らにかかるとそうはゆきません。「クヮーッゴッメー・クヮーッゴッメーー」バスト振り振りビートをきかしてものすごい興奮。指揮者の尾高さんが懸命に沈静させようとしても、オーケストラ相手に昂った彼らはもう収まらない。さすが尾高さん、それならそれでと火のついた彼らをオーケストラの音響の渦のなかにぶちこんで……大成功でした。終わって外に出ようとしたら、カーネギーホールの門番のおじいさんが廊下をぶらぶら歩きながら口ずさんでいるんです。「クヮーッゴッメー・クヮーッゴッメー」。
これはなにだったのか。童謡「かごめ」とはちがう。けれど彼ら自身の確かなもので、しかも「ミカド」ではないなにものか。そのちがいを考えることが多分、文化の前提ではないか」(『ヤマガラ日記』「チョロギはチョロギ」p.14)。

これはなにだったのか。
「童声」の持つ本質的な力、あるいはあり方を示す好例であり、文化の相違を超えた「なにか」の手応えを三善が実感したシーンと言えよう。

ニューヨークでは1993年にも「三善晃個展」(室内楽)が開催され、その事前講演で聴衆を前に三善は本作に触れ、こう語っている。

せめて子供たちには平和な遊びが約束される地球であってほしい。そう祈りながらも“うしろの正面”にいた子供が名指しされれば、それは次に殺される人にされてしまうのだろうか?と私は問いかけようとしたのです。(『ぴあの ふぉるて』p.202,203)

その8年後の2001年、ニューヨーク同時多発テロ。童声・混声とオーケストラの『三つのイメージ』が生まれたのは、その翌年だ。

なお、本作は1989年パリのテアトル・デ・シャンゼリゼでも上演されている。井上道義指揮のフランス国立放送管弦楽団、ラジオ・フランス児童合唱団で、公演翌朝の新聞に「パリは三善を発見した」との見出しの評が掲載された。それを幸せな記憶として、三善は後年語っている(東フィル「音楽の未来遺産」シリーズ<三善晃の世界2003〜2004>東フィル資料より)。
演奏時間14分ほど、反戦三部作の最後を飾る本作が、海外のオーケストラ、子供たちによって演奏され歌い継がれた歴史を、私たちは今日、改めて振りかえるべきではなかろうか。

三善にとって童声は、「未来」そのものだった。
12年の年月を経て、反戦三部作は完結する。
それからほぼ10年後、交響四部作が先を急(せ)くように毎年、世に出される。原爆をモチーフにした『夏の散乱』(1995)、『チェロ協奏曲<谺つり星>』(1996)、『霧の果実』(1997)、疎開児のせて沈んだ対馬丸に寄せた『焉歌・波摘み』(1998)だ。最後の『焉歌・波摘み』ではオーケストラの音の波間に浮かぶ弦の子守歌の旋律が胸を打つ。海に散った子らを抱きとるようなこの子守歌は、まさに「祈り」の姿と言えよう。
この四連作で三善は言葉を捨てた。いや、「超えた」と言う。「響きの中に言葉が含まれているから。たとえばドビュッシーがフランス語で、ベートーヴェンがドイツ語でそれぞれ器楽曲を書いているのと同じように、僕も器楽曲を書いて、その中に言葉が含まれている」と『波のあわいに』で語っている。(p.67)
三善の「根こそぎ喪失」、あるいは「たましいのいちばんつらいところ」(ベルリンの壁崩壊翌年の谷川俊太郎詩集『魂のいちばんおいしいところ』に照応する言葉)からの旅の、ここがひとまずの結節点と言えようか。

*   *   *

三善の童声合唱曲は『オデコのこいつ』、やはり蓬萊の詩で自分が捨てた犬への贖罪を歌う『のら犬ドジ』(1982)を含め26曲(1971~2005)を数え、9曲が自作詩。いずれも子供目線のやさしい詩句だ。一方、『響紋』に続く宗左近詩『交聲詩曲「波」』(2001)では「水平線の向こうの希望線」を歌い、光の地平へと眼差しをひらいてゆく。そうしてNYテロ翌年の童声・混声とオーケストラのための『三つのイメージ』(2002/谷川俊太郎詩)での「あなたに ひとつの問いかけを贈る」を経て、最後の自作詩作品『葉っぱのフレディ』(2003/童声・混声)に至る。三善はそこでフレディの命の巡りを明るく透明に歌い上げるのだ。

冒頭の問い、「童声とは」については、それを「未来への祈り」と言おう。
付け加えるなら、彼の天性の手駒と言うべきピアノ曲は『ピアノ・ソナタ』(1958)が第1作だが、「僕の指はピアノ育ち」「喧嘩して噛み付いたりした幼友達」であるピアノへの親愛は、ほぼ20年の歳月をかけて完成した『Miyoshi ピアノ・メソード』(1997)に明らかだ。そうしてその20年に編まれた珠玉のピアノ作品群もまた、童声と等しく、未来への遠くはるかな三善の眼差しを、私たちに届けてくるのである。

では、「日本とは」は。
わらべうた、と私は思う。
『詩篇』『響紋』のわらべうた、『焉歌・波摘み』の子守唄は、三善の母の故郷、木曽の奈良井を原風景とする。毎年8月末、訪れた村の盆踊り、あるいは「木曽節」の調べ。それがわらべうたと響きあい、子どもが母親のもとに帰ってゆくような心持ちになる、と三善は語ったが、対話本と並走する形で訪れた別所温泉(疎開地)、奈良井、パリへの私の旅は、つまるところ、三善の魂の軌跡そのものであったことに、今さらに気づく。
あるいは、奈良井に全てがあった、とすら。
いや、当時もそれなりに理解はしていたとは思う。けれど、改めての理解。ものごとの理解とは、とどのつまり、一つのことを無限に繰り返す螺旋なのだろう。ふと、ピアノ曲『シェーヌ』(1973)、『円環と交差』(1995/1998)を想う。
「わらべうた」にある原風景とはまた、「弔い」も含まれることを、ここで言っておこう。
(続く)

追記:『響紋』は、民音現代音楽祭10周年での委嘱作品(民主音楽協会)であり、パリ公演でのデータをご提供いただいた。感謝申し上げます。

(2026/2/15)

参考資料)
◆書籍
『遠方より無へ』三善晃著 白水社 1979
『鬩ぎ合うもの超えゆくもの』丘山万里子著 深夜叢書社 1990
『波のあわいに』三善晃+丘山万里子 春秋社 2006
『ヤマガラ日記』三善晃 河合楽器製作所 1992
『ぴあの ふぉるて』三善晃 毎日新聞 1993
◆楽譜
『オデコのこいつ』 全音楽譜出版社 1973
『レクイエム』 全音楽譜出版社 1972
『詩篇』 同上 1985
『響紋』 同上 1985
『夏の散乱』 同上 2009
『チェロ協奏曲<谺つり星>』 同上 2009
『霧の果実』 同上 2012
『焉歌・波摘み』 同上 2012
◆CD
『オデコのこいつ』 Point de Vue vol.8 三善晃『オデコのこいつ』全曲
2014.3.27@津田ホール
『三善晃の音楽』〜管弦楽曲と協奏曲・響きの世界・言葉の世界
カメラータ・トウキョウ CMCD-99036-8 2008
『三善晃|交響四部作』 ビクターエンタテインメントVZCC-1021~2 2009
◆YouTube
『オデコのこいつ』
『レクイエム』
『詩篇』
『響紋』
『夏の散乱』
『霧の果実』
『チェロ協奏曲<谺つり星>』
『焉歌・波摘み』

評論|三善晃の声を聴くアーカイブ