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12月の2公演短評|齋藤俊夫

12月の2公演短評
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪松平頼則 モノオペラ「源氏物語」より音楽詩劇「葵の上~業のゆくえ~」
♪<現音Music of Our Time 2025>ルイジ・ノーノ×イサオ・ナカムラ(指揮)~《Risonanze erranti》日本初演~

♪松平頼則 モノオペラ「源氏物語」より音楽詩劇「葵の上~業のゆくえ~」  →演奏:演目
2025年12月18日 王子ホール

松平頼則の音楽を集中的に生演奏で聴いたのはおそらく今回が初めてであるが、改めて感じたのは、松平こそがブーレーズがエレクトロニクスの導入からIRCAMに入れ込むことなしにル・マルトー・サン・メートルやプリ・スロン・プリでの自分の書法を更に彫琢すればあり得たかもしれない、十二音技法以降の西洋現代音楽の未来を体現した作曲家ではないか、という感覚である。それはブーレーズが「西洋」という文化的伝統の中でどこまでも「自己の鏡」としての自己の顔たる西洋音楽とにらめっこをして袋小路に陥ったのに対し、松平には西洋に対する「他者の鏡」としての日本の文化伝統たる「雅楽」 との出会いがあったからこそ拓けた道であろう。
だが、「十二音技法」という「システム」からも「雅楽」という「伝統的美感」からも逸脱するところに松平の真の表現力は存在する。すなわち人間精神に内攻するシェーンベルクからベルクへの「表現主義」の精神性と、ヴェーベルンの「トータル・セリエル」の論理性、それらを同時に咀嚼した上で「雅楽」を突き抜けたところに松平流音楽美は現れる。
六条御息所が天下の笑い者になってソプラノ・奈良ゆみが痙攣して叫ぶところではベリオを思わせ、また御息所が葵の上の着物を引き裂く場面、さらにはスカーフを椅子にぐるぐる巻きにして葵の上を縊り殺すところなどはベルクの「ヴォツェック」や「ルル」を想起させた。
子音がほとんど判明せず、母音だけが過剰なまでのポルタメントとビブラートで吹きすさぶ今回の舞台は確かに日本的、いや、過剰なまでの日本伝統音楽と西洋現代音楽の歴史が真正面からぶつかり合うところに現れる東西を越えた人間心理の奥底をえぐるものであった。
演奏会の最後に奈良ゆみからのメッセージで、フランスには日本で演奏されていない松平の作品がたくさん溜まっている。それを次世代の音楽人たちがもっと取り上げてくれることを祈ると言っていた。日本の音楽シーンもいつまでもタケミツ・ホソカワ(最近ではそれにフジクラか?)一辺倒の逆輸入文化をやめにして自分の先輩・同輩たちの音楽と面と向き合ってほしいと思っている筆者もまったく同感であった。

♪<現音Music of Our Time 2025>ルイジ・ノーノ×イサオ・ナカムラ(指揮)~《Risonanze erranti》日本初演~  →演奏:演目
2025年12月23日 日暮里サニーホール

静寂と激音の対峙には音楽における倫理的感覚を呼び覚ます力がある。ノーノとラッヘンマンの音楽中のこの対峙は同時に政治的正義への感覚へと我らをいざなう。西洋ロマン派音楽の多弁さが趣味的な戯れへと堕してしまう――いや、可能性としての「してしまう」ではなく、実際に既に「堕している」という現実があるのかもしれない――そのような没倫理的、没政治的、没正義的ノンシャランな遊戯を厳として赦さないところにノーノとラッヘンマン師弟の芸術家・作曲家としての矜持がある。
ラッヘンマン『Intérieur I』、断片が現れては消えていく中でその断片群がいつの間にか相互に関係をこちらの耳の中で作り上げていき、次第にチューニングされていく耳に聴こえてくるものは確かに「音楽」としか呼べないと悟る。次第にクレッシェンドして雷雨のように打楽器が乱打され、さらにまた鎮まって断片が静寂の中に消えゆく、直前に光が瞬くが、やはり静寂の中に呑まれる。
ノーノ『Risonanze erranti』は(おそらく)多言語によるいくつものシーンが織りなされて作られた作品であるが、その各シーンがピアニッシシシシモからフォルテッシシシシモまでの幅がある静寂と激音に取り囲まれてとてつもない緊張感をもって繋がれている。ナカムラが見つけたというボンゴの樹脂製の柄を反らせて弾いて皮を叩く最強音が要所要所で現れ、こちらは身をすくませるしかない。かと思えばコントラルトがエレクトロニクスとともに余韻に満ちた美しい弱音で歌を紡ぐ。静寂の中で孤独に音・声が呼び交わし合い、最後にはコントラルトが”rrrrrrrrrr……”と巻舌を発し、曲は終わる。
長木誠司とイサオ・ナカムラの対談によるとノーノは自らを「ジジ」と呼ばせて冗談にも興じる楽しい人物であったそうだが、右翼、ナショナリストは絶対に赦さない厳しい面も確かに存在していたと言う。没政治性を社会の不文律と履き違えた我々日本人が今こそ取り戻さなければならないのはこの倫理的かつ政治的な正義感ではないだろうか。

♪松平頼則 モノオペラ「源氏物語」より音楽詩劇「葵の上~業のゆくえ~」

<演奏>
ソプラノ:奈良ゆみ
ヴァイオリン、ヴィオラ、尺八:亀井庸州
語り:八木清市
(録音演奏)笙:宮田まゆみ、箏:福永千恵子、フルート:小泉浩(コジマ録音)
<スタッフ>
作曲:松平頼則
構成・演出:笈田ヨシ
テキスト:山村雅治
楽曲アレンジメント:奈良ゆみ、亀井庸州
照明:八木清市
<曲目>
『朗詠』(ヴィオラ・ソロ)
『朧月夜に』(朧月夜)(声のソロ)
『逢ふことの』「三つのオルドルI」より
『夜語りに』(藤壺)(録音:笙、箏、フルート)
『影をのみ』(六条御息所)(歌+ヴァイオリン)
『催馬楽 美濃山』「三つの古い日本の歌」より(歌+ヴァイオリン)
『オマージュ No.1』(声のソロ)
『おくとみる』(紫の上)(歌+尺八)
『嘆きわび』(六条御息所)(歌+尺八)
『オマージュ No.2』(声のソロ)
『鈴鹿川』(六条御息所)(歌+ヴァイオリン)
『鳥(迦陵頻)の急』(歌+ヴァイオリン)

♪<現音Music of Our Time 2025>ルイジ・ノーノ×イサオ・ナカムラ(指揮)~《Risonanze erranti》日本初演~

<曲目・演奏>
ヘルムート・ラッヘンマン『Intérieur I』
  打楽器:高瀬真吾
対談 長木誠司×イサオ・ナカムラ
ルイジ・ノーノ『Risonanze erranti』(日本初演)
  指揮:イサオ・ナカムラ
  コントラルト:福原寿美枝
  フルート:木ノ脇道元
  チューバ:橋本晋哉
  打楽器:大場章裕、大家一将、神田佳子、窪田健志、新野将之、藤井里佳
  エレクトロニクス:有馬純寿

(2026/1/15)