グルック:《オルフェオとエウリディーチェ》新国立劇場|鉢村優
クリストフ・ヴィリバルト・グルック:オルフェオとエウリディーチェ
オペラ全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉
Christoph Willibald von Gluck: Orfeo ed Euridice
Opera in 3 Acts, Sung in Italian with English and Japanese surtitles
2025年12月7日 新国立劇場 オペラパレス
2025/12/7 New National Theatre, Tokyo, OPERA PALACE
Reviewed by 鉢村 優(Sophie=Yuu Hachimura): Guest
Photos by 阿部章/写真提供:新国立劇場
<スタッフ>→foreign language
【指 揮】園田隆一郎
【演出・振付・美術・衣裳・照明】勅使川原三郎
【アーティスティックコラボレーター】佐東利穂子
【舞台監督】村田健輔
<キャスト>
【エウリディーチェ】ベネデッタ・トーレ
【オルフェオ】サラ・ミンガルド
【アモーレ】杉山由紀
【ダンス】佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、オフィーリア・ヤング、ハビエル・アラ・サウコ
【合唱指揮】冨平恭平
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
2022年に新国立劇場で新制作されたプロダクションの再演である。オーケストラの編成は8型、加えてバロックティンパニと、古典派以降はすたれてしまった角笛のツィンクが起用されていた。
一音目から驚かされるのは東京フィルの変貌ぶりだ。東京フィルはふだん完熟トマトのように輝かしいハリや濃い音質を聴かせるが、それとはまったくちがう、細くて奥鳴りするような音色がふわりとひらく。近年では楽器の選択肢が増え、バロックボウやガット弦、あるいはバロック楽器そのものを使って演奏するケースも増えている。しかし今回、上述したバロック楽器以外はすべてモダン楽器での演奏だった。2022年の公演では一部古楽器を取り入れていたが、今回は園田と勅使川原の判断で前回より古楽器を減らしている(モダン楽器に替えられないツィンクは維持)。
バロックらしい音色を堪能させつつ、現代的な大劇場をも満足させる充実の音響。それが単に楽器というハード面の工夫ではなく、むしろバロックオペラの経験値というソフト面の成果であることがポイントだ。新国立劇場でバロックオペラシリーズと銘打って行われたのは、2022年の『オルフェオとエウリディーチェ』と『ジュリオ・チェーザレ』、そして今回の『オルフェオとエウリディーチェ』再演。これら3つのプロダクションで繰り返し東京フィルがピットに入ってきたことが、今回の好演を生んでいる。
バロックオペラはオーケストラの編成が小さいから、いい声のいいところだけストレスなく届く。今回の上演はなにしろその快適さに目を開かれた。サラ・ミンガルド(オルフェオ)もベネデッタ・トーレ(エウリディーチェ)も、魅力が特にあらわれたのは弱音だ。弱音に向かって色が濃くなっていく。特にエウリディーチェは、第3幕で、夫を問い詰める強く太い音色から、神々の禁を受けて絶命していく音色への変化が精妙だ。
アモーレは(当時のオペラ・セリアにおいて一般的だった)ハッピーエンドを実現するために、原作の筋を捻じ曲げる役。つまりアモーレには「ご都合主義」の化身という側面があるが、鼻白むことなく惹きつけられた。その力の源泉は、アモーレを演じた杉山由紀の演技力だ。倒れたエウリディーチェに手をかざし、死の淵から引き揚げる姿はとくに雄弁。ただ、歌にはイタリア語のディクションが甘い場面も散見された。全体に水準の高い歌唱なのだが、時折響きが平板になり、言葉と音が飛んでこないことがある。来年6、7月の同劇場『エレクトラ』に登場予定とのこと、進化を見守りたい。
第2幕では合唱とオーケストラが出色の活躍を見せた。本作はキャスト全員が女声であり、全体に軽く細い、線形の音が続く(オルフェオはカウンターテナー、アモーレはソプラノが演じる場合もあるが、いずれにしても高音域に偏っている)。そこに音のマッスで重量感を与える混声合唱は上演全体の成否を握る。新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)は整ったアンサンブルで高い一体感をもつ。ギリシャ劇のコロスという「ひとつの大きな仮人格」の伝統をふまえて雄弁に語った。精霊の嘆き、神々の怒りと脅し、慰め、そして人々の祝祭といった多くの役割を演じわける。オーケストラは、トロンボーンとホルンが作る重金属の威圧感、そして、ニュアンスをたっぷり湛え、表情をゆたかに変えるオーボエを特筆したい。
「誰も死を知らない」と語る勅使川原が冥界を描く手法はきわめて創発的なものだ。美術は奥行きをあまり使わず、2Dに近い景色。そこに対角線を引くと、明かりのなかで演じられている空間はいつも1/4に過ぎないことがわかる。残り3/4は真っ暗、その闇のなかで合唱やバンダが演じている。
明るい三角形を中心に置く安定した構図は上演を通じて維持されるが、いちどだけ崩れる瞬間がある。第2幕の冒頭、暗さに慣れた目には痛いほどの光がステージ前景を四角く照らす。その四角い光にダンサーが駆け込み、8の字を描くように大きく旋回して入り乱れる。それはぐわんぐわんと音も目も歪む時空の旅だ。3人のダンサーがまとう青紫の衣装は、上衣の裾がくるくると広がってスーフィーのような円錐を作る。佐東利穂子は淡いイエローの薄衣。指先と肘、肩や体のあらゆる関節が論理的につながって、佐東ひとりの動きに舞台の空間全体が引き寄せられていく。静の場面が多い本作のなかで、ダンスが活躍する第2幕は、動の要素が十二分に発揮されて印象深い。
大野和士芸術監督(2018年着任)の肝いりでスタートした「バロックオペラシリーズ」は、日本における舞台芸術の表現力を広げている。初演や新制作の熱意・刺激は素晴らしく、注目も集めやすいけれど、レパートリーが洗練されていく過程や、経験値を増して練られた質の高い上演もこれまで以上に注目されるべきだろう。
(2026/1/15)
関連評:
オルフェオとエウリディーチェ(北とぴあ国際音楽祭2017)
グルック:《オルフェオとエウリディーチェ》新国立劇場
———-
鉢村 優( Sophie=Yuu Hachimura )
音楽評論。1988年生まれ。東京大学経済学部卒、凸版印刷勤務を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科(音楽文芸)修士課程 修了。日本語と英語による曲目解説で、ミューザ川崎シンフォニーホール『モーツァルト・マチネ』シリーズなどオーケストラのための曲目解説を多く手掛けている。現在、アルテスパブリッシング『月刊アルテス』にて『あの空の青に手を浸したい──音楽をつかむ方法を探して』を連載中。
―――――
CREATIVE TEAM
Conductor: SONODA Ryuichiro
Production, Choreography, Set, Costume and Lighting Design: TESHIGAWARA Saburo
Artistic Collaborator: SATO Rihoko
CAST
Euridice: Benedetta TORRE
Orfeo: Sara MINGARDO
Amore: SUGIYAMA Yuki
Dance: SATO Rihoko, Alexandre RIABKO, Ophelia YOUNG, Javier ARA SAUCO
Chorus: New National Theatre Chorus
Orchestra: Tokyo Philharmonic Orchestra













