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日本フィルハーモニー交響楽団 第776回東京定期演奏会|秋元陽平

日本フィルハーモニー交響楽団 第776回東京定期演奏会
Japan Philharmonic Orchestra 776th Subscription Concert in Tokyo

2025年11月28日 サントリーホール
2025/11/28 Suntory Hall
Reviewed by秋元陽平(Yohei Akimoto)
Photos by 山口敦

〈プログラム〉
ドビュッシー:バレエ音楽《遊戯》
武満徹:マイ・ウェイ・オブ・ライフ  −マイケル・ヴァイナーの追憶に−* ,***
ラヴェル:ボレロ
プーランク:スターバト・マーテル**,***
〈演奏〉
指揮:山田和樹
バリトン:加耒徹*
ソプラノ:熊木夕茉**
合唱:東京音楽大学、ハルモニア・アンサンブル***

いまや日本を代表する指揮者となった山田和樹の欧州での活躍の契機となったのは第一に2009年、ブザンソン指揮者コンクールでの優勝だが、もう一つ、2010年6月、急遽代理で登板したスイス・ロマンド管弦楽団の演奏会がある。「スイス・ロマンド管は山田和樹に賭けるOSR mise sur Kazuki Yamada」と題されたLe tempsの当時の記事がまだWebに残っているが、それによるとこの演奏会の成功によって団員たちの信頼を集め、ブザンソンの優勝者とはいえこの時点では弱冠31歳の青年(garçon)であった山田が、突如としてヤノフスキの後任となる常任指揮者のポストを射止めてしまったのである。実を言うと、このコンサートの客席に座っていた(おそらく数少ない)日本人のひとりが、当時交換留学生としてOSRの拠点ジュネーヴに滞在していた私である。いつものようにろくにプログラムを確認しないまま学生席を買って開演五分前に客席にすべり込むと、隣の老人がわたしに囁くには、今夜の指揮者はjeune japonais(若い日本人)になったという。この、当時20歳だった私と10歳ほどしか違わない「若い日本人」こそが、やがてその名を世界にとどろかせる山田和樹であったのだ。そのとき私はただ、暑苦しいほどの『牧神の午後』の草熱れ、そして『火の鳥』のカスチェイで、当時ヤノフスキのもとで沈鬱かつ抑制的に感ぜられたOSRの大噴火に圧倒され、終演後もすぐに立ち上がれず、ジュネーヴの老いたる聴衆たちが嬉しそうに「若さか」と言いたげにしているのを眺めていた。

あのスイス・ロマンドを興奮に猛り狂わせたタクトが、いま再びドビュッシーを振る——そのような思いとともに『遊戯』をうっとりと聴いた。しかしまた、主にオーケストラ側の事情で、多少の不満もあったということも正直に書いておこう。『遊戯』は『牧神』に比べて格段に玄人好みの音楽だ。かたやニンフを追いかける牧神、かたや男女3人(実は実在する男3人の関係を暗に指すという説もある)の乳繰り合いという意味では両者には共通するものがあり、ホールトーンと半音階によって浮遊するドビュッシーのこれらの新しい劇音楽を支える指導原理は、言ってしまえばいずれも宙づりにされた愛欲(amour charnel)である。この寄せては返す衝動は、『牧神』においてはまだしも物語として語り下ろされており、いくぶん曖昧であるとはいえ調性や和声の展開を、美しいメロディを、耳で追うことができる。ところが『遊戯』は、欲望の意識にのぼらないほどに微細な風向きの変化を、流体力学の数式のようにスコアに記録してゆく。ここでは欲動の四方八方への動きが高度に抽象化されているため、全体を把握するには聴衆もメロディや和声を追うのではなく、拍節の細かい変化やモチーフの時間的操作を追いかける必要がある。が、これは各パートが極めて繊細に引き継がれていかないといけないことを意味する。日フィルからさまざまな音色が引き出されたという点では聴き所も多かったとはいえ、アンサンブルの細やかさにおいて、ドビュッシーの真価が引き出されたようには思えなかった。しかしこうしたリスキーな演目で敢えてオーケストラを緊張させるのも山田和樹らしい。スイス・ロマンドも、豊かな色彩感をもちながらもしばしばアンサンブルが解れるオーケストラだったものだ。
この点、武満徹の後期作品『マイ・ウェイ・オブ・ライフ』は、山田と日フィルの美質が見事に展開した演目だった。田村隆一による詩句は、一見したところそらとぼけた、ともすれば説教くさいような紋切り型をみるみるうちに食い破って、宇宙の抽象的な構造へ降りていく、深々とした呼吸を持った日本語だ。バリトンの加耒徹はこうした詩の持ち味を生かす適役で、ウィットにとんだ語り口と、朗々としたスケール感に知性を感じさせる。90年代のこの作品は、かつての——例えば『地平線のドーリア』のような——冷たい輝きとは異なり、いっけんすると親しげな和声が、しかし突然鋭いテンション・ノートとともに次第に緊迫感を増してゆき、そして再び穏やかな容貌に戻っていく、そうした潮汐運動のような、呼吸のある音楽だ。この呼吸と、前述の田村の詩句のユーモアと深淵とが、みごとに平仄をあわせている。山田和樹は決して事前に頭の中にある音楽をオーケストラから引き出そうとしない。武満の音楽が持つ独特の呼吸を、日フィルとの対話のなかから探り出し、音にしようとする彼のタクトに、私は音楽とはその場で起こるものだ、と改めて思わされることしきりであった。この「いま、ここ」への山田の拘りは『ボレロ』のように、一見すると一本道にしか思われないような演目でさえ見られるのだ。もっと揺さぶりを、もっと別の何かを!と叫ぶかのように。
メイン・ディッシュの『スターバト・マーテル』を、私は洗われるような思いで聴いた。プーランクは手癖で作曲できる人という印象がある。室内楽曲など部分を取り出してピアノで弾くとどれがどの曲であったかしばしばわからなくなるのだが、同時にそのどれもが、極めて明快な道具立ての調性音楽であるように見えながらも、真似しがたい「プーランク節」を色濃く感じさせる。これぞ大作曲家の証拠とも思うのだが、『スターバト・マーテル』においては、この手癖ないし文体は宗教音楽のフォルムによって厳しく選別・昇華され、簡素で厳粛ささえ感じさせる。それでいてやはり、随所で私たちの知るお洒落でユーモアのある、あのいわく特定しがたいプーランク節に出会えるのだ(ほんの一例を挙げれば、たとえばIII、« fuit illa…»の9度-減5短7の和音推移)。大きな推進力となったハルモニア・アンサンブルの明瞭で力強い合唱もさることながら、熊木夕茉のソプラノは清らかさと輝度の両立においてプーランクの音楽にふさわしい。いずれ『カルメル会修道女の対話』なども聴いてみたいものだ。ところで聖母信仰というのはカトリックをプロテスタントから分かつ特殊性といってもよい。そこには母なるものを巡る素朴な——しばしば異教的と名指される——憧憬があり、19世紀フランスのロマン主義——はたまた世紀末のオカルティズムもまた、ある種のポピュラー・カルチャーへと聖母を祭り上げた。そう考えてみると、プーランクの音楽が持つ聖と俗の両立を、聖母ほどに端的に表すアイコンがあるだろうか? いま、ここで愛を享受するという現実性と、それが遙か彼方へと繋がっていくという超越性のこうした同居は、未だ若き日本のマエストロが音楽にもとめるものでもあるのかもしれない。なんと充実したプログラムであろうか。

(2025/12/15)

関連評:日本フィルハーモニー交響楽団 第776回東京定期演奏会 | 丘山万里子