群馬交響楽団東京定期演奏会|水谷晨
群馬交響楽団東京定期演奏会
Gunma Symphony Orchestra Tokyo Subscription Concert
2025年10月19日 すみだトリフォニーホール
2025/10/19 Sumida Triphony Hall
Reviewed by 水谷晨(Shin Mizutani):Guest
Photos by ©K.Miura/写真提供:群馬交響楽団
<演奏> →foreign language
群馬交響楽団
ピエール・デュムソー: cond
フェリシアン・ブリュ: Acc
<曲目>
武満:弦楽のためのレクイエム(1957)
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ワクスマン:アコーディオン協奏曲〈時之島〉(2021)
ペリーヌ:アコーディオン奏者のカプリス(2018)
ルグラン:(E.デルベンコ編)シェルブールの雨傘
〜〜〜
ラヴェル:バレエ音楽《ダフニスとクロエ》第二組曲
ラヴェル:ボレロ
本拠地高崎での群馬交響楽団第612回定期演奏会と同一プログラムによる東京公演を聴く。
開幕の武満は、弦だけで紡ぐ祈りの時間であった。群響の弦は細部のダイナミクス制御に優れ、音の立ち上がりとハーモニーを丹念に整えて、空間を残さず密度の高い演奏を聴かせた。曲が持つ虚ろさと込み入ったテクスチュアが会場に均等に広がり、聴衆は音の温度の変化に敏感に反応、引き込まれてゆく。デュムソーは過度なロマンティシズムを避け、むしろ響きの輪郭を研ぎ澄ますことによって武満の作品に通底する緊張を引き出していた。

続くドビュッシーでは、木管とハープの色彩がきわめて明瞭であった。このエポックメイキングとされる作品においては、牧神のまどろみを演出するためにテンポは柔軟に取られる事が通例である。しかしデュムソーの指揮は異なる。細やかなアゴーギクを避け、堅牢なテンポ感を崩さない。一方で音色の変化を繊細に描く。各楽器のソロが互いの息遣いを聴き合うように配され、結果として(おそらくドビュッシーが意図したであろう)作品全体における強固な構成感が立ち上がった。ここでは指揮者とオーケストラが従来の「牧神」のイメージを復古的に刷新してみせたと言えよう。
中盤の二曲は、アコーディオンという楽器を通じて聴衆のオーケストラに対する聴取の習慣を軽やかに揺さぶった。フェリシアン・ブリュは熟練の技により機微に富む表現を披露し、蛇腹の微妙な圧力と簧の微振動を精密に制御して、オーケストラとの対話を成立させた。
ワクスマン作は時間の流れを反復と変奏で描く古典的な音楽語法であり、管弦楽もまた古典的である。オーケストラはソロを支える際に決して量感だけで圧することなく、音色の層を成すことで均衡を保った。
ペリーヌのカプリスではフォーク・ミュージックからの擬似的な引用が多用された技巧的な瞬間が多く、その諧謔的な楽想の上でブリュの機動力と抒情性が巧みに発揮される。この二曲では、新作の再演という場面特有の緊張感が漲り、またそれが演奏の鮮度を高めていた。

後半のラヴェルは、オーケストラが持つ色彩の幅を最大限に示す舞台であった。〈第二組曲〉では木管と弦楽合奏が溶け合い、楽想が水面に弧を描くように浮かび、オーケストラ全体の空間が透明なテクスチャーを浮き彫りにした。打楽器は場面転換のシグナルとして効率的に機能し、音響の層を立体化させていた。
終曲の《ボレロ》も卓越していた。この作品は執拗に繰り返される主題の積層をめぐる統率力が求められるが、デュムソーはテンポとダイナミクスの巧みなコントロールを細やかに行い、クライマックスまでの緊張の持続を崩さなかった。楽曲が持つ構造的必然性が舞台上で明瞭に示され、最後の一撃が空間を満たした瞬間に大きな達成感が生まれた。

演奏全体を通して印象的だったのは、筆者の想像をはるかに上回る高度な技術に支えられたオーケストラの実力である。群響の弦・管・打楽器はどれも、互いの音を受け、惰性で反応して音の輪郭を変えてしまう様なアンサンブルではなく、あたかも一人の演奏家がオーケストラ全体を統率しているかの様な強固な中央集権の形をとる。
このビューロクラシカルなオーケストラの在り方は、変幻自在なソリストとの共演で弁証法的に昇華された。この止揚によって、統率されたオーケストラは単なるコラ・パルテに留まらない熱意も獲得していた。
オーケストラのリアリズムとソリストのファンタジーとの間の揚棄は、鮮烈に輝く瞬間の連続であり、聴衆にあたかもギリシアのパルテノン神殿を時間芸術に高めたかの様な建築的、彫刻的な時間体験をもたらした。
総じて本公演は、既存のレパートリーと現代作品とを自然に接続しながら、演奏の鮮度と構造的完成度を両立させた秀逸な午後であった。会場を出る観客の表情に、満足と覚醒の入り混じった様子が見て取れたことが、この日の到達点を雄弁に物語っている。

(2025/11/15)
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水谷 晨(Shin Mizutani)
作曲家・修士(音楽)。1991年東京都出身。ロッテルダム音楽院作曲科およびデン・ハーグ王立音楽院ソノロジー研究所にて研鑽。チッタ・ディ・ウーディネ国際作曲コンクール最優秀賞(2018)、アカデミア・ムジカ・ウィーン国際音楽コンクール第1位特別賞(2019)、ルチアーノ・ベリオ国際作曲コンクール・ファイナリスト(2023)など国内外で受賞多数。現在、全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)にてピアノ作品のコンチェルトやオーケストラ編曲を担当。
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<Performers>
Gunma Symphony Orchestra
Pierre Dumoussaud cond
Félicien Brut acc
<Program>
Toru Takemitsu: Requiem for Strings (1957)
Claude Debussy: Prélude à l’après-midi d’un faune
Fabian Waksman: “L’île-du-temps” Concerto pour accordéon et orchestre (2021)
Thibaut Pérrine: Caprice d’accordéonist pour accordéon et orchestre (2018)
Michel Legrand (arr. E. Delbecq): Les Parapluies de Cherbourg
Maurice Ravel: “Daphnis et Chloé” Suite No. 2t
Maurice Ravel: Boléro