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梅本佑利「音MAD ~デジタル・マキシマリズムと音楽~」|水谷晨

梅本佑利「音MAD ~デジタル・マキシマリズムと音楽~」
Yuri Umemoto: Sound MAD – Digital Maximalism and Music

2025年9月11日 横浜みなとみらいホール小ホール
2025/9/11日 Yokohama Minato Mirai Hall – Small Hall
Reviewed by 水谷 晨(Shin Mizutani) : Guest
Photos by 藤本史昭/写真提供:横浜みなとみらいホール

<演奏>        →foreign language
ヴァイオリン:辻彩奈
チェロ:山澤慧
ピアノ:高橋優介
エレクトロニクス:今井慎太郎

<曲目>
梅本佑利:look at me, senpai (2024) for violin, violoncello and fixed media)
梅本佑利:萌え²少女 (2022) for violoncello and fixed media)
梅本佑利:スーパーバッハボーイ (2020) for violoncello)
梅本佑利:Heidenröslein (2025) for piano and fixed media(日本初演、ピアノ版:世界初演))
梅本佑利:aaaaa (2025) for violoncello and fixed media(本公演委嘱作品、世界初演)
梅本佑利:my girl friend is not like me (2025) for violin, violoncello and fixed media(本公演委嘱作品、世界初演))
ベン・ノブトウ:LUCID for piano and electronics (2020) )
エマ・オハロラン:To turn in Circles (2021) for violin and piano)
マティアス・クラネビッター:pitch study no.1 – contra violin (2016) for violin, 2-channel-playback)
山根明季子:状態 No.2:for any instrumentation)

※(ヤズ・ランカスター:Monroe Park )は作曲者の意向により演奏されなかった。

2025年9月11日、横浜みなとみらいホール小ホールで開催された「音MAD ~デジタル・マキシマリズムと音楽~」は、デジタル文化と音楽芸術の交差点を示した夜であった。作曲家・梅本佑利は、録音素材と生演奏、アナログとデジタル、ハイカルチャーとサブカルチャーといった異質な領域を、衝突させるのではなく相互補完的に結び合わせ、音楽の語法そのものを更新してみせた。会場に漂う空気は、単なる実験の場というより、聴取そのもののあり方を問う批評的な装置であり、聴衆は「未来の音楽」を耳と身体で確かめることになったのである。

《萌え²少女》では、アニメキャラクターの声の断片がチェロの音線と精密に同期し、引用の軽さに甘んじない緊張感が生まれていた。ここではスティーブ・ライヒ《Different Trains》の語法――録音音声のイントネーションから旋律を抽出し、実演と緊密に同期させる設計――の影響が明確に聴き取れるが、素材と文脈の置換によって固有の語彙へと作り替えられている。ポップカルチャーの語彙は現代音楽の構造と結び付くことで単なる素材以上の働きを獲得し、互いの輪郭を削り合うのではなく、第三の響きを立ち上げる。山澤慧のチェロは微細なアタックやビブラートの幅を的確に制御し、電子音との接点で音色が変容する瞬間を見事に露わにした。

《look at me, senpai》では、ヴァイオリンとチェロにフィクストメディアが絡み、機械的時間と身体的時間の折り重なりが精妙な位相差を生む。辻彩奈のヴァイオリンは透明度の高い音色で電子音の帯域に埋もれず、むしろ倍音構造の相互干渉によって立体感を増す。山澤のチェロが与える温度と、フィクストメディアが示す冷ややかな輪郭は、対立するのではなく一つの呼吸へと収束する。今井慎太郎のエレクトロニクスは設計図の忠実な復唱ではなく、立ち上がりや減衰、残響の尾に即応して空間を彫刻し、仮想的演奏者として機能していた。クリックに縛られつつも緊密な同期を保ち、室内楽的な相互傾聴を失わない点に、この公演の演奏的達成がある。

《Heidenröslein》ピアノ版の世界初演では、伝統的な歌曲タイトルが喚起する記憶の層と、現代の音配置が交差し、過去と現在の時間が一枚に折り重なった。高橋優介の演奏は、音価のわずかな伸縮やペダリングの陰影で和声の明滅を呼吸に変換し、古い名を纏った新しい音楽をここに現前させた。懐古の再演ではなく、伝統を素材とする厳密な現在の作曲行為であることが、フレージングの微細な重心移動から伝わってくる。

本公演のために書かれた委嘱作品は二曲、そのうちの一曲《aaaaa》はたった数秒の小品でありながら印象は鮮烈で、プログラム全体に精確な「間」を与える要となる。この小品が置かれたことで、聴衆の耳は一度ゼロ地点に戻され、続く音楽の解像度が上がる仕組みとなっている。作品の規模と効果の規模が必ずしも相関しないことを、この一曲は雄弁に示していた。
また第二の委嘱作品《my girl friend is not like me》も強烈である。この作品におけるフィクストメディアの用法は、ゲーム音楽を想起させる効果音の断片である。この「断片」がアコースティックな音響の立ち上がりと軽やかに交差する。音素材は多いが冗長ではなく、アイデアは最短距離で提示され、余白は潔い。耳が情報過多に慣れた現代において、最小単位の運動で確かな推進力を生む手つきは、むしろ作曲の精度を証する。

梅本自身のキュレーションによって、ベン・ノブトウ《LUCID》、エマ・オハロラン《To turn in Circles》、マティアス・クラネビッター《pitch study no.1 – contra violin》といった他作曲家の作品群が並置されたことも重要である。これらは単なる併演ではなく、梅本作品の輪郭を他者の光で照らし出す鏡として機能した。各曲が異なる方向に音場を開き、聴取の視点を微妙にズラす。その結果、プログラム全体は一人の作曲家の個展に留まらず、国際的な現在形のタペストリーとして立ち上がる。キュレーションが作曲の延長線上にあることを、音の組版そのもので説得したと言えるだろう。

この一夜を貫く概念は「デジタル・マキシマリズム」である。デジタルメディアの膨大な情報量をただ積み上げるのではなく、感情の解像度を同時に上げること――飽和と明晰を両立させること――その難題に対する実践がここにある。テクノロジーは冷たい機械ではなく、感受性の延長であり、共感の触手であるという確信が、音の設計と実装に通底している。聴衆の身体内部で初めて完成する音楽。その成立条件を、梅本は周到に、しかし過度な説明抜きに提示した。

公演後のアフタートークは、作品理解の第二の入口として機能した。制作の過程や思想が簡潔に語られ、聴いたものが思考へと接続されていく。説明が作品を矮小化することなく、むしろ音の出来事に余白を与えるような節度が保たれていた点も好ましい。音は記憶の層へと沈み込み、別の時間にふたたび立ち上がる準備を整える。

この公演は、新たに始動したコンポーザー制度の幕開けにふさわしい密度と射程を備えていた。規模の大小では測れない作曲の精度、演奏者の集中と柔軟、他者の作品との対話によって拡張される文脈、それらが一つの均衡を成し、横浜という都市の文化的想像力を確かに押し広げた。技術のデモンストレーションにとどまらず、音楽と人間の関係を更新する提案として立ち上がったという事実が、今夜最大の収穫である。私たちは、音の未来が特別な場所にあるのではなく、この身体の内部で起こりうるのだという感覚を、改めて共有した。

(2025/10/15)

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水谷 晨(みずたに しん)
作曲家・修士(音楽)。1991年東京都出身。ロッテルダム音楽院作曲科およびデン・ハーグ王立音楽院ソノロジー研究所にて研鑽。チッタ・ディ・ウーディネ国際作曲コンクール最優秀賞(2018)、アカデミア・ムジカ・ウィーン国際音楽コンクール第1位特別賞(2019)、ルチアーノ・ベリオ国際作曲コンクール・ファイナリスト(2023)など国内外で受賞多数。現在、全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)にてピアノ作品のコンチェルトやオーケストラ編曲を担当。
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<Players>
Violin: Ayana Tsuji
Violoncello: Kei Yamazawa
Piano: Yusuke Takahashi
Electronics: Shintaro Imai
<Pieces>
Yuri Umemoto: look at me, senpai (2024) for violin, violoncello and fixed media
Yuri Umemoto: Moe² Shōjo (2022) for violoncello and fixed media
Yuri Umemoto: Super Bach Boy (2020) for violoncello
Yuri Umemoto: Heidenröslein (2025) for piano and fixed media
(Japanese premiere; piano version: world premiere)
Yuri Umemoto: aaaaa (2025) for violoncello and fixed media
(Commissioned for this concert; world premiere)
Yuri Umemoto: my girl friend is not like me (2025) for violin, violoncello and fixed media
(Commissioned for this concert; world premiere)
Ben Nobuto: LUCID for piano and electronics (2020)
Emma O’Halloran: To turn in Circles (2021) for violin and piano
Matthias Kranebitter: pitch study no.1 – contra violin (2016) for violin, 2-channel playback
Akiko Yamane: State No.2 for any instrumentation