東京二期会オペラ劇場 ワーグナー《さまよえるオランダ人》|能登原由美
東京二期会オペラ劇場 ワーグナー《さまよえるオランダ人》|能登原由美
上岡敏之×東京二期会プロジェクトII Tokyo Opera Days 2025![]()
〈東京二期会オペラ劇場〉
ワーグナー:《さまよえるオランダ人》(ワールドプレミエ)
オペラ全3幕 日本語及び英語字幕付き原語(ドイツ語)上演
〈ワールドプレミエ〉
Tokyo Opera Days 2025
Tokyo Nikikai Opera Theatre
Wagner: DER FLIEGENDE HOLLÄNDER
Opera in three acts, sung in the original language (German)
With Japanese and English supertitles
[World Premiere]
2025年9月11日 東京文化会館大ホール
2025/9/11 Tokyo Bunka Kaikan Main Hall
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by 長澤直子(Naoko Nagasawa)
〈スタッフ〉 →foreign language
指揮:上岡敏之
演出:深作健太
装置:久保田悠人
衣裳:西原梨恵
照明:喜多村貴
映像:栗山聡之
合唱指揮:三澤洋史
演出助手:太田麻衣子
舞台監督:八木清市
公演監督:大野徹也
公演監督補:佐々木典子
〈キャスト〉
ダーラント:山下浩司
ゼンタ:中江万柚子
エリック:城宏憲
マリー:花房英里子
舵手:濱松孝行
オランダ人:河野鉄平
合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団
ドイツの歌劇場でキャリアを積み上げてきた上岡敏之が、東京二期会と共に制作するプロジェクトの第二弾はワーグナーの《さまよえるオランダ人》。すでに二期会のプロダクションで《ローエングリン》などいくつかの作品を手掛けた深作健太が、今回も演出を担った。
中央に掲げられた難破船の小さなタブロー。幕が上がるとそれが大きなキャンバスに引き伸ばされて舞台全体に現れる。第1幕は、その巨大な絵の中でダーラントとオランダ人のやりとりを繰り広げるスタイルだ。ゼンタは幕開けから舞台上手側に終始佇み、呪いに囚われ海の上を漂流し続けるさだめを余儀なくされた者が、やがて父親に連れられ自らのもとにやってくる様子を見守っている。第2幕で明らかになる彼女の夢想が、夢ではなく宿命であることを示すとともに、幕と場面の繋ぎやシークエンスをなだらかにする狙いもあっただろう。全3幕、140分もの公演を休憩なしで行うあたりにも、まさに映画のように劇全体の流れを重視する意図が見てとれる。
確かに、「総合芸術」としてのオペラの創生を目指し、自ら台本を手がけたワーグナーにとっては、音楽と物語の一体化は譲れない要素であったはずだ。それは「無限旋律」のような手法を用いたことにも表れている。けれども、そこには演出と音楽との緊密なコラボレーションが求められる。果たしてその協働作業が、本公演において根本的な意識の部分にまで共有されていたのかどうか。あるいは目指すべき方向性についての見解が一致していたのかどうか。少なくとも初日を見た限りでは疑問が残った。上岡のタクトは、それぞれの情景や人物の心情を踏まえながら場面ごとに緻密に描いていき、またそれらを物語全体を構成するワン・シーンとして捉えていることもよく伝わってくる。だが一方で、少なくともこの演出によって深作がより強く求めたと思われるのは、小さなタブローに閉じ込められた夢が壮大な救済劇へと現実化していくという奇想天外、かつ大河絵巻のような展開だったのではないか。この劇的な推移、変容を表す一つの大きな流れが、この日の「音楽」には欠如していた。ゆえに、冒頭からゼンタを登場させた意味合いも薄れてしまったように思われる。
他方、本公演でひときわ鮮烈な印象を残したのは、間違いなくそのゼンタを歌った中江万柚子であった。第1幕では姿だけを現し、影のように佇立していたが、第2幕に入って声を発し血肉を得ると、一挙に実在感を浮かび上がらせた。艶のある豊かな声質に加え、高音部でも全く衰えないどころか感情が高まるにつれ鋼のように強さを増していく。死をも恐れず愛を貫徹する一途な性格をまさに体現するとともに、本作の主役ならぬ主軸となるべくオーラが存分に発揮されていたのだ。追い詰められ海に身を投じる際の絶唱などまさに鬼気迫るものがあり、新たなプリマドンナの登場を「予感」ではなく「確信」させる名演であった。一方、オランダ人は立ち位置や所作などによってその存在を前面に押し出していく。だがそうであればなおさら、役を担った河野鉄平の歌唱にもそれに伴うような肉付けが欲しいところだ。ダーラントの山下浩司やエリックの城宏憲は、それぞれの役を申し分なく演じていたが、引き締まった迫力ある合唱を聞かせた二期会合唱団の熱演がとりわけ印象に残った。
(2025/10/15)
〈Staff〉
Conductor: Toshiyuki Kamioka
Stage Director: Kenta Fukasaku
Set Designer: Yuto Kubota
Costume Designer: Rie Nishihara
Lighting Designer: Takashi Kitamura
Video Designer: Satoshi Kuriyama
Chorus Master: Hirofumi Misawa
Assistant Stage Director: Maiko Ota
Stage Manager: Seiichi Yagi
Production Director: Tetsuya Ono
Associate Production Director: Noriko Sasaki
〈Cast〉
Daland: Koji Yamashita
Senta: Mayuko Nakae
Erik: Hironori Jo
Mary: Eriko Hanafusa
Der Steuermann Dalands: Takayuki Hamamatsu
Der Holländer: Teppei Kono
Chorus: Nikikai Chorus Group
Orchestra: Yomiuri Nippon Symphony Orchestra







