8月の2公演短評|大河内文恵
8月の2公演短評
♪アントニオ・カルダーラ記念アンサンブル 《知られざる名曲 Vol.5 アレッサンドロ・スカルラッティ生誕300年記念コンサート リコーダーを伴った室内カンタータ》
♪ベアータ・ムジカ・トキエンシス第17回公演 めでたし海の星~花のイタリア・ルネサンス音楽の隆盛~
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
アントニオ・カルダーラ記念アンサンブル 《知られざる名曲 Vol.5 アレッサンドロ・
スカルラッティ生誕300年記念コンサート リコーダーを伴った室内カンタータ》
2025年8月16日(土)@ひらしん平塚文化芸術ホール→曲目・演奏
今年2025年はアレッサンドロ・スカルラッティの生誕300年で、それを記念する演奏会が各地でおこなわれており、その1つと位置付けられる。アントニオ・カルダーラ記念アンサンブルは2022年の公演でアレッサンドロ・スカルラッティを取り上げており、カンタータ1曲が今回と共通する曲目であった。前回はリコーダー2、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、テオルボ、チェンバロという弦楽器が多い楽器構成だったが、今回はリコーダー3の他は通奏低音を担当するテオルボ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロのみ。今井館聖書講堂での2回公演と、平塚での1公演と会場を一回り小さくしての開催であった。
その選択が功を奏したことはいずれの曲でも感じられた。冒頭の3本のリコーダーのためのソナタは珍しい編成で、どういう経緯でこうした作品が作曲されたのか興味が湧いたし、3曲目のリコーダー協奏曲ではソリストを務めた中島の腕が冴えわたる。協奏曲は通常リコーダーソロにヴァイオリンの伴奏となるところ、ヴァイオリンの代わりにリコーダーが用いられたために、とくに2楽章のリコーダー3本のみになるところで音色が溶け合っていて、心がほどけるような心地であった。
しかし何といっても、3つの室内カンタータの上質さには唸るばかり。前回同様、いやそれ以上に阿部の細やかな表現が心を打つ。《フィッリ》の最後の部分の余韻を残した終わり方、《まこと》でのアリア部分の装飾の見事さ、《小鳥》のささやくような歌と終盤のせつなさに痺れた。阿部の歌にリコーダーの音色がよく合っており、テオルボ、バロックギター、チェンバロなど通奏低音のアシストが歌を引き立てていた。
主宰の細岡が語ったように、平塚という首都圏にありながら、東京や横浜の演奏会に行くには少し距離がある場所で、これだけ高水準の演奏が聴けるというのは、地元への貢献度の高さがうかがえた。
ベアータ・ムジカ・トキエンシス第17回公演 めでたし海の星~花のイタリア・ルネサ
ンス音楽の隆盛~
2025年8月27日(水)@日本キリスト教団 番町教会→曲目・演奏
ベアータ・ムジカ・トキエンシスは、2021年の第10回公演「ジョヴァンニ・アニムッチャの肖像~対抗宗教改革期のローマ教会音楽~」でジョヴァンニ・アニムッチャの作品を初めて取り上げた。アニムッチャって誰?と思われるかたのために説明しておく。宗教改革でルター派などの音楽が隆盛を誇るなか、カトリック側では対抗宗教改革という形で音楽の改革が進められた。その動きに対し、《教皇マルチェルスのミサ曲》を作曲することでカトリックの音楽をパレストリーナが救ったとされてきた。しかしながら、トレント公会議の時期にローマ教皇庁ジューリア礼拝堂楽長をつとめていたのはパレストリーナではなくアニムッチャであり、実際に公会議の要求に答える形でミサ曲を作曲して謝礼を受け取った記録もあるという(1) 。
これだけの貢献をしたアニムッチャだが、パレストリーナの名声の影となり、現在ではほとんど演奏されることがない。2021年の公演はコロナ禍だったこともあり、お互いに距離をおいての公演で、公演の意義の大きさに比して観客数が少なすぎると感じた。今回は満員の観客でおこなわれ、4年前の名誉挽回となったといえよう。
4年前の公演では、アニムッチャのミサ曲(今回とは別のもの)以外もすべてアニムッチャの作品のプログラムだったが、今回はパレストリーナやコルテッチャ、ジョヴァンニの兄弟であるパオロ・アニムッチャなど同時代の他の作曲家の作品と組み合わされた。
アニムッチャのミサ曲はキリエを除いて歌詞の繰り返しがほとんどなく、通常のミサ曲に比べてサクサク進む。ポリフォニックな部分もあるにはあるが、繰り返しをしないために、同じ旋律をおいかけるようなことは少なく、全体にシンプルな構成になっている。そのために、前回の公演ではそれをどう受け止めたらよいのか自分のなかで消化しきれず、レビューに残すことを断念した。
今回、二度目ということもあり、そういうものだとわかって聞いていると、アニムッチャがシンプルななかにさまざまな工夫を凝らしているさまが耳に飛び込んできた。いつものメンバーに2名のゲストが加わり、それぞれの箇所に応じて歌うメンバーを入れ替えたり、人数を増減させたりして演奏上の工夫がなされたことも大きい。クレドの最後のアーメンでは1つの音に収束していくことで蘇りを待ち望む気持ちが伝わってきた。また、繰り返しがないことは音楽的な豊かさに逆行するのではなく、繰り返さないからこそ、1つ1つの言葉をよりしっかり受け止める心構えが聴き手に生まれることを考えると、対抗宗教改革の考え方が小手先ではない形で体現されていることに気づく。
後半は4曲目で十字架にかけられ、5曲目で復活が歌われるといったように、後半全体で1つの小さな受難曲のような構成になっていた。これらどの曲も素晴らしい演奏だったが、とくにパオロ・アニムッチャの曲が心に響いた。暮れゆく夕焼け空を見ているように、一瞬一瞬のすべての瞬間が美しいのだ。彼の作品はあまり多く残ってはいないそうだが、他の曲も聞いてみたいと思った。アンコールではコルテッチャの《お入りください、良いしるしとともに》が8人全員で演奏され、これも佳き曲だった。この団体の佳曲をみつけるセンサーの鋭さには感服するしかない。
(2025/9/15)
アントニオ・カルダーラ記念アンサンブル 《知られざる名曲 Vol.5 アレッサンドロ・スカルラッティ生誕300年記念コンサート リコーダーを伴った室内カンタータ》
2025年8月16日(土)@ひらしん平塚文化芸術ホール
出演:
代表 リコーダー 細岡ゆき
ソプラノ 阿部早希子
リコーダー 福岡恵
リコーダー 中島恵美
テオルボ、バロックギター 佐藤亜紀子
ヴィオラ・ダ・ガンバ なかやまはるみ
チェンバロ、バロック・ハープ 矢野薫
字幕操作:福島康晴
曲目:
アレッサンドロ・スカルラッティ:
3本のリコーダーのためのソナタ ヘ長調
ソプラノ、2本のリコーダーと通奏低音のための室内カンタータ「フィッリ、君は知っているはずだ」
リコーダー協奏曲 ハ長調
トッカータ ニ短調(バロック・ハープ独奏)
ソプラノ、1本のリコーダーと通奏低音のための室内カンタータ「まこと、君ゆえ愛に身を焦がし」
フォリーア
ソプラノ、2本のリコーダーと通奏低音のための室内カンタータ「可憐にさえずる小鳥よ」
アンコール
A.スカルラッティ:すみれ
ベアータ・ムジカ・トキエンシス第17回公演 めでたし海の星~花のイタリア・ルネサンス音楽の隆盛~
2025年8月27日(水)@日本キリスト教団 番町教会
出演:
ベアータ・ムジカ・トキエンシス:
鏑木綾 ソプラノ
望月万里亜 ソプラノ
長谷部千晶 ソプラノ
及川豊 テノール
田尻健 テノール
小笠原美敬 バス
賛助出演:
青木洋也 アルト
谷本喜基 バス
レクチャー:長岡英
曲目:
ジョヴァンニ・アニムッチャ:ミサ《めでたし、海の星》
~休憩~
G.P.da パレストリーナ:おお、良きイエスよ
F. コルテッチャ:おお、天の王よ
P. アニムッチャ:めでたし、いとも聖なるマリア
パレストリーナ:王の御旗は進み
パレストリーナ:良い羊飼いは復活されました
~アンコール~
F. コルテッチャ:お入りください、良いしるしとともに
(1)詳しくは長岡英氏の論文「ジョヴァンニ・アニムッチャのミサ曲集第1巻(1567)」(武蔵野音楽大学研究紀要第49号(2017))を参照。