九州交響楽団 熱狂のシンフォニック★ナイト|藤原聡
フェスタサマーミューザKAWASAKI2025
九州交響楽団 熱狂のシンフォニック★ナイト
FESTA SUMMER MUZA KAWASAKI2025
The Kyushu Symphony Orchestra
2025年8月7日 ミューザ川崎シンフォニーホール
2025/8/7 MUZA Kawasaki Symphony Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 平舘平/写真提供:ミューザ川崎シンフォニーホール
〈プログラム〉 →Foreign Languages
小出稚子:博多ラプソディ
ビゼー:歌劇『カルメン』から※
第1幕への前奏曲ーハバネラーセギディーリャー第2幕への間奏曲(アルカラの竜騎兵)ージプシーの歌
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47
〈演奏〉
九州交響楽団
指揮:太田弦
ソプラノ:高野百合絵※
コンサートマスター:西本幸弘
クラシック・ファンにとってはもはや「夏の風物詩」となった感のあるフェスタサマーミューザKAWASAKI。定期的に出演している在京オケに加えて毎回非在京オケ(地方オケとの言い方は控える)の参加が恒例となっているが、今年は初登場となる九州交響楽団(以下九響)。非在京オケの東京公演は最近どの団体もコンスタントに行っているが、九響が昨年2024年3月に小泉和裕のもとサントリーホールで開催したコンサートは実に20年ぶり、関東圏のファンには九響の実演はいささか縁遠いものだったと言えるだろう(事実、開演前のプレトークで九響芸術主幹氏の聴衆に対する「九響を初めて聴くという方は挙手していただけますか?」との問いかけにかなりの人数が手を挙げていた)。今回の九響公演は首席指揮者の太田弦がタクトを執り(これは慣用表現で太田はタクトは用いない)、しかも会場は最高の音響を誇るミューザ川崎である。このオケの実力を知らしめるに絶好の機会であろう。
1曲目は小出稚子の博多ラプソディ。九響の委嘱によって書かれ、コロナ禍後初のコンサートとなった2020年7月の定期演奏会で鈴木優人の指揮により初演。その後2024年11月には太田弦により2度目の演奏が行われた。今回が3度目である。プログラムによれば「博多どんたく」と「博多祇園山笠」からインスピレーションを得て作曲されたとのこと。小出によればそれぞれの祭りで歌われる「ぼんちかわいや」と「祝いめでた」のメロディおよびリズムをモチーフに作曲されている。プレトークでは外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」の系譜に連なる作品との説明があったが、外山作品がむき出しの形でプリミティヴに原曲を引用して非常に分かりやすい作品となっているのに比べ、この博多ラプソディははるかに抽象的で「身体性」がそぎ落とされた作品―いわゆる「現代音楽」的な作品となっている。ところどころにガーシュウィンやバーンスタイン、ストラヴィンスキー的な響きもあり、筆者などはギル・エヴァンスのテクスチュアを連想したほど。外山のようにアンコールピースとして取り上げるような作品でないが、極めて知的に練り上げられた佳品だと感心、もちろんローカル味もある。再度実演で聴いてみたいものだ。太田の指揮はシャープな造形で作品の持ち味を存分に発揮させていた。
次は『カルメン』からの抜粋。まず太田弦について述べれば、第1幕への前奏曲や第2幕への間奏曲でのオケのドライヴ、響きの細やかな練り上げは巧みなものだったが、歌の入るハバネラやセギディーリャでは少し単調で抑制気味、歌唱とオケが互いに相乗効果を発揮して全体としてエモーショナルに盛り上がるには至らない。しかし高野百合絵―真っ赤なドレスに花を持って登場―に限って言えばソプラノとの表記があるがメゾ寄りのふくよかな声質、適度なケレン味も交えてなかなか素晴らしい歌唱を聴かせる。声楽的な意味での完璧さよりは演技も含めトータルとして存在そのものがステージ映えする。コンサート形式ではないオペラハウスでの高野の『カルメン』にぜひ接してみたいと思わせるに十分。
休憩をはさんでのショスタコーヴィチは昨年4月、太田弦が九響首席指揮者就任記念の最初の定期で取り上げた作品であり―CDにもなっている―、今回もこれを持ってきたということは恐らくは得意の勝負曲なのだと想像するに、プレトークでは「あまり得意ではない、自分は厳しい人間ではないのでショスタコーヴィチの世界を表現できるのか」(大意、本人談)。作品と体質的にシンクロするのではないからこそ―得意ではないからこそ、距離をおいて十分な検討を経たのちに演奏することができるということなのか、CDに聴く演奏は正攻法の堂々とした名演と呼びうるものとなっていて、今回の再演でもそれは確認できたのだった。良い意味で細部に拘泥することなく、作品全体の骨格、流れを意識させる演奏。そんな中でも第2楽章中間部でのわざとらしい甘美な表現―ヴァイオリン・ソロのこれみよがしなポルタメント!―や第3楽章、九響の優秀な弦楽器群の透明な響きを生かしきった精緻な表現、終楽章のパワフルさには太田のオケ掌握能力、表現力の卓越を存分に感じる。筆者が九響の実演に接するのは今回が5回目であるが、このオケは在京オケに勝るとも劣らぬ実力を持っている。昨年秋にはデュトワ初客演の九響を聴くためにアクロス福岡まで赴いたがこれまた瞠目すべき名演で(デュトワもオケの素晴らしさに惚れ込んだとの話)、太田は日本フィルなどの在京オケにたびたび登場しているものの、太田&九響コンビを聴くには当面は博多まで行くしかない。その価値は十分にあると保証しよう。
(2025/9/15)
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〈Program〉
Noriko Koide: Hakata Rhapsody
Bizet: Excerpts from Opera “Carmen”
Shostakovich: Symphony No.5 in d minor,op.47
〈Player〉
The Kyushu Symphony Orchestra
Gen Ohta(The Kyushu Symphony Orchestra Principal Conductor),Conductor
Yurie Takano, Soprano
Yukihiro Nishimoto, Concertmaster



