第35回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会|齋藤俊夫
2025年8月30日 サントリーホール
2025/8/30 Suntory hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 撮影:池上直哉/提供:サントリーホール
<曲目・演奏>
芥川也寸志:『交響管弦楽のための音楽』(1950)
〇第33回(2023年)芥川也寸志サントリー作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品
向井航:『クィーン』ユーフォニアム、エレキギター、女声アンサンブルと大オーケストラのための(オルガン付き)(2025)
ユーフォニアム:佐藤采香 エレキギター:藤元高輝
女声アンサンブル:松島理紗/岡﨑陽香/浅野千尋/個々・マユミ・歌楽寿/庄司絵美
〇第35回芥川也寸志サントリー作曲賞候補作品
松本淳一:『空間刺繍ソサエティ』(2024)
廣庭賢里:『The silent girl(s)』ピアノと室内オーケストラのための(2024)
ピアノ:天野由唯 アシスタント:鈴木彩葉
斎藤拓真:『アンティゴネーとクレオン』ソプラノ、アンサンブル、エレクトロニクスのための(2024)
ソプラノ:薬師寺典子 エレクトロニクス:今井慎太郎
指揮:杉山洋一
新日本フィルハーモニー交響楽団
〇公開選考会
司会:長木誠司
選考委員(五十音順):伊左治直、小出稚子、安良岡章夫
まず、おそらく芥川也寸志生誕100年を祝しての演奏であろう芥川『交響管弦楽のための音楽』はいただけなかった。芥川と言えばその整然としたリズム感覚が売りだというのに、アインザッツが頻繁にずれる。金管楽器の大音量もそれだけならば気持ちが良いものになるはずだが、オーケストラ全体としての「和」が成り立っておらず、むず痒い。出だしにこれでもてなされてもあまり嬉しくなかったというのが正直な感想である。
第33回芥川也寸志サントリー作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品、向井航『クィーン』は芥川也寸志サントリー作曲賞の歴史だけでなく、日本現代音楽史上モニュメンタルな作品であった。
まずサントリーホールに怒涛のようにパンク・ロックの4人の歌手たちが踊り歌ったことが凄い。その歌手たちは「歴史的に抑圧され、周縁化されてきた女性やクィアの人々、その他マイノリティ」(向井によるプログラムノートより)を表象=代表(represent)する人々。「女の血潮」「声を閉ざされし女の声」「いにしえの声」「神に仕えし神女らのライオット(riot)」といった過激な歌詞が抑圧されし怒りと解放への喜びと綯い交ぜになって絶叫される。筆者はパンク・ロックというものに全く触れたことがない人間なのだが、凄いものだ、と素直に驚いた。やがて天使が現れ、ラップとガールズ・ポップを混淆させたような歌声をあげる。もうパンク・ロックなのかオーケストラなのかなどどうでも良いような一体感を女声とオーケストラとソリストとさらには会場の聴衆が味わう。女声の5人が袖に去りつつ、天使が”You are not alone”「新しい世界の始まりだね」とつぶやき、オーケストラが希望に満ちた音響を奏で、舞台袖からまた5人の声が聴こえ、オルガンが華々しい長三和音、そして何もかもが混ざりあったクラスターを奏で、デクレッシェンドして了。
力の込められた、また力を授けてくれる音楽・パフォーマンスであった。歴史とは自らが置かれた史的状況に自ら馴化し順応するのではなく、反抗した者によって進んできたのではないだろうか。かのジャン・クリストフのように。”You are not alone”、そう、我々は一人ではない。共に目指そうではないか、未来を。
そして第35回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会である。
松本淳一『空間刺繍ソサエティ』、タイトルがかっこいい。だが、音楽作品としては期待していた〈謎〉がなく全てが予定調和の中で進行していく。それでいて妙に長く、これで一巻の終わりかと思うとまだ音楽が続いていく。連載期間が異常に長い、終わりを見失った少年漫画を読んでいるような気がしてくる。もっと減量した音楽を聴かせてほしかった。
廣庭賢里『The silent girl(s)』、プログラムノートを読んだだけで鑑賞したとき、舞台上のピアノ奏者の少女と最初ピアノの少女を助け、やがてピアノ演奏を邪魔しだすアシスタントの少女のどちらが少女の外面でどちらが内面なのかわからなかった。最後にアシスタントの少女がピアノの少女を引っ張り出して2人抱き合い、ピアノの少女がピアノを指さしている、という演出も両義的で謎めいて興味深かった。だが、作曲者による作品紹介の動画を後に見て、ピアノの少女が外面でアシスタントの少女が内面だと明言されてしまうと、とたんに作品は小ぢんまりとまとまったものへと変貌してしまった。音楽作品にはもっと〈謎〉があって良いのに……。
斎藤拓真『アンティゴネーとクレオン』、実演に当たった際に筆者はてっきり生成AIによって作曲された作品だと思い込み、「ついにAIで現代音楽が作曲できる日が来たのか」と一人で興奮し感慨無量の体であった。だが後日改めてプログラムノートを読むと、AIを使ったのは「作詞」と「朗読音声」だけと知ってしまった。語学に疎い筆者だからかもしれないが、英語とフランス語での詞は不分明で、AIでデペイズマンが本当に実現しているのかどうかもわからない。朗読音声をAIにまかせるのは単純に人手不足を補う以上の意味を持っていない。前後の脈絡が〈謎〉に満ちたソプラノ、オーケストラ、電子音響での音楽的展開(暗転して会場が全て電子音響に満たされるドラマツルギーなど見事なものだったと思う)は買うものの、これでAIの未来は見られない、と落胆したのは筆者だけだろうか。
他用あって選考会は見ずに帰宅したが、どういう選考会になったのか非常に気になった(毎回のことかもしれないが)。結果は松本が受賞。だが筆者としてはあまり感慨など持てないでいる。
(2025/9/15)

