スイス・ロマンド管弦楽団|藤原聡
スイス・ロマンド管弦楽団
Orchestre de la Suisse Romande
2025年7月8日 ミューザ川崎シンフォニーホール
2025/7/8 MUZA Kawasaki Symphony Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
〈演奏〉 →foreign language
スイス・ロマンド管弦楽団
指揮:ジョナサン・ノット
チェロ:上野通明
〈プログラム〉
オネゲル:交響的運動第2番『ラグビー』
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 op.107
※ソリストアンコール
プロコフィエフ: 子供のための音楽 op.65〜行進曲
ストラヴィンスキー:バレエ『ペトルーシュカ』(1911年版)
※オーケストラアンコール
ストラヴィンスキー: 花火 op.4
スイス・ロマンド管が2017年1月より音楽監督を務めるジョナサン・ノットに率いられてこのたび来日した。前回の同コンビの来日は2019年だったのでかなり間が空いた印象だ。また、ノットは同オケの音楽監督を2025/2026年のシーズンで退任するため、この組み合わせの来日は恐らく今回が最後となるだろう。周知の通りノットは東響の音楽監督でもあり、われわれは頻繁にこの指揮者の実演に接する機会があるわけだが、オケの違いによりノットのアプローチがどう変わるのかが大変興味深い。プログラムはスイスに縁の深いオネゲル、スイス・ロマンド管の創設者アンセルメと非常に関係の深かったストラヴィンスキー、そして若手随一の実力を持つチェリスト上野通明をソリストに迎えてのショスタコーヴィチ。「オケと日本」を視野に入れた巧みなチョイスと言うべきだろう。
ノーネクタイの男性奏者、開演ブザー前から既にステージ上に楽員がほぼ乗っていて思い思いに音を出しているスタイル。後者はアメリカのオケによくあるがヨーロッパでは珍しい気が(余談だが、これだと開演前のホールからのアナウンスがほとんど聞こえない難点があるのだがいかんせん仕方あるまい)。ノット登場前、ホール内に事前収録の指揮者のアナウンスが流されたのには意表を突かれたが、個人的には蛇足の感も。ともあれ演奏前からいろいろと興味深くはある。
さて演奏。最初はオネゲルの『ラグビー』。オケの音が素晴らしい。柔らかみがあり絶妙にブレンドされていて有機的なそのアンサンブルは、しかしノットが東響で聴かせる演奏の方向性とは早くも少し異なる印象を与えられる。東響であればより合奏を締め上げてノット流儀を徹底させていた気がするのだが、ここではオケの持ち味、自発性にかなり委ねた音楽が展開されていた。その豊穣な音のうねりはいつものノットのイメージとは異なるが、逆にスイスの聴衆が東響との演奏を聴いたならばまた同様にスイス・ロマンド管との演奏とは違うとの印象を持つのではないか。指揮者とオケとの関係とは誠に面白いものだ。
次は上野通明を迎えてのショスタコーヴィチ。上野の音は繊細できめが細かい上に線の太さもあるという稀有な特質を持つが、この日は冒頭から粗く、あまり音が前に出ずに低徊気味。ノットがそれに合わせたのかは定かでないが、サポートもおとなしい。しかしその印象は第2楽章中間部から覆される。上野の音に厚みと強さが増し、音に張りが出て俄然集中力が上がって来たのが分かる。実演はナマモノゆえこういう状況にはしばしば遭遇するが、それはまた逆にかけがえのない一回性の証だ。カデンツァから終楽章への移行も実にスリリング、そこからはソロとオケ共々極めて雄弁な音楽が展開された(しかしホルンソロはより強靭さがあれば…)。終わり良ければ、ということで全体としては名演と申して差支えあるまい。上野のアンコールはプロコフィエフの子供のための音楽より行進曲。この作曲家らしいシニカルでユーモラスな色調に満ちたセンス抜群の作品、左手のピチカートがおどけた空気を振りまいてけだし絶品(聴いていたオケの首席チェロ氏もそこでニヤニヤしていて良きかな)。
休憩をはさんでの『ペトルーシュカ』もオネゲル同様、色彩の乱舞。オケを締め上げ過ぎず自発性にかなり任せたゆえのことだろう。無理なくオケの個性を引き出しながらも緩くなり過ぎず絶妙の手綱さばきを披露するノットの懐の深さは、普段東響での氏をよく知るだけにより鮮明に体感できる(言うまでもないが、どちらがより上などという話ではない。東響でのシャープかつエッジの効いた演奏も別の魅力がある)。幕切れなどはあまり描写的な表現ではなく案外ドライ、この辺りはオケ如何ではないノットのやり方だろう。なお、同曲ではステージ下手に配置されることの多いピアノは指揮者前にあり、そこでのサヤ・ハシノの演奏は今まで録音、実演を通して聴いた中でも最高に雄弁で強靭、この曲が元来ピアノ協奏曲として着想された事実を思い起こさせるに十分だった。寡聞にして存じ上げなかったが、スイスを拠点として活躍されている方とのこと、ソロリサイタルがあればぜひとも聴いてみたいものだ。
アンコールはストラヴィンスキーの花火。ことによると当夜最高の演奏はこれだったかも知れぬ。各管楽器は表情豊かに絶妙の妙技を披露し、弦楽器群は滑らかかつ起伏豊かにうねることうねること。打楽器群の音色感も最高。この、それぞれのパートがやりたい放題存分に振る舞いつつも全体としては不思議に調和しているという感覚はやはりヨーロッパのオケ独特のものだという感じを改めて深く持つ。
冒頭に記したようにこれがノットとスイス・ロマンド管の最後の来日公演となる可能性が高いが、ぜひ音楽監督退任後もその関係は継続して、願わくば録音を通じてその演奏を聴かせて欲しいと願う。Pentatoneレーベルの『ペレアスとメリザンド』集などは実に秀逸な1枚であったし。
(2025/8/15)
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〈Program〉
Arthur Honegger: Rugby,mouvement symphonique No.2
Dmitri Shostakovich: Cello Concerto No.1 in E-flat major,op.107
※Soloist encore
Sergei Prokofiev: Music for Children, Op. 65〜March
Igor Stravinsky:Ballet“Pétrouchka”(1911 Ver.)
※Orchestral Encore
Stravinsky:“Feu d’artifice(Fireworks)” ,Op.4
〈Player〉
Orchestre de la Suisse Romande
Jonathan Nott, Music And Artistic Director
Cello: Michiaki Ueno