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アラン・ギルバート=都響 ブラームス交響曲サイクル|藤原聡

アラン・ギルバート=都響 ブラームス交響曲サイクル
♪ 都響スペシャル
♪ 東京都交響楽団 第1024回 定期演奏会Aシリーズ

Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 堀田力丸/写真提供:東京都交響楽団

♪ 都響スペシャル
TMSO Special

2025年7月18日 サントリーホール
2025/7/18 Suntory Hall

〈演奏〉  →Foreign Languages
東京都交響楽団
指揮:アラン・ギルバート
コンサートマスター:水谷晃

〈プログラム〉
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 op.73

2011年の7月にアラン・ギルバートが都響に初登壇した際のプログラムにブラームスの交響曲第1番があった。筆者は未聴であるが、このコンサートの成功により都響はアラン・ギルバートを主要な客演指揮者として考え始めたようであり、事実2016年、2017年の客演ののち2018年4月には首席客演指揮者に就任している。今回は原点回帰、との形容が当たっているかはともかく、初共演から14年を経て再度交響曲第1番を含むブラームスの交響曲全4曲を取り上げる。あまりに有名なこれらの作品演奏、どう「着地」させるかはさぞ 難しいだろう。大半の聴衆は作品を知っており、かつ過去どのような演奏が行われてきたのかも知っている。その上で指揮者は聴き手を納得させなければならないのだ。比較は避けられぬ。こういう有名曲たればこそ指揮者の真価が問われるのではないか。演奏は番号順に行われ、全4曲弦は14型の対向配置、指揮者は暗譜、タクトなし。

第1番は全く力むことなくしなやかに始まる。ティンパニも決して目立つことなく全体を支えるが、むしろコントラバスのバランスがやや強いか。重心は低めながらも響きは重くならず見通しがよく爽やかですらある。この序奏部から早くも指揮者の目指す方向性が感知されよう。主部もいたずらに攻撃的にならず響きをまろやかに溶け合わせるが、特筆されるのは弦の内声や木管群。細やかなフレージング、ダイナミクスの工夫で外声との対比、全体の中での存在感が鮮やか、展開部やコーダ直前などの立体感が見事。つまり、全体と細部の両方への目配りがあるのだ。意外にも提示部反復はなし。第2楽章は心持ち速めのテンポ、ここでも過度にロマンティックにならず節度ある表現。第3楽章は間奏曲的に肩の力を抜いた演奏。そして終楽章は第1主題やその再現でのメッツァ・ヴォーチェがこの上なく美しい。いかにも、といった大上段に構えたところが皆無、そのさり気なさは作品の印象を上書きするほどだ。コーダも十分な力感に満ちながらも力ずくなところが全くなく響きは見事に調和している。名演。

第2はむしろ通常流布する第1のイメージのような剛直で推進性のある演奏、この辺りも不意打ち。この作品演奏ではトロンボーンの存在感が際立ち、第2楽章の多義的な感情表出にひときわ貢献していた。第3楽章では主部からプレスト・マ・ノン・アッサイでの泡立つようなテンポ急変にアラン・ギルバートの個性を見る。終楽章ではコーダの高揚がむしろ従来の第1番演奏の印象を喚起するあたりも意表を突かれた感。

全体として、アラン・ギルバートならではの表現力が随所に発揮されながら、それは作品の持ち味を損ねることなく新たな魅力を掘り起こす。やはり優れた指揮者である。

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〈Program〉
Brahms:Symphony No.1 in C minor,op.68
Brahms:Symphony No.2 in D major,op.73
〈Player〉
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
Alan GILBERT,Conductor
Akira MIZUTANI,Concertmaster

 

♪ 東京都交響楽団 第1024回 定期演奏会Aシリーズ
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
Subscription Concert No.1024 A Series

2025年7月23日 東京文化会館
2025/7/23 Tokyo Bunka Kaikan

〈プログラム〉        →Foreign Languages
ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 op.90
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98
〈演奏〉
東京都交響楽団
指揮:アラン・ギルバート
コンサートマスター:矢部達哉

第1、第2の拙稿にも記したが、2011年のブラームスの交響曲第1番から開始されたアラン・ギルバートと都響の協業。今回客演ではその第1を含む交響曲全4曲演奏が行われた。本稿は第3、第4番。

アラン・ギルバートの演奏の方向性は第1、第2と同様だ。つまり、作品のテクスチュアに自己の表現を過度に投影することを忌避し、新たな目でスコアを読み直すことによる清新な表現を目指す。

第3では本作で頻発するシンコペーション、外声にウネウネと絡みつくような内声の独特な扱いを鋭利に表出、作品の特異性が―例えば拍ずらしの多用―浮き彫りにされている。単なるロマンティックな作品ではないのだ(知っている人には当然だが、それを意識させないのっぺりした演奏もある)。その意味で白眉は第1楽章か。第3楽章も当然『さよならよもう一度』ではない。相当に厳しい演奏ではあるが、それがこれ見よがしに前面に出ずに深く耳を傾ける人には明らかに違うと分かるような形で提示されている。もはや巨匠の業ではないか。

第4は冒頭のアウフタクトから存外溜めを作りロマンティックに開始されたのがこれまた意外、第3での演奏スタイルを想像しているとまた違ったアプローチで軽く驚く。自然で細やかなテンポの変転と高揚。コーダの威容と言ったらない。第2楽章の鄙びた表情にチェロによる第2主題のすばらしいフレージング。終結部でのホルンによる主題再現前、弦楽器群と木管の細密なバランス構築なども見事の一語。第3楽章は快活で意外にストレートな表現、そして終楽章では各変奏を丹念に掘り下げながらも全体の大きな流れは決して途切れない。例のフルート・ソロも絶妙なルバートを効かせて秀逸、その後の展開も実にエモーショナルだ。この楽章でのフォルムと感情の奇跡的な融合をアラン・ギルバートと都響は極めて高次元の演奏で表現したと言ってよかろう。

今回筆者はアラン・ギルバートと都響によるブラームス全4曲を聴くことが出来た。全てすばらしい演奏であったが、敢えて個人的な感銘度を記せば第1→第3→第4→第2、となろうか。第1に最も感銘を受けたのは意外、第2が最下位なのはコーダの高揚がこのコンビにしては存外平凡だったことによる。まあ各論はどうあれ、全体としてこれだけ高水準の演奏を聴かせてくれたことに感謝したい。ブラームスの交響曲の魅力に再度開眼させてくれたのだから。

(2025/8/15)

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〈Program〉
Brahms:Symphony No.3 in F major,op.90
Brahms:Symphony No.4 in E minor,op.98
〈Player〉
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
Alan GILBERT,Conductor
Tatsuya YABE,Concertmaster