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6月の3公演短評|大河内文恵

6月の3公演短評

♪エクス・ノーヴォvol.21 クラウディオ・モンテヴェルディ《倫理的・宗教的な森》全曲シリーズ 第3回「洗礼者聖ヨハネ誕生の晩課」~コントラファクトゥム(替え歌)と共に~
♪スタジオ ピオティータ・コンテンポラリーシリーズResonance〈共鳴する宇宙 第3回〉 橋本晋哉セルパンリサイタル02~巳年、くねる旋律~
♪サリクス・カンマーコア第10回定期演奏会 モノフォニー→ポリフォニー vol.1 グレゴリオ聖歌~キリスト教の単旋律聖歌~

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)

エクス・ノーヴォvol.21 クラウディオ・モンテヴェルディ《倫理的・宗教的な森》全曲シリーズ 第3回「洗礼者聖ヨハネ誕生の晩課」~コントラファクトゥム(替え歌)と共に~
2025年6月1日(日)@J:COM浦安音楽ホール→曲目・演奏

コントラファクトゥムという用語はもちろん知っているし、その演奏を聞いたこともあるのだが、本日聴いて今までの概念が大きく塗り替えられた。モンテヴェルディ《倫理的・宗教的な森》全4回シリーズの3回目。前半はコントラファクトゥムを元曲とともに聞き、後半は聖ヨハネの日にあわせてその晩課として構成されたプログラム。コントラファクトゥムは元歌と替え歌が続けて演奏される形で2曲、前半の最後には《アリアンナの嘆き》を替え歌にした《聖母の涙》が歌われた。
福島自身がトークのなかで話していたように、たとえば教会でおこなわれるコンサートでは世俗の歌は歌いにくいため、宗教的な歌詞に書き換えられたものを歌うということは実践のなかで大いにありうることであろう。しかし、そうした実用的な利便性のみが理由ではない。
最初にそれを感じたのは、《アマリッリ》とその替え歌を聴いたときだ。《アマリッリ》はアルトゥージに批判されたことでもよく知られ、不協和音を多用している。しかしながら、その不協和音が《苦い胆汁を》の歌詞内容とぴったり符合する。新しく作曲するよりも、《アマリッリ》の替え歌であることで歌詞の世界がより際立つのだ。
《アリアンナの嘆き》はオペラ『アリアンナ』の一部で、現在はオペラ全体は失われているものの《嘆き》の部分だけが残されており、ソロ曲としてだけでなくマドリガーレ、つまり多声のバージョンでも知られ、広く愛される名曲である。「聖母の涙」の歌詞で聴いていても、アリアンナの嘆きで聴いた回数が圧倒的に多いためか、最初のうちはアリアンナの影がちらついて、宗教的な歌詞がなかなか入ってこなかったのだが、中盤の「これが大天使ガブリエルの約束ですか」というあたりから、アリアンナの影は消え、すっかりマリアの世界になると同時に、歌詞と音楽が本当に替え歌なのか?と疑いたくなるほどのはまり具合。いやそれだけではなく、マリアの狂おしいほどの問いかけがアリアンナの嘆きと重なって、胸を打つ。元歌の意味と替え歌の意味とが何重にも重なり合って迫ってくるのだ。こんな世界があったのかと茫然とした。
後半は、前半をさらに超える充実ぶりだった。今回、カウンターテナーの新田壮人が体調不良で降板し、村松が代役を務めた。以前にエクス・ノーヴォで歌った経験のある村松ではあるが、よく短期間で舞台に立てるところまで仕上げたと思う。ソロ部分の代役を務めたアルトの木下もおそらく急な代役だっただろうが、見事だった。こうした不測の事態にも対処できたのは、エクス・ノーヴォが長年積み重ねてきた経験と人脈のなせる業であろう。小林と阿部による賛歌の見事さが、彼らの向上ぶりを象徴していた。次回11月1日にはついに《倫理的・宗教的な森》が完結する。回を追うごとに完成度があがっていく彼らがどんな世界をみせてくれるのか楽しみである。

 

スタジオ ピオティータ・コンテンポラリーシリーズResonance〈共鳴する宇宙 第3回〉 橋本晋哉セルパンリサイタル02~巳年、くねる旋律~
2025年6月15日(日)@スタジオ ピオティータ→曲目・演奏

セルパンという楽器を知ってはいたが、生で聴くのは初めてだった。曲によって、ホルンのように聴こえたり、ファゴットに聞こえたり、オーボエっぽかったり、実にさまざまな表情をみせるのが面白い。前半3曲目の《大蛇が来る》はセルパンのソロ曲で、長く延ばす音、グリッサンド、細かく切る音などセルパンの魅力を詰め込んだ内容にフラッターが絡む。上野で育った身としては、動物園にいるような気がしてならなかった。
後半には、山根の改作初演曲があり、橋本によると初演のときにはイラスト1枚だったのが、今回は6行の文章だったという。そこから発せられる音を聴きながら、音楽と音楽でないものの境界線というのは、どこまで広げられるのだろうということを考えた。
最後の木下作品は、こちらも再演。猟ホルンとエレキギターのための曲がチェンバロとセルパンで演奏されたが、最初からこの編成のために書いたものなのではないかと思うほどぴったりであった。コンサート後に桒形にきいたところ、音域を変えるなどかなり手を加えたとのことだが、エレキギターの音色とチェンバロの音色がこんなに親和性があるとは思わなかった。少なくとも本日の演奏を聞いた限りでは、これだけ大胆な編曲をして、これだけの面白さということは、曲そのものの強度がしっかりしているということなのだろう。元の編成でも聴いてみたいし、ひょっとしたら他の編成でも楽しめるのではないかと思った。

サリクス・カンマーコア第10回定期演奏会 モノフォニー→ポリフォニー vol.1 グレゴリオ聖歌~キリスト教の単旋律聖歌~
2025年6月23日(月)@日本福音ルーテル東京教会→曲目・演奏

グレゴリオ聖歌だけを歌う演奏会。それもすべてモノフォニーで、多声にはしないというのは類を見ないのではないだろうか。「ちょっと何言ってるかわからない」とコンサートのチラシを見たときには思ったが、だからこそ聴いてみたいと強烈に惹きつけられた。6月23日の大久保での公演と29日のさや堂ホール公演と2回おこなわれたうちの23日に行った。
前半はミサの形、後半は終課の形でのプログラム構成になっており、ミサの通常文の歌う部分、すなわち「ミサ曲」にあたる部分もすべて多声ではなく斉唱で歌われるというのが新鮮だった。多声で聴くのが当たり前になっているがゆえに、単声ばかりでは退屈なのではないかと心配したのだが、さにあらず。
13人のメンバーが左右2つのアンサンブルに分かれていて、片方だけが歌ったり、あるいは両者の掛け合いになったり、女声だけになったり、ソロで歌う部分があったりとさまざまな編成が繰り出されてくるので飽きている暇がない。それどころか、単声であるがゆえに、旋律線がくっきりと聞こえてきて、グレゴリオ聖歌の旋律ってこんなに素敵だったのかと認識を新たにした。それもところどころに装飾が入り、さらに魅力的になるのだからたまらない。心の中で身悶えしながら聴いていた。
前半にふと気づいたのは、安心するところがいつもと違うことだ。というのも、ミサの式次第にのっとってミサ曲を聴くと、固有文のところはそのたびごとに違うので、通常文のところにくると安心するのだが、今回は通常文のところはグレゴリオ聖歌の旋律で歌われる一方、それ以外は朗唱音を基調とした詩篇唱定式で歌われるので、トーンがぶれない。落ち着くのは固有文のほうなのだ。宗教改革で多声のミサ曲がやり玉に挙がったのは、こういうことかと腑に落ちた。
後半ではイムヌス(賛歌)ってやっぱり旋律的なんだなとかサルヴェ・レジナっていい曲だなとか、こうした曲がのちに多く作られるようになるのはやはり理由があるのだということが肌感で感じられた。モノフォニーの力ってすごい。今回、器楽伴奏は一切なしで指揮者もいない。曲間にはそれぞれ間がとられ、歌い出しが揃わない箇所も散見されたが、その統制の取れていなさが却ってリアルに感じられた。
アンコールでは、次回の予告ということで2声の曲が演奏されたのだが、始まった瞬間、ものすごい衝撃が走った。1から2というのは、1+1が2ということではない。1であるということと、1でないということの間にはこんなにも深い谷があったのかと思うくらい、大きな隔たりがあることを実感した。白黒テレビがカラーテレビになったくらいの情報量の増加具合に圧倒された。と同時に、多声になると旋律線はわかりにくくなるのだなというのもよくわかった。今年まだ半ばだが、年間企画賞の候補に挙げたいと思う。

(2025/7/15)

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エクス・ノーヴォvol.21 クラウディオ・モンテヴェルディ《倫理的・宗教的な森》全曲シリーズ 第3回「洗礼者聖ヨハネ誕生の晩課」~コントラファクトゥム(替え歌)と共に~
2025年6月1日(日)@J:COM浦安音楽ホール

出演:
福島康晴(指揮)

阿部早希子(ソプラノ)
大森彩加(ソプラノ)
小林恵(ソプラノ)
木下泰子(メゾソプラノ)
村松稔之(カウンターテナー)
鏡貴之(テノール)
金沢青児(テノール)
山中志月(テノール)
松井永太郎(バス)
目黒知史(バス)

池田梨枝子(ヴァイオリン)
宮崎蓉子(ヴァイオリン)
懸田貴嗣(チェロ)
新妻由加(オルガン)
矢野薫(ハープ)
佐藤亜紀子(テオルボ)

曲目:
クラウディオ・モンテヴェルディ《倫理的・宗教的な森》より
すべての民らよ、主をほめたたえよ 第2番
聖所で主をほめたたえよ ソプラノ独唱:小林恵

愛しています、命の人よ!
あなたの栄光が

つれないアマリッリよ
苦い胆汁を

聖母の涙 ソプラノ独唱:阿部早希子
~休憩~
洗礼者聖ヨハネ誕生の晩課
序詞-答唱 〈神よ、わたしを助けに来て下さい〉-〈主よ、急いでわたしを助けてください〉

アンティフォナの冒頭〈この者はかの者の前に行き〉
詩編〈主は言われた〉
アンンティフォナ〈この者はかの者の前に行き〉

アンティフォナの冒頭〈その名はヨハネ〉
詩編〈主よ、あなたに感謝する〉第2番 ソプラノ:阿部早希子 テノール:金沢青児 バス:松井永太郎
アンティフォナ〈その名はヨハネ〉

アンティフォナの冒頭〈年老いたうまずめの胎から〉
詩編〈主を畏れる者は幸い〉
アンティフォナ〈年老いたうまずめの胎から〉

アンティフォナの冒頭〈これは幼子〉
詩編〈主のしもべらよ、主を賛美せよ〉
アンティフォナ〈これは幼子〉

アンティフォナの冒頭〈ナザレ人とこの幼子は呼ばれることだろう〉
〈すべての民らよ、主をほめたたえよ〉第3番
アンティフォナ〈ナザレ人とこの幼子は呼ばれることだろう〉

賛歌〈力みのない声帯で〉 ソプラノI:小林恵 ソプラノII:阿部早希子

マニフィカトのアンティフォナの冒頭〈ザカリアは主の神殿に入ると〉
マニフィカト第2番
マニフィカトのアンティフォナ〈ザカリアは主の神殿に入ると〉

〈めでたし 元后(天よ、聴いてください)〉 テノール独唱:山中志月、エコー:金沢青児

スタジオ ピオティータ・コンテンポラリーシリーズResonance〈共鳴する宇宙 第3回〉 橋本晋哉セルパンリサイタル02~巳年、くねる旋律~
2025年6月15日(日)@スタジオ ピオティータ
出演:
橋本晋哉 セルパン
桒形亜樹子 チェンバロ
飯塚直 リコーダー・声・作曲編曲

曲目:
パッサカリア
ミシェル・コレット:ソナタ第1番(1739)
小畑有史:大蛇(おろち)が来る(2018)
フランソワ・クープラン:ジョワジのミュゼット/タヴェルニのミュゼット
~休憩~
マギステル・グリエルムス「:カスティーリャのバッサ・ダンス
山根明季子:光を放射するオブジェα(2010/2025)
高橋悠治:明日も残酷 しいんと ぼうふらにつかまって(2018)
木下正道:空/台地XI(2023/2025)
~アンコール~
ペール・ネスポム:ロイのワルツ

サリクス・カンマーコア第10回定期演奏会 モノフォニー→ポリフォニー vol.1 グレゴリオ聖歌~キリスト教の単旋律聖歌~
2025年6月23日(月)@日本福音ルーテル東京教会
出演:
大村燎平 金沢青児 鏑木綾 上村誠一
菊地海杜 小藤洋平 櫻井元希
佐藤拓 高橋幸恵 徳田裕佳
松井永太郎 柳嶋耕太 渡辺研一郎

曲目:
御聖体の祝日のミサ
1. 入祭唱 2. キリエ 3. グロリア 4. 集祷文 5. 使徒書朗読 6. 昇階唱 7. アレルヤ唱 8. 続唱 9. 福音書朗読 10. クレド 11. 奉献唱 12. 叙唱 13. サンクトゥス 14. 主の祈り 15. アニュス・デイ 16. 聖体拝領唱 17. 聖体拝領後の祈り 18. 終祭唱
~休憩~
主日の終課
19. 「神よ、顧みさせてください」 20. 「神よ、わたしを助けに」 21. アンティフォナと詩編第4,30,90,133編 22. 小課 23. 小レスポンソリウム 24. 賛歌 25. 「主よ、見守ってください」 26. アンティフォナとヌンク・ディミティス 27. キリエと主の祈り 28. 集祷文 29. ベネティカムス 30. サルヴェ・レジナ 31. 祈祷
~アンコール~
ウィンチェスター・トロープス集より
2声のオルガヌム
アレルヤ〈善き人は喜び〉