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NHK交響楽団 第2039回 定期公演 プログラムA|藤原聡

NHK交響楽団 第2039回 定期公演 プログラムA
NHK Symphony Orchestra, Tokyo
the 2039th subscription concert Program A

2025年6月8日 NHKホール
2025/6/8 NHK Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:NHK交響楽団

〈プログラム〉        →Foreign Languages
リムスキー・コルサコフ:歌劇『5月の夜』序曲
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43
※ソリストアンコール
ラフマニノフ:6つの楽興の時 作品16〜第4番 ホ短調「プレスト」
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74『悲愴』

〈演奏〉
NHK交響楽団
指揮:フアンホ・メナ
ピアノ:ユリアンナ・アヴデーエワ
コンサートマスター:郷古廉

 

2023年の秋にN響への登壇が予定されていながらも体調不良によってキャンセルとなったウラディミール・フェドセーエフ。それだけにファンは今回の来日の実現を心より願っていたことだろうが、やはり体調の問題からそれは叶わなかった。ファンは当然のこととして、最も残念と思っているのは当のフェドセーエフその人ではないか。それはキャンセルに対する愛のこもったお詫びのメッセージを読めば理解できるが、コンサートの代役を務めたのは同じ6月にフェドセーエフのA定期公演の後のB定期公演を指揮するフアンホ・メナ。恐らく当初の来日スケジュールを前倒ししてコンサートに臨んだのだろう。フェドセーエフの来日中止は重ね重ね残念と言うほかないが、それはそれとして、筆者にとって初の実演となるメナの音楽に虚心に耳を傾けたい。それが健全な態度というものだろう。なお、プログラムは変更なし。

最初の曲はリムスキー・コルサコフの歌劇『5月の夜』序曲。まず、序奏のていねいで細やかな響きの作り方が素晴らしい。ただし、その音楽は常に明朗で輪郭がはっきりとしており硬質、いわゆるロシア的な、あるいは本作に感じられるドイツ・ロマン派の影響というよりはもっとシャープな音楽に聴こえる。それでいて音の厚みもある。序奏ですらそうなのだからアレグロの主部も推して知るべし、快活な推進力で迫力のある音楽を聴かせる。しかしリズムの踏みしめはあくまで強く彫りも深く、単に上滑りするようにスルスルと流れてはいかないのだ。恐らくフェドセーエフが指揮したならば枯淡の色を感じさせるしみじみとした情感が前面に出ていたと思われるが、ともあれ本作1つでメナの力量は明白。

2曲目はアヴデーエワが登場してのラフマニノフ『パガニーニの主題による狂詩曲』。ここでもメナのサポートが光る。やはりリズムを立たせてメリハリのある音楽を作るが、しかし決してソロをスポイルせずにバランス構築に抜群の冴えをみせる。正直ほとんどロシア的情緒を感じさせないが、物足りなさはない。何事も「徹底」なのだ。メナのことを先に書いたが、というのはアヴデーエワがさほど冴えを感じさせなかったからでもある。メカニックという意味では破綻なく弾き切ったが、音に重量感があまりなく、表現自体も薄味か。ラフマニノフらしい情感や旋律のうねりが稀薄。もちろんアヴデーエワだから悪いはずはないが―速い箇所の音彩の冴えはさすが―、しかしショパン演奏のレヴェルを期待したなら、といったところか(ちなみにこの後14日に彩の国さいたま芸術劇場で聴いたアヴデーエワのショスタコーヴィチ『24の前奏曲とフーガ』は大変な名演、アヴデーエワの持ち味はむしろモダニズム作品に合うと思った)。アンコールに同じラフマニノフの楽興の時から第4番、同じラフマニノフでもメカニカルな快速小品の方がアヴデーエワにマッチ―パガニーニ狂詩曲と同じだ―、こちらは文句なしの名演。

休憩をはさんでチャイコフスキーの『悲愴』、これもメナの実力が光る優れた出来栄えだ。センチメンタルさは稀薄、剛直な表現でひた押しに押す。第1楽章展開部から再現部にかけての迫力は随一のもの、第2楽章では陰鬱さは薄いが執拗な繰り返しの楽句に作曲家のモノマニアックな精神の反映を見る。作品を外堀から掘り下げることでテクスチュアそれ自体から見えてくる世界。俗に言う「内面的な演奏」ではこうはいかない。これは第3楽章のスケルツォにも言えることで、この自暴自棄な行進曲をタイトに、指揮者が主観的な色付けをせずに再現することで逆に作品の異常さが浮き彫りとなる。この行き方にはさすがに終楽章ではより嗚咽してくれよ、とも思わされたが、しかしこの明晰さ、悪くない。

フアンホ・メナ、先にも記したように筆者は実演で初めて聴く指揮者であったが、その実力はこの日のコンサート1回でもはっきりと感じ取ることができた。また他のプログラムで聴いてみたいものである。

(2025/7/15)

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〈Program〉
Nikolai Rimsky-Korsakov: May Night, opera−Overture
Sergei Rachmaninov: Rhapsody on a Theme of Paganini,Op.43
※Soloist encore
Rachmaninov: Six Moments Musicaux,Op.16−4
Peter Ilich Tchaikovsky: Symphony No.6 B Minor Op.74, Pathétique

〈Player〉
NHK Symphony Orchestra, Tokyo
conductor: Juanjo Mena
piano: Yulianna Avdeeva
concertmaster: Sunao Goko