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山澤慧ソロ・チェロリサイタル マインドツリー vol.11|齋藤俊夫

山澤慧ソロ・チェロリサイタル マインドツリー vol.11

2025年6月19日 トーキョーコンサーツ・ラボ
2025/6/19 Tokyo Concerts Lab
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 稲木紫織

<演奏>
(全曲)チェロ:山澤慧
エレクトロニクス:有馬純寿(*)
<曲目>
久保哲朗(1992-):『空間における連続性の唯一の形態』(2020/2025改訂初演)(*)
野平一郎(1953-):『謎』(2006)
J.S.バッハ(1685-1750):無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012
梅本佑利(2002-):『this is so weird』(6年連続委嘱6作品目、世界初演)(*)
山根明季子(1982-):『Time Layered Music』(委嘱新作)(*)
アレッサンドロ・ラトチ(1970-):『INTRADA for solo cello. In a reverberant space…』(公募作品)(*)
I.Xenakis(1922-2001):『Kottos』(1977)

 

久保哲朗『空間における連続性の唯一の形態』、スル・ポンティチェロやスル・タスト、さらにはチェロの側板やテールピースを弓で擦った音をエレクトロニクスで増幅する。特殊奏法が目まぐるしく展開され、そのスピード感に謎の説得力が宿る。イタリア未来派のボッチョーニの彫像にインスピレーションを得たとのことだが、確かにこのスピード感は未来派的だ。5分程度の短い作品だが濃厚な時間を堪能させてもらった。演奏会の出だしは上々。

野平一郎『謎』、最低音域から水墨画のたらし込みの技法のようにじわじわと高音域へと音が滲み出す。次第に滲みは墨本来の黒色に至るが、そうなるとヒステリックにつんざく音が〈音の和〉を拒絶し、やがてピチカートが孤独に連ねられ、超弱音のarcoからのアタッカでバッハ作品へと繋げられる。この作品もタイトル通り「謎」の説得力に満ちた音楽であった。

今回がツィクルス最終回のバッハの無伴奏第6番、第1曲は堂々と喜びに満ちて。一音ごとにやや伸縮を伴って。第2曲、よりはろばろと。限りなく広い草原に独り佇むように、孤独感を湛えて。第3曲、可愛らしく、というには音が野太い。早いパッセージの技巧の高さに唸らせられる。第4曲、これも安らかというには音が野太い。重音や分散和音の奏法の重厚肉厚さったらない。第5曲、ズシリと軽やかという逆説的演奏解釈による舞曲。第6曲、明るい長調に挟まれた短調が寂しい。だが最後の長調で全てが肯とされて全曲が了。

梅本佑利『this is so weird』、アニメ声を誇張した女児声のジャパニーズイングリッシュで、プログラムにも載せられた梅本と作曲家たちの会話が延々と朗読される……だけ。最後の”I don’t know. I don’t know.”だけ山澤のチェロが被せられる……だから何だったんだ? これが釘の罵り声ならば……あるいは永遠の17歳のフェミニンヴォイス、いや、低音の蔑むような声でも……シャンプーの猫撫で声もまた良し……などとオタクたる筆者は妄想してしまうが、それは今回実際に接した作品の魅力の無さゆえ。これが作曲者の〈アニメ・オタク的創造力〉のなせる技だとしたら、随分と〈アニメ・オタク〉も舐められたものである。

山根明季子『Time Layered Music』、山澤がバッハの無伴奏チェロ組曲第6番アルマンドの一節(演奏する作品は作曲者は指定しておらず、演奏者が任意に選ぶ)を弾く。その一節が終わったらまた同じ一節を何回も山澤が弾くが、同時に山澤のそれまでの演奏の録音も重ねて流される。自ずと耳に聴こえてくるのは同じバッハの一節が多層化された音響。この多層化というところがミソであり、どうやっても全く同じ演奏はできず、どんどん速いパッセージは団子状の音塊になり、長い音も前後にずれて幾重にも感じられながら耳に届くようになる。作曲者曰く「音符の原理の共有ではなく、生じた綾にフォーカスを当ててその肌触りを音楽として共有しようとした」らしいが、なるほど、この多層化された音響の「肌触り」を聴くことは実に豊かな体験だった。

アレッサンドロ・ラトチ『INTRADA for solo cello. In a reverberant space…』、エレクトロニクスを用いての力強く雄渾なチェロの響きに始まりの時点では引き込まれたが、それまでの怪曲・奇曲を聴いてきた身からするといささかならず平凡に聴こえる。減点する所はないが、加点する所もなく、何を聴いたのかわからないまま終わっていたというのが正直な感想である。

クセナキス『Kottos』、どうやって出しているのかわからない超低音の軋み音「ゴリゴリゴリ……」という音に、これもどうやって出しているのかわからない超高音の「キュキュキュキュキュ……」という音が交互に奏される冒頭からなんたる暴力性!通常の弓奏、特殊奏法、トレモロ、等々入り乱れての叙情を排する所に宿る神性。跳ね回り、奇矯な舞曲めいた跳躍地獄を見事にさばききる山澤の超絶技巧となんという膂力! ビブラートからデクレッシェンドしつつ上昇し天高く消えゆくのを聴き届けて、ブラボークセナキス!ブラボー山澤慧!

山澤慧という稀有な才能と立ち会うことができる我々は何たる幸せ者であることか。その冒険心、その探究心、その求道の心にどこまでも付き合っていきたい。

(2025/7/15)