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Pick Up (2025/6/15)|ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2025 Mémoires――音楽の時空旅行 |長澤直子

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2025 Mémoires――音楽の時空旅行
Text&Photos by 長澤直子(Naoko Nagasawa)

2025年のラ・フォル・ジュルネTOKYOのテーマは「Mémoires(メモワール) ― 音楽の時空旅行」。音楽の発展に多大な貢献をした都市とその時代にスポットライトを当てるというもの。特定の時代や音楽家に焦点を当てることなく、ジャンルも越えて「あらゆる音楽」に触れられるという魅力的なプログラムが並ぶ。
欠点?は、あまりにも多くの演目、多彩な出演者が「ひしめいている」ので、選択に迷ってしまうということ。半日もかけてプログラムを吟味し、何とか自分にピッタリの公演を選び出すことが出来た。それが以下の2公演である。

ウィーンを席巻した作曲家が聴かせる豪壮なる破天荒  →演奏・曲目
アメリカ仕込みのアーティストたちが奏でる、ニューヨークの「生」  →演奏・曲目


今回、あえて夜の時間帯の公演を選んだが、理由は2つある。
ひとつは、昼のラ・フォル・ジュルネが“家族で楽しむお祭り”のような雰囲気である一方、夜はどのような表情を見せるのかを確かめたかったこと。
訪れた一つ目の公演は、5月4日18時からの「ウィーンを席巻した作曲家が聴かせる豪壮なる破天荒」。
前半は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。ソリストはフランソワ=フレデリック・ギィ。
後半は、同じくベートーヴェンの《合唱幻想曲》。ピアノ独奏に加えて、独唱、合唱、オーケストラが一体となるこの作品は、「第九」を先取りするものとも捉えられる。鈴木秀美の指揮のもと、横浜シンフォニエッタと東京混声合唱団が巧み。出演した独唱者も実に多彩で、各声種のキャラクターも際立っていた。ソプラノに七澤結、河向来実、メゾソプラノ一條翠葉、テノール櫻田亮と大槻孝志、バリトン荻原潤。

この時間帯のホールAは、どこか“お祭りの余韻”のようなものが感じられる。昼間の活気を引きずったまま、しかし騒がしさはひと段落し、少し落ち着いたテンションの中で客席が埋まっている。まるで“夕涼み”のような穏やかさと、これから一流の文化に触れるぞという高揚感が同居しているようだ。ベートーヴェンという重厚とも取れるプログラムでありながら、構えた緊張感よりも、心地よい期待感が漂っていたように思う。


さて、夜公演を選んだもうひとつの理由。それは、GW終盤の夜21時という時間に、わざわざ音楽を聴くために出かける、そんなふうに時間を使える大人が、果たしてこの国にどれほどいるのだろうか・・・?という問いが頭に浮かんだからであった。 「日本の大人は遊びが下手だ」と常々感じてきたが、それは本当なのかを自分の目で確かめたかったし、「大人が文化に時間を投じる姿を見てみたかった」からでもある。
足を運んだ公演は、5月5日21時開演の、「アメリカ仕込みのアーティストたちが奏でる、ニューヨークの「生」」だ。
ジャズピアニストの山中千尋らによる、ガーシュウィン《ピアノ協奏曲 ヘ調》に始まり、エリプソス四重奏団の《アルテミスへの夢》、そしてポール・レイ・トリオによる《ラプソディ・イン・ブルー》。ニューヨークという都市のスピードと陰影を、ジャズとクラシックを縦横に交差させながら描き出していく。
21時開演という、いわば異例の開始時間にもかかわらず、客席には数多くの人が集まっていた。家族連れはさすがに少なく、昼公演と比較すれば年齢層は明らかに高めだろう。そこには「ようやく自分の時間が来た」という大人たちの、静かな昂揚すら感じられた。


音楽を聴くことは、ただその場にいるだけでは完結しない。何を差し置いてそこにいたのか、どんな時間の中でそれを選んだのか――その“前後”を含めて、ようやく一つの体験として成立する。
GWの夜、わざわざ時間をかけて会場に足を運ぶという行為。しかも、それがベートーヴェンであれ、ガーシュウィンであれ、 “よく知らないけれど聴いてみたい”という動機でもいい。大切なのは、「文化に時間を使う」という意志がそこにあることだ。
「聴きたい」「感じたい」「今ここにいたい」と、自分の内側からの声に従って動いた結果として生まれる貴重な体験。それは、きっとその人の人生にとって、かけがえのない“余白”になる。誰にも強制されず、誰かのためにでもなく、ただ“音楽とともに生きる時間”を選んだ。そんな大人たちの姿がそこにあった。

(2025/6/15)


ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2025 Mémoires――音楽の時空旅行

—公演:214—
ウィーンを席巻した作曲家が聴かせる豪壮なる破天荒
2025年5月4日(日・祝)18:00–19:00
東京国際フォーラム ホールA:エッフェル

出演者:
七澤結(ソプラノ)
河向来実(ソプラノ)
一條翠葉(メゾ・ソプラノ)
櫻田亮(テノール)
大槻孝志(テノール)
萩原潤(バリトン)
フランソワ=フレデリック・ギィ(ピアノ)
横浜シンフォニエッタ
東京混声合唱団
鈴木秀美(指揮)

演目:
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 op.73「皇帝」
ベートーヴェン:合唱幻想曲 op.80

—公演:315—
アメリカ仕込みのアーティストたちが奏でる、ニューヨークの「生」

2025年5月5日(月・祝)21:00–22:20
東京国際フォーラム ホールA:エッフェル

出演者:
山中千尋(ピアノ)
大井澄東(ドラムス)
山本裕之(ベース)
エリプソス四重奏団(サクソフォン四重奏)
大山大輔(朗読)
ポール・レイ・トリオ(ジャズ・トリオ)
東京フィルハーモニー交響楽団
ケンショウワタナベ(指揮)

演目:
ガーシュウィン:ピアノ協奏曲 ヘ調
ワクスマン:アルテミスへの夢(管弦楽版日本初演)
ガーシュウィン(レイ編):ラプソディ・イン・ブルー